ぽっちゃり女子とメガネ男子〜大好きなものはやっぱりやめられない〜

朱ねこ

第1話

「好きです! 私と付き合ってください!」


 初めての告白。恐怖と不安と緊張で手が震え、変に力が入る。胸の鼓動がいつもよりうるさい。

 きゅっと口を閉じて、目の前に立つ黒縁のメガネをかけた、詰め襟の学生服を着用した彼を見る。


「はい。俺も、好きです」


 一瞬思考が停止したが、意味を理解した途端、視界はぼやけ始める。


 初めて、恋が叶った。


 思い切り泣いてしまった。慌てたように、困ったように、慰めてくれる彼が可愛くて、笑みもこぼれてしまった。

 後から恥ずかしくなって、変な子と思われていないか、心配になったのは秘密だ。


 高校三年生の秋、付き合い始めて一ヶ月は経った。

 秋は花より団子な私には、ぴったりな季節。


 私はいつものように大好きな甘い物を持参して、彼の前で食べる。

 勉強という名の地獄を乗り越えた後に食べるデザートは、最高なの。

 だけど、このままでいいのだろうか。

 幸せな日々の中で、妙な不安を抱えていた。



 成績は並みで、運動は苦手。顔は普通よりちょっと下。

 甘い物が大好物な平凡な女子高生。

 それが、私だ。


 平凡であることは問題と言えば、問題だけど、私の今の悩みはそれじゃない。


 くびれの目立たない、ぽっちゃりの仲間入りであろう、この体型だ。


 人に聞かれたら、もうすぐ受験なのに何をバカなことを考えているんだ、成績に悩みなさい、とも思われそうだけど、初めての彼氏ができた私には、彼に嫌われないようにすることも優先すべき事項の一つだった。


 自分の丸いほっぺをつまんでみる。

 甘い物を食べないのは辛い。

 でも、彼の隣にいてもおかしくないように、彼に見合う彼女になりたい。


 固く決意し、実行して三日が経った。

 今日も近場の長居出来るカフェで彼とデートをしている。


 デートと言っても、受験生なので勉強会だ。

 長袖のパーカーにズボンという私服姿の彼が、向かいの椅子に座っている。


 時折落ちてくる黒縁のメガネを彼は指で押し上げる。そんな彼を間近で見れることが嬉しい。

 不意に彼と視線がぶつかった。


「ノートを見なさい」


 他のことに気を取られているのがばれちゃったようだ。

 黒い短髪からのぞいた彼の耳が、少し赤くなっているのに気づいて、私も照れくさくなった。


 彼と私の目指す道は違う。頭だって、彼の方が賢いから、同じ大学には行けないだろう。

 でも、私にはやりたいことがあるから、彼も応援してくれるから、頑張れる。


 彼の時間を取るのは申し訳ないけれど、彼は彼で人に教えることは復習になってちょうどいいと言ってくれる。なにより、


「休日も一緒にいられるのが嬉しい」


 なんて言われたら、もうお願いしてお言葉に甘える以外の選択肢はなくなってしまった。


 カフェで飲み物を頼んで、一時間。

 試練の時がやってきた。


 メニュー表を開いて、デザートのページを見ないようにめくり、料理を吟味する。


 両手で持つサイズの大きいハンバーガー。今にも香ってきそうなビーフカレー。窯焼きふわふわスフレドリア。ビーフシチューオムライス。カツサンド。どれも美味しそうで一つに絞れない。

 魅力一杯のメニューを見ていると、さらにお腹が空いてくる。


 彼はもう決まったようで、メニューを開いたままテーブルの上に置き、私を眺めているようだった。


 そんなことよりも、スフレドリアか、少なそうなカツサンド。どちらにしよう。

 ああ、でも、ビーフカレーもいいなあ。


 優柔不断な私はなかなか決まらない。


「よし。きめたよ。お待たせ」

「何にするの?」

「これにするよ。スフレドリア。美味しそうだし、まだ食べたことないから」

「うん、いいと思うよ。パンケーキは?」


 いつもなら食べるパンケーキ。二日甘いものを我慢したんだから、凄く食べたい。

 でも、彼のために控えようと決めたんだ。三日坊主はよろしくない。


「パンケーキは、やめておくよ」

「えっ、なんで? 具合悪い?」

「ううん、そういうのじゃなくてね。ほら、あの、私って、丸いでしょう? だから、ちょっとダイエット? みたいな?」


あまり教えたくはないけれど、彼に心配をかけるのは不本意だから、言葉を選びつつ説明する。


「丸い? ちょうどいいくらいだと思うよ」

「そうかなあ」

「そうだよ。俺は細すぎる子よりふっくらしている子の方が好きだよ。ダイエットなんて必要ないよ。俺の好みに合わせてくれるなら、そのままの君でいてほしいなぁ」

「そ、そっかぁ。ふっくらかぁ」


 ふっくらってどの位まで何だろう。男性の基準と女性の基準は違うと聞く。

 女性が普通だと思っていても、男性は太いと感じていると、どこかの記事で見た気がする。

 細すぎる子よりってことは、細い子はいいんだろうなあ。太いと細いだったら、やっぱり細い子かなぁ。

 聞く勇気は出なかった。


 本当にいいのだろうか、このままで。

 私は細くないのに。親にだって、『でかくなったわねえ、横に。縦に伸びればよかったのにね』と言われるレベルなのに。


「そのままっていうか、君なら何でもいいよ」

「何でも?」

「そうそう。それにね」


 優しく微笑んだ彼が言葉を区切った。


「うん?」

「美味しそうに食べる君が好きだよ。我慢なんてしなくていいよ」


 胸がドキッと高鳴り、じわじわと顔が熱くなるのを自覚する。

 好きな人のために、好きなものを捨てなくていいんだ。どちらかではなく、両方でいい。

 欲張りになるのも、たまには良いのかもしれない。


「そっかぁ。私ね、パンケーキも食べたい」

「うんうん。頼もうねー」

「ふふふ、ありがとう。好きになってくれて。私も大好きだよ!」


 気持ちが言葉になってあふれる。初めての経験だった。

 好きな人に好きと言ってもらえて、好きな人とお付き合いできて、好きな人とこんなに近くで話せるなんて、私は幸せ者だ。


「嬉しいよ」

「私もだよ」


 二人して笑い合う。

 この穏やかな時間が心地よく、愛おしい。


 注文したふわっふわのスフレドリアを完食して、食後のデザートをナイフで切って、フォークを使ってぱくりと食べる。

 パンケーキに蜂蜜シロップがかかっていて、アイスまで乗っている。


 口の中いっぱいに甘い味が広がる。超絶美味しい。

 まさに至福のひと時だ。


「向かい側に座っていると、顔がよく見えていいよね」

「えっ? そういう理由で向かいに座ってたの?」


 アイスティーをテーブルに置いた彼は、満足そうに笑っている。

 正直に言うと、パンケーキが最高すぎて、彼のことを、ちょっと、ちょっとだけ忘れていた。


「うん」

「うんって、恥ずかしいんだけど……」

「かわいい」


 返す言葉が見つからなくなって、黙ってしまう。

 ちょっと勇気がいるけれど……、頼んでみたら承諾してくれるかもしれない。


「……じゃあ、今度は隣に来てね?」

「うん? いいよ」


 彼は私に甘かった。心が浮き足立って、自然と頬が緩んでしまう。


 甘い食べ物も、彼も、大好きだ。大好きなものはやっぱりやめられない。


 これからも、彼のそばにいられたらいいのにな。


 なんて、まだ高校三年生なのに、重いよね。

 大学生になったら、離れてしまうし女の子が沢山いるだろう。就職したら、年上の頼れる女性から若く初々しい女性まで、多様であろう。

 まだまだ、彼にも、私にも、様々な出会いがある。


 彼とすれ違うことだって、喧嘩別れだってするかもしれない。彼が他の女子に心奪われるかもしれない。

 未来は予測不可能だけど、今を大事にしていけば、欲しい未来が掴める可能性はある。


 彼に恋をしているから、彼と共にいたいと思う。

 彼が聞いたら、どう思うのかな?

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