第十二話 石華矢薙の怪異
律令は既に遵守されていない。にも関わらず
文輝が今、腰に
ただの兵部歩兵隊の
それでも。明日の朝には上官が到来する。それまでに文輝の成し得ることは成しておかねば、信を受けた意味がない。いや、そういうことでもないのだろう。文輝は自らの目の前で再び御し難い「何か」が起こることを忌避していた。何もない。ただの気のせいだ。その結果が欲しくて沢陽口まで来た。
なのに。
何かが起こっている、という感覚だけが鋭敏になる。全身の感覚器官を総動員して文輝は更に石畳を駆けた。異臭に気付いたのは山道の斜度が幾分上がってきてしばらくした頃のことだ。緑に萌える斜面からはまだ四阿が見えないが、下界を見下ろすと沢陽口の城郭全体、ひいては
岩石の一部が
土石流に襲われたようにしか見えない、無残な光景に委縮したのではない。
これは――怪異である。文輝と子公の二人の手には余るのは明白だった。岩土のようにしか見えないが、あれはれっきとした怪異であろう。天の理からも地の理からも、果ては人の理からも外れた存在を大別して怪異と呼ぶ。人知の及ぶところではなく、何の戒律をも超越するのが怪異だ。怪異を前にして人が出来ることはあまりにも少ない。一部の
「子公! 下れ! 怪異だ!」
知識の上だけで知っている。これは
ならば今が繁殖期か。
そんなことを考えながら、文輝は山道から外れて斜面を直滑降した。後背からはなおも矢薙が追ってくる気配がある。
「文輝、私の足では追いつかれるぞ」
貴様と違って脚力は些か心もとない。追ってくる石土の流れから必死に遠ざかろうと子公は全力で下山しているが、その言葉通り矢薙との距離は縮まる一方だ。このままでは遠からず土石に埋もれて窒息死となるのが目に見えている。
文輝は
「ってことはこいつの出番だ」
「
「使わねえに越したことはないんだが、
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