第9話 時空を超えた広告宣伝の効果 2

 中年作家の話を聞いていた母子連れは、感心しながら、彼の話を聞いていた。


「そうですか。確かにそれも、あなたにとっては何かの御縁でしょうね。もしあなたがお酒を飲まれない人でしたら、そういう文字に反応はされなかったでしょう。あなたは、お酒を飲むようになるべくしてなられたのかもしれません。でなければ、米騒動の絵に描かれた酒屋の看板に書かれたビールの名前など、印象のかけらも残っていないはずです。野球ファンでもいらっしゃいますが、いくら生れる前の後楽園球場の広告と言っても、これとてあなたがお酒を飲む人でなければ、そこまでの印象は受けないはずです」

「大体だな、そんな文字列に反応するのは、酔っ払いの酔っ払いたるユエンだぜ」

 少年の言葉が、酒飲みの中年作家に追い打ちをかけた。

「ええ、一応こう見えても、そのあたりの自覚だけは、しっかりありますから(苦笑)」


 その言葉を、本来なら彼の伯父ほどの年齢の少年が受けて返す。

「まあ、ないよりはましだな(苦笑)。で、今日はせっかくの誕生日で日曜なのだからさ、飲めばよさそうなものだけどな。しかも、君の娘さんが大活躍したわけだし」

「え、結局、私に娘がいることになっちゃったのですか?」

「何を今さらとぼけているのさ。そう言えば、そうなのだろう。なんか、昔の国鉄のスト権ストみたいな論法だけどな。本来スト権はある、したがって我々はその権利を主張し行使すべくストをする。そういう論法、君に合せて言葉を代入し直してみると、こうだ。キュアパパイアの一之瀬みのりは酔っ払いさんこと米河清治の娘である。本人がそう認めたのだから、そうなのだ。だから一之瀬みのりさんは、君の娘だ、ってことだ」

「はあ、何でまたそこで、国鉄ですか・・・(苦笑)」

「君が少年時代、その世界に趣味人として入り込んでいたのは事実だろ?」

「ええ、まあ、そうですけど(汗)」

「それに、あるきっかけでプロ野球の歴史絡みの知識も増やしていった」

「はい、確かに」

「君が「亡命」と称して毎週日曜日にプリキュアを観ているのは、そういう自分の本来の出自と、プリキュアを楽しんでいる今の自分の一貫性があまりにずれているから、そのズレを隠すためにそういう言動をしているのだと解釈しているが、どうだい?」

「まあ、そんなところであると言えば、そうです」

「第一、君には、れっきとした前科があるだろう?!」

「私、犯罪歴はないですよ」

「そういう前科はないけど、何だ、あれ? ほら、横浜銀蝿とセーラームーンだっけ」

「あ、あれですね。矛盾しているという声が多数でした(苦笑)」

「その二つ、君の本来の出自と大きくかけ離れたファクターと思われるが、どうか?」

「ま、そうですね」

「で、何だ、いつだったか、もう20年以上前になると思うけど、内山下商事のX氏だっけ、その御仁に勧められて、セーラームーンのミュージカルにたびたび行って、しかも何だ、君は最大3回も同じ講演を観に行ったそうじゃないか。もっともそのX氏のほうは10回のところが1回無理で、結局のところ合計9回も、岡山だけじゃなく神戸に大阪に名古屋に加えて東京まで観に行ったそうで。そこを君が五十歩百歩をもじって、「3回9回」とか何とか言い出して、セーラームーンのミュージカルに3回しか行っていない人間が、9回も観に行った人物に向って、お願いペガサスとか何とか言っていたという情報も入っているぜ。なんだ、ありゃあ。さっぱりわけがわからん。大体、同じ公演を3回も、岡山と神戸と、しまいには名古屋まで出張った奴が、何言っているのだか(苦笑)」

「そうそう、確か1998年でしたか、あの年は、横浜銀蝿とグレンミラーオーケストラと、それから、セーラームーンのミュージカルに行きましたよ。岡山に居ながらにして、ね。いやあ、なんか、楽しかったですわ・・・」

「それだけでもないだろ。去年は、プリキュアの映画が中止になったら、それならとばかりに三島由紀夫と東大全共闘の映画を観に行ったって。まあ、好きにすればいいけどさ、横浜銀蝿とセーラームーンが矛盾するって言っていた人も、そこまで来れば、もう何も言えないだろうね。君の粘り勝ちとしか、ぼくには言いようがないよ」


 米河氏は目の前のペットボトルの紅茶をグラスにさらに幾分入れ、そしておもむろにかなり水と化した氷をいくつか冷水に右手を突っ込み、グラスに入れた。

 テーブルが濡れないようにということで、彼は洗面台からグラスを置くトレーを持ち出して、その上にグラス2つを置いている。

 一つは、後で飲むウイスキーのためのようだ。


「しっかし、それにしても君、今日はまじめに仕事しているねぇ。いつもそれくらい仕事していれば、もう少しまともな人生も送れていようものだが・・・(苦笑)」

「ほっといてくださいよ、おじさん」

「いや、こればっかりは、口を酸っぱくしても激辛にしても、言わせてもらうよ。何か知らんが最近、カレーが名物だった喫茶店が復活して、そこに週に何度か行っては激辛のカツカレーの大盛を食べているそうじゃないか。まあとにかく、しっかり頑張れよ。永野君も、人のことは言えんこと承知の上でだが、酒飲むのも激辛カレーも朝ラーメンもええけど、しっかり本を読んで、しっかり文章を書けと仰せだぞ!」

「は、はい・・・」


 ここで母親が、声をかけてきた。時計の針は、15時に近づきつつある。

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