第二十二話 伝頼鳥の出処

 何らかの存在である、ということは何らかの熱量を持っている、ということと同義だ。理がどうであろうとその根底は変えられない。理の軸の相違で相互干渉が可能かどうかが変化するだけで、熱量を持たないものが「在る」ことは不可能なのだと委哉いさいは言う。


「あなたたちは理の中で生きているから、世界そのものがあなたたちの存在を裏打ちしてくれる。だから、あなたたちは熱量を保つことが出来ているんだ」

「君たちは違う、と言いたいのか」

「そう。その通り。僕たちは自らの熱量を保つ為に、第三者の熱量が必要なんだ」


 そして、それは文輝ぶんきたちの概念にある言葉で表すなら「捕食」であろう、と言われる。

 怪異が在る為には怪異を食うしかない。それ以外の方法で怪異が存続し続けることはない、とまで断定されて文輝は形容しがたい感情に襲われた。

 文輝たちは――人間は生き続ける為に何かを食べる。それはときに植物であったり、動物であったりするが、それでも他者を食すことでしか人間は生きながらえることは出来ない。

 怪異の生き様もそれと何ら変わりはない。ただそれだけのことだと理解したが感情が追いついてこない。


「納得が出来ない、という顔をしているけれど、僕たちは世界の仕組みについて語り合う為にあなたたちに声をかけたのではないんだ」

「――忘却と失念の城郭まち、というやつか」


 文輝が夕明せきめに気付いたときに委哉が口にした台詞だ。忘却と失念の城郭・沢陽口たくようこうへようこそ。この城郭は違和感に満ちている。寧ろ違和感しかないと表現した方が適切だろう。異常なまで他人に関心がない。当たり前に起こり得る日常だけを無限に繰り返し、違和には全て無関心だ。まるで違和などないとでも言わんばかりに住人たちは「平時」を生きている。

 そのことについて、委哉は何らかの解を持っているのか、と問う。少年は真剣な顔をして、文輝の問いに応じた。


「そう。この城郭は怪異に浸食されている」

「東山の石華矢薙せっかやなぎのことか?」

「あの程度なら僕の昼食で十分足りるよ」


 石華矢薙の発生はごく最近の出来ごとで、十日前に岐崔ぎさいから派兵された工部こうぶ治水班ちすいはんの測量組とその通信士を飲み込んだ以外の犠牲はない、と補足される。怪異は自らの保身の為に人を攻撃することはあっても食料とすることはない。ただ、測量組は石華矢薙の性質上、窒息死または圧死しているだろう。助かる見込みはない、と言った委哉の平坦な表情にこの少年が見た目通りの若輩でないことを何とはなしに理解した。

 ただ。


四阿あずまやには信天翁あほうどりという才子さいしがいたと聞いているんだが、無事なのか」


 そもそも文輝が東山を上ろうとしたのは才子の総元締めであるという人物に会う為で、怪異の発生を知っていたら神器じんぎも持たずに対峙した筈がない。

 委哉の説明が真実なら信天翁は生きている、ということになる。ならば、文輝は当初の目的を果たすことが出来る筈だ。そう、思い問うと委哉が不思議そうな顔をした。


「翁? 翁ならこの城郭のどこかでいつも通りに暮らしているよ。用向きがあるのなら探そうか?」

「用向き――というか、俺に宛てて伝頼鳥てんらいちょうを飛ばしてきた相手を探しているんだ」


 才子の総元締めである信天翁ならば差出人に心当たりがあるのではないかと考えている旨を告げると、委哉が茶をすすりながら文輝の説明の先を言う。


「深紅の料紙に白墨で綴った『小戴しょうたい殿』宛ての鳥かな?」


 その通りだ。だが、どうして委哉がそのことを知っているのか。疑問から表情が硬くなる。出会ってから未だ感じたことのなかった緊張が満ちる。これは秘密の暴露だ。秘密の暴露をする目的はそれほど多くない。交渉における力関係を示したいのか、或いは自らの言葉により説得力を持たせたいのか。何にせよ、ここから先はただの世間話でも何らかの施しでもないことだけは確定した。文輝はぐっと腹に力を込めた。


「委哉、俺はまだその説明をした記憶がないんだが?」

「説明なんて不要さ。だってその鳥を飛ばしたのは他ならない僕だからね」


 文を書くのは初めてだったけれど、きちんと読めていたようで安心しているよ。

 言って、委哉が朗らかに笑う。その笑みは外見相応の無邪気さを伴っていて、緊張感から身を硬くしていた文輝を拍子抜けさせる。隣で成り行きを見守っていた子公しこうが不意に口を開いた。


「なるほど。つまり貴様はこの馬鹿を探していた。この馬鹿もまた貴様を探していたがお互い顔を知らぬ。ゆえに我々は半日を無駄にした、ということか」


 伝頼鳥は宛先さえ正しければ面識の有無に関わらず飛ぶ。文輝はその仕組みを完全に理解しているわけではないが、白帝はくていの庇護下にある――つまりは白帝に管理されたもの同士であるから結び付けられており、その目には見えない繋がりを辿ることによって通信が成立しているのだろうと思っていた。

 才子、というのは白帝が定めた末端機関だ。自らの意で生きているようにも思うが、その実、白帝の影響を最も強く受ける。

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