第4話 契約

 どうしようか迷ったが、どうやら私が見えるのはこの子だけのようだったので、思いきって話しかけてみることにした。


 ふよふよと目の前に降りてきた私に不思議そうな目を向けながら子供は「精霊なの?」と囁くような小さな声でそう聞いてきた。


 そう言ってから周囲を伺うように見まわした。まるで見つかると大変だと言わんばかりの様子だった。


「そうだよ、他の精霊って見たことあるの?」


 精霊だと呆気なく言い当てられるくらいなので、意外と身近な存在なのだろうか?


「初めて……お父さんに聞かせて貰ったおとぎ話に……」


 そう言うと何かを思い出したのか、悲しそうな表情になり膝を抱え直すと顔を伏せてしまった。


 私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれない。塞ぎ込んでしまった子供の頭に乗ると小さな手で頭を撫でた。


 暫くそうしていると急に馬車が停止した。いつの間にか周囲は暗くなっていて、降りてきた冒険者達が火をおこす準備を始めた。どうやらここで今夜は夜営するつもりのようだ。


「街までもう少しだってのに中途半端な場所で夜営する事になっちまったぜ」


 【鑑定】で名前をラロというらしい冒険者が火をおこしながら相棒に愚痴り始めた。


「こいつらの引き渡しに思ったより手間取っちまったな。全くついてないぜ。おまけに行き倒れの獣人の子供まで拾っちまうし」


 御者をしていたカロンという冒険者がそう言うと、ミーナのいる方をチラリと見ると馬の世話を始めた。


「まあそう言うな、あのまま放置したら死んじまうだろ。街には入れないだろうが街の城壁の外には難民街もあるし少ないが炊き出しもある。あのまま放置するよりましだろうさ」


 随分無責任な話に聞こえたが、私はこの世界の事を何も知らないし、助けるだけでも随分親切なのかもしれないと思い直した。


 ラロという男が、干し肉らしき物を鍋に入れ野草らしき物を入れて煮込み始めた。その美味しそうな匂いがこちらにも漂ってきた。


 精霊は食事を必要としないが美味しそうな匂いというのは分かるものらしい。


 ミーナのお腹からクーという可愛いい音がした。ラロが木のお椀に煮物をよそうとミーナの側にそっと置いた。


「食いな、そのお椀はお前にやるよ。街では必要になるだろうからな」


 そう言うだけ言うとさっさと元の場所に戻っていった。


「ありがとう」


 ミーナは消え入りそうな声でお礼を言うとゆっくりと味わうように煮物を食べ始めた。そして食べ終わるとコロリと眠ってしまった。少しでも空腹が解消して急に眠くなってしまったのだろう。


 ラロという男は無愛想だが親切な人間のようだ。お椀は街での炊き出しを貰うのに必要なのだろう。ミーナは何も持っていないみたいだし、こんな物でも有り難いだろうと思う。

 

 私はふよふよとお椀の側に近寄ると【浄化】を試してみた。思った通りの効果を発揮し使う前より綺麗になった。


 そしてミーナにも【浄化】をかけるとミーナの全身や服も綺麗になった。ミーナはハーフなので耳と尻尾以外は人間の子供とそれほど違いはないようだ。ハーフじゃないキャットピープルはどんな様子なのか気になった。


「ラロ、先に休ませて貰うぜ」


「分かった」


 カロンは、そう言うとさっさと横になって眠ってしまった。夜営なので交代で火の番をするようだ。


 精霊は眠る必要はないようだが眠る事も出来る。食事も必要ないが食べる事も出来る。とても謎な生き物だ。


 私はミーナの側に近より眠っている体に寄りかかって暫く眠ることにしたのだった。


◻ ◼ ◻



 夜中に周囲の喧騒で目が覚めた。ミーナを見るとまだ眠っているようだ。


「不味いぞ、数が多い」


「今から逃げても間に合わないな……とにかく馬だけでも馬車に繋ごう」


 二人の緊迫した会話が聞こえてきた。二人の慌てぶりから何か危険な相手が迫ってきているのは理解出来た。


「フォーン」

「フーフッ ハッハッ」


 遠吠えらしき物や息使いの声まで聞こえてくる。


「ミーナ! 起きて!」


 私は小さな手でミーナの頭や頬をぺしぺしと叩きながら叫んだ。


「うーん」


 眠そうな顔で起き出したミーナに「狼! 狼!」と私は必死に連呼した。ぼんやりとした表情をしていたミーナだったが、私の言葉とそれに続いた狼の遠吠えに状況を把握したようだった。


 その場に座り込んで自分の身を抱えるようにすっかり怯えてしまったミーナを見て、私はどうするか悩んだ。


 森の中でも狼の魔物は見かけた。【鑑定】した結果ファングウルフという名前だったと思う。そして私より格上の赤ネームの魔物だった。


 接近してくる魔物が同じ種類の魔物なのかは分からなかったが、群れで攻撃されれば同格だったとしても厳しいだろう。


 【契約】すればミーナも魔法を使えるかもしれない、そうすれば一匹くらいは協力して撃退出来るかもしれない。


 私がミーナとの【契約】を躊躇しているのには訳があった。森を出るときには良い人がいたら【契約】をして貰おうと軽く考えていたのだが、私は奴等という存在に狙われる可能性があることに気が付いたのだった。


(契約者も巻き込まれるかもしれない)


 【契約】可のミーナを見つけてすぐに【契約】しようとしなかったのにはそんな理由があったのだ。もう少し状況を見て判断しようと考えていた。


 私は慌てて対応に追われている二人を見て、奴隷達を抱え狼の群れに襲われれば、ミーナまで手が回るようには見えなかった。存在さえ忘れている可能性もあった。


 こんな状況だ、自分達が生き残る事に必死で、赤の他人の子供を気にかける余裕など無いだろう。これはゲームではないのだから……


「ミーナ! 私と【契約】しましょう!」


 突然の私の台詞に、ミーナは怯えながらもキョトンとしたら表情で私を見返した。先の事は分からないのだ。とにかく今は生き残る事を考えよう。


「けいやく?」


 恐らく幼いミーナには、言葉の意味が分からないのかもしれない。私はどう説明したらいいか迷った結果――


「ずっと一緒にいる家族みたいなものよ」

 

 咄嗟のことで子供に分かるような上手い説明が出来なかったのだ。


「ミーナと家族になりたいの?」


 おずおずとした様子でミーナが尋ねてきた。


「そうよ、私の名前はビスタって言うの。私をミーナの家族にしてくれる?」


 私は成り行きに任せるようにそう尋ねた。


「いいよ……ビスタ」


 消え入りそうな声でミーナが答えたと同時に――


《ミーナと【契約】しますか? YES OR NO》


 選択を迫るシステムメッセージが表示された。私は迷わずYESを選択した。


 再度ミーナを【鑑定】してみる。思っていた通りシステムメニューが表示された。だが私の予想と違っている部分もあった。


《名称》ミーナ 


《年齢》七歳


《種族》ハーフキャットピープル


《レベル》1/30 NEXT 魔石(小)0/10


《職業》剣士


《特技》【ウィンドブレード】1/1【ウィンドシールド】1/1【剣術】【魔石吸収】【心話】


《特記事項》契約ユーザー


 私の使える技能は共有して全て使えるようになるわけではないようだ。だが私の持っていない技能が表示されているのに驚いた。そしてレベルの表示も現れたのだが、NEXT経験値ではなく魔石表示だった。


(【魔石吸収】を使うのかな?)


 魔法の表示の横の数値は使用可能回数だろう、これも私には無い表示だったが……だが、今はそれどころではないようだった。


「置いてかれた!」


 馬車の準備が終わると、二人は慌てて出発してしまったようだった。だが、その後を狼の群れが追っていくのが見えた。


(置きざりにされてむしろ助かった⁉)


「ガルルルル」


 物事はそう都合よくいかないようだった。

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