出会い(3)

哀は、漣を、その吸血鬼を殺したはずだった。

両手と両足、最後に心臓を撃って彼を仕留めたはずだった。

なのに、彼は生きていた。

彼は立ち上がって走り出すと、自身の体を貫いた弾に追いついて、それを掴み止めたのだ。

哀はどうすることもできず、ただ茫然として漣の体を見つめる。

その内に彼女は、彼の体の傷がほとんど治っていることに気づいた。

吸血鬼は、血を飲み、体に新たな魔力を取り込むことで傷を治す。

哀はとっさにそのことを思い出した。

きっと彼は、自分がほんの一瞬目を離した内に血を飲んだのだろう。

彼女はとりあえずそう考えることにした。

そして、漠然とした頭を落ち着かせようとした。

しかし、そんな彼女に新たな疑問が浮かぶ。

それはどうやって彼は魔力がこもった弾を掴み、止めたのかという疑問。

普通の吸血鬼がそんなことをすれば、弾に宿っている魔力のせいで手が吹っ飛ぶ。

魔力を無効化でもしない限り、そんなことはできやしない。

だけれども、魔力を無効化する吸血鬼なんて、彼女は聞いたことも見たこともなかった。

どんなに考えても答えが分からない彼女は、再びパニックになっていく。


(……死ななかったのなら、もう一度殺せばいい。)


しかし、そう思い直した彼女は、すぐに頭に浮かんでいた疑問を投げ捨てる。

そして、漣へと銃を向け、正確にその心臓を狙う。

だが、引き金を引こうとしたその瞬間……漣がもうすでに彼女の目の前に立っていた。


「哀さん……あなたはハンターです。」


漣は、哀に静かにそう語り掛ける。そして、銃口を覆うように哀の銃を掴んだ。

彼女は彼の手を撃ち抜いて抵抗しようとする。

だが、彼女は気づいた。銃の青い十字架の光が徐々に弱まっていることに。


「だからこそ分かりますよね?

 普通の人にあんな攻撃が当たれば、ただではすまないと……」


彼は、哀の目を真っすぐ見つめて話を続ける。

しかし、哀は彼の話など上の空だった。

自身の銃の魔力が勝手になくなっていく。

そんな異常事態に、彼の話を大人しく聞いているわけにはいかなかった。

その内に、彼女は思い出した。昔、誰かから聞いた話。

---


吸血鬼は、決して伝説上の存在ではない。

どんなものでも傷つかない丈夫な体を持って、彼らは確かに存在している。


吸血鬼は、決して空想上の生物ではない。

どんな言葉でも説明のつかない異能の力を持って、彼らは確かに生きている。


---

彼らが持つ魔法と呼ばれるその異能。

魔力によって与えられた彼らの真に恐るべき力。

多くのハンターがこれによって今まで返り討ちにあってきた。

そして、彼女は思った。漣は魔法を使ったのだと。

その魔法で魔力を無効化し、弾を掴んだのだと。

……今自分も彼の魔法に返り討ちにあっているのだと。


「あなたは、人間を傷つけかけたんです。

 人を守り、助けるはずのあなたが…」


漣の声で哀は我に返る。

彼は、怒りと悲しみが混じったような辛そうな声でずっと彼女に語り掛けていた。


「……最後に、言わせてください。」


哀をまじまじと見つめ、漣はそう言う。

そして、彼は銃から手を離し両手を振り上げた。


(ああ、死ぬ……)


それを見て、哀はとっさにそう思った。

魔力が無くなった銃では、もう吸血鬼に抵抗することなどできない。

目を閉じ、殺されるのを待つことしかできない。

死を前にした彼女の心は、自身が思うよりも冷静だった。

いつもと同じ、何も感じることのない心。

走馬灯も駆け巡らない。何も思い出さない、出せない……


「ごめんなさいっ!!」


そんな哀の耳に、突然そんな言葉が飛び込んだ。

何事かと、恐る恐る彼女は目を開ける。

その目に映ったのは、土下座をする漣の姿だった。


「……は?」


その光景に、思わず彼女は素っ頓狂な声を上げる。


「いや……ちゃんと謝らないとと思って……」


すると、漣は顔を上げ申し訳なさそうな顔をした。

哀は、初め彼が自分を油断させてから殺そうとしているのだと思った。

しかし、彼の瞳を見て、そうではないのだと彼女は思わされる。

彼女を見る彼の瞳は、強い意思を感じさせる純粋で真っすぐな瞳だったのだ。


「僕があなたに悪いことをしたのは、変わらないですし……」


漣は続けてそう言うと、再び頭を地面に着けた。

哀はそれを見て、ただ茫然とする。

何故自分を殺さないのか、謝っているのか、彼のやっていることが理解できなかった。

どうすればいいのか分からず、哀は黙ったまま漣を見つめる。

漣の方も、哀に延々と見つめられ気まずくなり、そっぽを向く。


「うわ、血……」


その時、彼は自分の左手が血まみれであるのに初めて気がついた。

これまでのことに必死で、彼は大量に出血していることに気付いていなかったのだ。

血だらけの手を視線からを外そうと、彼は思わず下を向く。

しかし、そんな彼の目に入ったのは、哀に撃たれたことにより血まみれになった自分の制服だった。

足や腕、胸、至る所に大きく広がった血痕。

その光景に耐え切れなくなった彼は、白目を向きそのまま地面に倒れこんでしまった。

哀は、状況が呑み込めず、気絶した彼をただ見つめる。

とにかくちゃんと殺そうと彼女はもう一度彼を撃とうとした。

しかし、何故か撃てない。

引き金を引こうとすると、漣の澄んだ真っすぐな瞳が頭に浮かび、撃てなくなるのだ。

どうしようもなくなって、彼女はその場に突っ立ったままになる。

すると、突然彼女の鞄から着信音が鳴った。

彼女は鞄から青色のスマートフォンを取り出し、しばらくそれを見つめる。


「……運がいいですね、あなたは。」


そう言うと、彼女は彼のことをじっと見て、おもむろに彼の首元を掴むと、近くの茂みに投げ込んだ。

そして、彼女はその場から走る。

そのまま、騒ぎになった生徒達の中に紛れ、町の中へと消えていった。


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