第3話 出会い

 「【ウィンドブレード】」


 上空から地上に向かって放った風の刃がウサギの魔物の首を切り落とした。


 【鑑定】で確認した魔物の名称はホーンラビットという名前で、小型だが角を持ったなかなか気性の荒い魔物だった。


 だが素早さは高いようだが防御はかなり低いようで、当てるのが成功すれば私の低威力の【ウィンドブレード】でもなんとか倒すことができた。


「そろそろ森を出ようかな」


 この森に転生して3日ほどが経過していた。時間の概念は分からなかったが太陽のようなお日様が普通に登って沈んだ。1日の長さもそれほど違いはないように思われた。


「色々な事が分かったけど、ここにいても新しい情報や疑問点は解決しないわね」


 この3日で20匹のホーンラビットを倒したがレベルが上がる事は無かった。

 

 ゲームでは、仮に一桁台の低レベルであれば20匹も倒せばレベルが一つくらいは上がるのだ。


 レベルや経験値の表記が無いので内部的には成長しているのかもしれないが肉体的な成長の実感も無かったのだ。


 ただ収穫はあった。森に出没する魔物を密かに【鑑定】した結果、自分より強い魔物の名前の文字の色が赤く表示されたのだ。


 この仕組みはゲーム上にも存在していて、ある程度戦って良い相手かの目安になるので有り難かった。


「やはり、何らかの数値的な情報で強さの比較をしているのは間違いなさそうだ。その情報がゲームとは違うのかもしれない」


 結果的に赤表示されなかったホーンラビットを安全に倒す事が出来たので表示は信用できそうだった。


「さて一応【分解】してと」


 私はシステムメニューを表示すると、さっき倒して【収納】しておいたホーンラビットをメニューのアイコンから選択して【分解】した。するとメニューのアイテム欄の中で解体され、ウサギの皮、角、骨、肉、腱、魔石(小)の所持数のカウントが増えた。


 この3日で精霊には食事が必要ない事は分かったのだが、倒した獲物を放置するのも忍びなかったのと人間に会った時に何かの交渉手段になるのではないかと考えた為だった。


「一応、池の水も綺麗で飲めるみたいだから汲んでいこう」


 池の水を【鑑定】した結果、説明欄に飲み水可の表示があったので【収納】で大量に保存しておいた。ちなみに保存した水はアイコンから排出量を選択出来た。


 私は森の様々な物を【鑑定】した。ゲームではスキルレベルという物があったので、使っているうちに【鑑定】も進化してもっと多くの情報を得られるようになるのではないかと考えたのだが……変化は全く無かった。


 だが全くこの作業が無駄になった訳ではなく、食べられる野草やキノコ、ポーションの材料になる薬草、布の生地になりそうな綿草等、多数発見できた。


「職業選択無しでも初期スキル【合成】から初級ポーションぐらいなら作れそうだけど容器がないんだよね」


 さすがにポーションは水のようにはいかないので作成は保留している。ちなみに食料を【合成】すると調理としての機能は発動し、調味料無しの焼きウサギ肉がアイコン化された。 


 マーシャルS.E.N.S.オンラインは職業という物が存在し、オーソドックスな剣士や魔法使いなどの戦闘職や鍛冶や錬金術師などの生産系の職業など多岐に渡る専門職が存在した。


 始めて間もなくの低レベルの期間は職業につけないのだが、低スキルの戦闘スキルや簡易な作成スキルは使用可能なので自分の興味のある職業が分かるまで色々お試しして貰うというコンセプトなのだ。


「でも成長出来ないとなると……これ詰んだかも。――後は【契約】だよね。これを試すには人間の街を探すしかないかな」


 私はそう独り呟くと森を抜けるべく、ふよふよと飛び立ったのだった。


◻ ◼ ◻


 飛ぶスピードが遅いという理由もあって、それほどの距離があった訳ではなかったが朝方出発して街道らしき物が見えてきたのは昼過ぎ頃だった。


 森を出て人里を目指した私だったが、あのまま浮遊精霊としてふよふよと漂いながら暮らすという選択肢も無くはなかった。


 森の中は【鑑定】して廻った結果、かなり危険な魔物が多数存在した。


 最初はコソコソ隠れて【鑑定】していたのだが、偶然こちらに気がついた魔物が私の事など気にした様子もなく去っていったのだ。


 それからは、多少大胆に行動するようになって何度か同じ経験をして、私はある結論に到達した。


「魔物にとって私は、小虫程度の存在なのだと……」


 そんな訳で、怖いものも無く食事の必要もない私の森でのふよふよ生活が始まりそうになったのだが――


「やっぱり私をここに転生させたあの謎の二人が言っていた、奴等の存在が気になるよね」


 謎の二人は奴等に見つからないように配慮して転生させてくれたようなのだが、ある日突然虫でも潰すように破滅が訪れないとどうして言えるだろうか?


「あの二人、偉大な存在みたいだけど、彼を転移させた時に奴等に気付かれるような失敗をしてるんだよね……つまり全てを見通せる程に全能な存在ではないという事だと思う。それにもし滅びを避けられないとしても理由だけでも知っておきたいから」


 もちろん何かあると決まった訳ではなかったのだが。この世界はかなり過酷な状況だというのが謎の二人の会話から察せられた。


「せっかく転生して貰った命なのだから、世界を自分の目で見てみたい」


 その結論が頼りない浮遊精霊の私に、世界に踏み出す決心をさせたのだった。


◻ ◼ ◻


 ふよふよと飛ぶ私の目に一台の馬車が見えてきた。


 人が歩く程度のスピードしか出せない私が馬車に合流出来たのは、荷物の多い馬車の歩みが遅かった事と、私がたまたま馬車の進行方向に上手く先回り出来たので馬車が追いついたおかげだった。


 馬車の荷台は木組みの牢屋のようになっていてその中にいるのは人間だった。


 私は木組みの牢屋の天井に座り周囲の人間達を片っ端から【鑑定】していった。


 「犯罪奴隷の輸送車なんだ」


【鑑定】結果から推測すると捕まえた盗賊の輸送車みたいだった。御者台の二人は冒険者のようだ。輸送の仕事でも請け負ったのか、捕まえた盗賊の輸送中なのかもしれない。


 牢屋には四人の薄汚い男が枷を付けられて眠っている。【鑑定】で犯罪奴隷という表示が出ると言うことは、何らかの特別な制約が掛かっていると見てよさそうだ。


 そしてもう一人、荷台の木組み牢屋の外に座り込んでいる子供がいる。粗末な身なりで牢屋の中にいてもおかしくないような様子をしている。


 【鑑定】してみると種族がハーフキャットピープルでミーナという名前らしい。周囲に荷物らしき物もなく膝を抱えて荷台の隅に座り込んでいる。年齢は7歳くらいだろうか、かなり痩せ細っている印象だった。


 私が特にこの子供が気になったのは、その気の毒な姿にもあったが、【鑑定】の特記事項に他の人間が全て【契約】不可の表示の中で、この子供だけが【契約】可になっていたからだった。


 私は確認のために再度【鑑定】を行った。


 その瞬間、耳をピクピクと動かして猫獣人の子供が、私の方を不思議そうに見上げたのだった。

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