弱虫吸血鬼と泣き虫ハンター
たきのこ
第1話 出会い
吸血鬼は、決して伝説上の存在ではない。
どんなものでも傷つかない丈夫な体を持って、彼らは確かに存在している。
吸血鬼は、決して空想上の生物ではない。
どんな言葉でも説明のつかない異能の力を持って、彼らは確かに生きている。
赤い瞳に鋭い牙、その吸血鬼である証を隠して、
我々人間の血を求めながら……この世界に潜んでいる。
---
昔、誰かから話された話だった。
頭の片隅に残ったおぼろげな記憶から彼女はそれを思い出した。
しかし、そうしても彼女には分からなかった。
「お願いしますっ!」
何故、目の前の少年……いや、赤い目と鋭い牙を持った「吸血鬼」であるはずの
彼に土下座されているのか。
「僕にあなたの涙をくださいっ!」
そして、そんな彼にどうして血ではなく涙なんかを求められているのか。
どんなに思考を巡らせても、どんなに記憶を辿っても、彼女には何も分からなかった。
***
様々な家が立ち並んだ住宅地の中心に建つ中学校。
その町唯一の中学校であるその校舎はオレンジ色の夕焼けに包まれていた。
「お願いしますっ!僕にあなたの涙をくださいっ!!」
そして、その校舎の放課後の誰もいないはずの一教室。
やわらかな光だけが差し込む薄暗いその場所で、一人の男子生徒が一人の女子生徒に土下座をしていた。
「本当にお願いしますっ!哀さん!」
そう言って男子生徒は、目の前に立つ女子生徒に必死に懇願する。
黒い三つ編みのおさげを肩に垂らした大人しそうな見た目のその女生徒は、
白い肌を青くして、青い瞳を困惑の色に染めて、ただ茫然と彼のことを見つめる。
彼女の名前は「
この中学校の第2学年であり、この教室の生徒だった。
「な、何で……私の涙なんか欲しがるんですか?」
哀は戸惑いを帯びた声で、男子生徒に問いかける。
「それは、えっと……」
その言葉に男子生徒は顔を伏せ、眼鏡の奥の赤い瞳をきょろきょろと泳がせる。
中性的な顔立ちに、白髪の短髪、黒淵の眼鏡、
血のように赤いその瞳以外見た目だけはいたって普通な彼の名前は「
最近、この学校の哀のクラスに転入してきた転校生だった。
そのために哀との関わりは薄く、二言三言会話を交わしたただそれだけの関係。
そうであるのにも関わらず、そんなことを頼まれたこそ哀はより困惑していた。
「どうして……?」
再び彼女は漣に問う。
「……人間の涙が欲しいからです。」
彼女の問いに彼はきまり悪そうにそう返した。
彼の答えを聞き、哀は目を見開いてただ茫然とする。
そして少し経ってから、その言葉の気味悪さに泣き出した。
顔に手をあて、大粒の涙をぼろぼろとこぼす。
「ご、ごめんなさい、哀さんっ。
でも、あなたに嫌な思いをさせたいわけじゃなくて……」
彼女のその姿を見て、漣は慌てて立ち上がり彼女の元に駆け寄る。
「近寄らないでください。気持ち悪いんです。」
「あ、はい……」
しかし、哀に冷ややかな視線を送られすぐに2歩、3歩と後ろに退いた。
「……何で、人間の涙なんて欲しがるんですか?」
哀は涙ながらに、漣に問いかける。
彼の発言は哀の思考を越えたものであり、哀には到底理解できるものではなかった。
それでも、彼女は彼に問い続ける。彼女は彼のその真意を探ろうとしていた。
「いや、それは……」
しかし、漣は再び気まずそうに言葉を濁す。
そして、俯いて申し訳なさそうな表情をした。
「もしかして、理由もなく人間の涙を……」
しばらく黙ったままの彼に、
哀は怯えと軽蔑が混じった視線を送りながら震えた声でそう言う。
「ま、待って!それは違うんです!」
すると、彼は慌てた様子で哀の言ったことを否定した。
「じゃあ、何だっていうんですか?」
すると、哀は一瞬の間を置くこともなく口を開き再び問いかける。
彼は再び押し黙った。冷や汗をかき、目を泳がせる。
どうやら、彼は何かを迷い決断しかねているようだった。
「なんかさあ、最近、変な事件多くね?」
「そうだな、行方不明事件とか……ろくなことが起きてないよな。」
「同族狩りとかいう変なやつもいるし……
俺達も気をつけなくちゃな……」
廊下から生徒達の話声が聞こえる。それほどの静寂が教室を包んでいた。
「あ、あの……」
漣がついに口を開く。
目を泳がせるのを止め、哀のことを真っすぐ見つめる。
「実は僕、吸血鬼なんです。」
少し間を置いてから、彼はそう言った。
再び沈黙が教室に流れる。
「吸血鬼なんですけど……血が怖くて飲めないんです。」
少しの間、哀の様子を見た後に彼は話を続ける。
訳の分からない戯言、言い訳のための苦し紛れの嘘。
これを聞いただけのもののほとんどがそう思うであろう彼の発言。
しかし、それを言う当の本人のその瞳は酷く透き通っていた。
まるで青く晴れ渡る空のように透き通るその瞳は、決して嘘をついている者の瞳ではなかった。
そんな瞳で彼は哀をまっすぐ見つめ、話し続ける。
「血と涙って、同じ成分なんです。
だから、血の代わりに飲むことができて……」
時折、言葉を詰まらせながらも、彼は言葉を続けた。
そして、哀も何も言わずにただ彼の話を聞いている。
「こういう理由なんです。お願いします、哀さん!」
全てを言い終えると彼は、地面に膝をつけ腰を下ろす。
「どうか、僕に涙を下さいっ!」
そして、再び土下座をすると哀に再びそう頼み込んだ。
「……そういうことだったんですか。」
漣のその様子を見て、哀は淡々とそう言った。
そして、泣くのを止め、顔に当てていた手をおろす。
露わになったその顔は、怒った顔でも驚いた顔でもなく、悲しんだ顔でもなかった。
……無表情だった。その顔で何も言わずに、漣のことを見つめる。
光のない濁った深海のような青い瞳で。
漣は思わず彼女のその様子に圧倒され、何も言えなかった。
無言のまま、二人は見つめあう。
「それじゃあ、しょうがないですね」
少し経ってから、哀は無表情のままそう言った。
そして、彼女は自分の机から鞄を取り、そこから何かを探し始める。
哀の様子に彼は呆然としていた。
しかし、すぐに表情を明るくし、彼女に礼を言おうと立ち上がる。
自分の願いを受け入れてもらったのだとそう思ったからだ。
「ありがと……」
漣は哀に駆け寄り、礼の言葉を口にしようとする。
それと同時に、哀が鞄から何かを取り出した。
そして、それを漣に向かって突きつける。
真っ黒な拳銃だった。
グリップに青い十字架のマークのついた真っ黒な拳銃だった。
漣は、自分の身に起きていることがよく理解できず、ただ目の前に銃口を見つめる。
「メガロ リピ」
哀の声とバンっという音が教室に響く。一瞬のことだった。
漣が我に帰ると、その眼前に青白い光をまとった弾丸が迫っていた。
彼はとっさに首を横に曲げる。弾が頬をかすめて、通りすぎる。
その直後、もの凄い衝撃音が教室に轟いた。
「え……?」
漣は恐る恐る後ろを振り返る。そして、思わず、素っ頓狂な声を上げる。
弾が当たったであろう教室の壁に直径30センチメートルの大きな穴が開いていた。
そこから廊下の壁にできた、教室の壁の穴と同じくらいの大きさのクレーターがのぞいている。
それらを見て、漣は顔を青ざめると、ただただその場に立ち尽くした。
「その赤い瞳に鋭い牙……
どうやらあなたは、本当に吸血鬼のようですね」
一方、哀は無表情のまま、淡々と話を続ける。
漣の赤い瞳と口から覗く鋭い牙を見つめながら。
「だから、とても、悲しいけれど……
しょうがないですよね?」
そして彼に照準を合わせて、
「今からハンターとして私は、吸血鬼であるあなたを退治します。」
彼女は再び引き金を引いた。
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