出会い(2)
「あ、哀さ……ん?」
その漣の戸惑った声をかき消すように乾いた銃声が教室に響く。
哀の拳銃から放たれたその弾はまっすぐ彼の方へと飛んでいった。
彼は大きく横に飛び、間一髪でそれを避ける。
しかし、間髪入れずに哀が再び弾を撃つ。
着地する隙を狙ったのだ。
まだ、片足だけしか地面についていない漣は、姿勢が不安定なために体を大きく動かせない。
それでも彼は何とか踏ん張って後ろへと飛ぶ。
頭上すれすれを弾が通った。
(そんな、哀さんがハンターだなんて……)
勢いのまま倒れこんだ彼は、
まだ状況が完全に呑み込めていない呆然とした頭でそう考える。
ハンター……それは、吸血鬼を狩る特別な力を持った人間達。
人間を守るため吸血鬼に立ち向かい、数多の吸血鬼を狩ってきた人々。
(ど、どうして、こんなことに……いや、僕のせいだけど……)
そんなことを考えながらも、とにかくこのままではいられないと
彼は荒げた呼吸を整えながら体を起こそうとする。
しかし、その瞬間再び彼の視界にあの黒い拳銃が映しだされる。
哀が彼の足元に立ち、その眼前に銃を突きつけていた。
「待って、哀さっ……!!」
漣がそう言い終わる前に、哀は引き金を引いていた。
反射的に漣は体を転がす。
弾が頬をかすめ、ちょうど頭があったその場所に頭と同じくらいの大きさのクレーターを作った。
それを見てようやく彼は実感する。自分がその命を狙われていることに。
「待って、ちょっと待って!!話をしましょう、哀さん!!!」
漣は哀を止めようと必死な表情で必死な声をあげる。
しかし、それに哀が耳を貸す様子は全くなかった。
彼女は再び銃口を彼に向けると、迷いなく何発も何発も銃を撃ち始めた。
無数の弾が漣に向かって飛ぶ。
それらを跳んだり、転がったり、何とかして彼はかわしていく。
「ぼ、僕が悪いですっ!
全面的にっ、ていうか絶対に!僕が悪いです!!」
息を切らしながらも彼は必死に哀に声をかけ続ける。
実際、こうなったのは漣が哀に涙を求めたからだ。
自分に非があることを彼も自覚していた。
それでも死ぬことだけは避けたかった。
「でもっ、もっと、平和的に解決できる方法があると思うんです!」
彼は声高にそう叫ぶ。
死に物狂いな形相で、その必死な赤い瞳で彼女のことを見つめながら。
すると、哀が突然涙を流し始めた。透明な涙がぽろぽろと彼女の頬を流れ落ちる。
彼女のその様子に、彼は思わず足を止め、大きく息をついた。
彼女が自分の要求を呑んでくれたのだとそう思ったのだ。
ただ、その思惑も再び外れてしまった。
「クラスメイトを退治しなきゃいけないなんて……
私、とても悲しいです」
そう言いながら哀は平然と銃を撃つ。
彼の足元に向かって弾が飛んでいく。
彼はそれをかわそうと、とっさに上に跳びあがった。
「クライエイン」
それを見た途端、哀はそうつぶやき銃口を上に向ける。
その瞬間、弾がまるで地面を跳ね返ったかのようにその向きを変えた。
先程まで漣の足元を通り過ぎようとしていたのにも関わらず、
彼の腹の方へと一直線に飛んでいく。
その弾を彼はかわすことはできなかった。
ドンっというその音とともに、彼は後方へと大きく吹き飛ばされる。
そして背後の教室の窓ガラスに当たるとそのままそれを突き破った。
ガラス片とともに真っ逆さまに校庭へと落ちていく。
数秒後、ドンっという鈍い音が辺りに響いた。
「な、何だっ!?」
「ひ、人が窓から落ちて……っ!?」
校庭で部活動を行っていた生徒達が、その音に反応して集まってくる。
そして、割れた窓ガラスと地面にうずくまる漣を見て悲鳴を上げた。
両手で腹への傷は何とか防いでいた。
しかし、そのせいで右手には穴が開き、左手には弾がめり込んでいる。
だらだらと血が溢れ出て彼の周りを赤く染めている。
そもそもその傷があろうとなかろうと、彼は3階の教室から落ちた。
無事であるはずがない。
数人の生徒が、彼のために先生や救急車を呼ぼうとする。
他の生徒達は、ピクピクと痙攣する彼をただただ見つめる。
この傷では長い間起き上がることはできないだろう。
下手したらもう二度と動くこともないかもしれない。
そんなことを彼らは思いながら、その突然のことに途方に暮れていた。
しかし、そう思っていた瞬間、彼の体が突然動いた。
両手で地面を掴み、立ち上がろうとした。
先生や救急車を呼ぼうとした生徒達も思わずその光景をただ茫然と見つめる。
ふと我に返った時には、彼は両腕で体を支え、両足で地面を蹴って、その場に立ち上がっていた。
周りの生徒達はその身体を見て息をのむ。
哀に撃たれたその両手以外、彼は全く傷ついていなかったのだ。
「あ、あの……心配してくれてありがとうございます。
でも、僕は大丈夫です。だから、もう……」
立ち上がった漣は何事もなかったかのような平然とした顔で辺りを見渡す。
そして周りの生徒達が自分のために集まったのだと気付くと、慌てて生徒たちに頭を下げた。
しかし、その生徒達はもう誰も漣の方を見ていない。
何故か、彼の頭上を見上げている。
「キャーッ!!」
突然、生徒の一人が叫び声を上げた。
何かと思ったその瞬間、漣の体にものすごい衝撃が走った。
その衝撃に身を任せるままに、彼は地面へと崩れ落ちる。
手足を無暗に動かし、何とかして起き上がろうとするが、背中に覆いかぶさる何かのせいで起き上がれない。
(ま、まさか…)
漣は、嫌な予感がした。
彼は動きを止め、恐る恐る首を捻って後ろを見る。
その目に映ったのは、背中にまたがった黒髪のおさげの、深海のような青い瞳の少女。
間違いなく、先程まで3階にいたはずの哀が、自分の上にまたがっていた。
彼女は彼の体に銃口をあて、今にも引き金を引こうとしている。
それを見た瞬間、漣は思わず哀と地面の間から体を引き抜いた。
次の瞬間、銃声が辺りに響く。土煙が辺りに舞う。
漣が先程いた場所に、大きなクレーターが出来ていた。
突然起きたその出来事に、生徒達は悲鳴を上げ、散り散りに逃げ始める。
「正気ですか!?
周りに人がいるんですよ!?」
漣は立ち上がると、哀の方を向いてそう言った。
その声は、今までとは打って変わった強い怒りのこもった声だ。
哀は、その声を聞いても動じることなく、静かに彼を見つめる。
「銃を下ろしてください!
危険で……」
「何を言っているんですか?」
しかし、彼が全て言い終える前に、哀は彼に向かって引き金を引いた。
再び銃弾が発射され、彼の心臓へと一直線に飛んで行く。
漣はそれをかわそうとしない。いや、かわすことができなかった。
かわせば、まだ逃げている周りの生徒達に当たる。そう彼は考えたのだ。
ドンッ、鈍い音とともに弾が命中した。
彼の心臓辺りに当たったそれは彼の体を貫く……はずだった。
実際にそうなることはなかった。
弾は当たって、潰れて、そのまま地面に落ちる。
撃った張本人は、驚くわけでもなくただそれを淡々と見つめていた。
「何があっても傷つくこともないあなたの方が……
みなさんにとって危険じゃないですか」
彼のことを小馬鹿にするような薄い微笑みを浮かべていた。
そう、彼女の言う通り、吸血鬼は決して傷つかない。
「身体におかしな力を……『魔力』を、
宿らせている化け物の方が……ねえ?」
魔力……それは未知の力。この世界の物理法則を乱した恐るべき力。
吸血鬼はその力を体に宿している。
そのために彼らは無敵の身体を有していた。
3階から落ちた時も今銃で撃たれた時も傷つくことのなかった漣の体が、そのことを証明している。
「そうかもしれません。でもっ……」
哀の言葉を聞いた漣は苦々しい表情をしていた。
漣も分かっていた、だからこそ吸血鬼が人間に忌み嫌われ退治されてきたのを。
それでも彼は言葉を続ける。
「あなたのその武器だって宿っているでしょう?
僕と同じ『魔力』が!!」
哀の銃を見つめながら彼はそう言う。
「だからこそ、あなたの銃だってきけ……」
「うるさいですね。」
彼が全てを言う前に哀が銃を撃った。
弾が彼の元へと真っすぐ飛んでいく。そして、今度は……その体を貫いた。
命中したのは、右脚の辺り。彼はバランスを崩し、膝から崩れ落ちる。
「吸血鬼からみなさんを守るために、ハンターは存在しているんですよ?」
「多少の危険は、しょうがないじゃないですか。」
哀はそう言うと、すかさず漣にもう一発撃ちこんだ。
その弾は左足の辺りに命中すると、再び彼の体を貫く。
魔力……それは吸血鬼を無敵のものとする未知の力。
そして、吸血鬼を攻撃することのできる唯一の力でもあった。
哀の銃には、その魔力が宿っている。
教室で撃った弾が漣の両手を傷つけたのも、今撃った弾が漣の体を貫いたのもそのためだった。
「ああ、私、悲しいです……漣さん。あなたがそんなに苦しそうにして……」
撃たれた痛みに悶える漣に、哀が優しく語りかける。
そして、彼女は涙を流し始めた。透明なしずくが白い頬をつたう。
しかし、漣は気づいていた、その涙が決して慈しみの涙などではないことを。
原理は不明だが、彼女は泣くことで銃に魔力を宿らせていた。
その漣の考えに反応するかのように、彼女の拳銃の青い十字架が強く光を放ち始める。
「今、楽にしてあげますね。」
そう言うと、哀は漣の心臓の辺りに銃口を定める。
「まっ、待ってく……」
「メガロ リピ」
漣の言葉に耳を貸すことなく、哀はその引き金を引いた。
銃声が辺りに響く。銃口から弾が勢いよく発射される。
青白い光をまとったその弾は、漣の左胸に当たりその肉を貫き通した。
噴水のように赤い血が彼の体から噴き出す。
そうして倒れ込む彼の姿を見て、哀は薄く笑みを浮かべた。
「キャーーッ!!!」
突然、哀の向かい側の校庭の奥の方から悲鳴が聞こえた。
その方を見ると、どうやら漣の胸を貫いた弾丸が逃げだしていた生徒達の方へと飛んでいっていたらしかった。
魔力がこもった弾の勢いは、そう簡単に落ちない。
普通の弾の倍の勢いで普通の弾の飛ぶ倍の距離を進み続ける。
ただ、漣の体に当たったため速度も威力もかなり落ちている。
当たったとしても、死にはしないだろう。
そう思った哀は生徒達を助けようとはしなかった。
それよりも早く、この吸血鬼を上に報告しなければ。
彼女はそう思い、漣の方へと目を向ける。
視線の先のその彼は、血だらけのまま立ち上がっていた。
そして、哀が反応する間もなく彼は目にも止まらぬ速さで走りだした。
走るその方向は、飛んでいく弾の方。
彼は生徒達の方へと飛ぶその弾に追いつくと、それをを掴み止めた。
「……は?」
哀は愕然とし、思わず声を上げる。
……殺したはずの吸血鬼が起き上がり、動いたのだから。
茫然としながら、ただ漣のことを見つめた。
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