第十一話 四阿の信天翁
遠路はるばる
手違いというのが何かの手違いではないのか、と食い下がろうとした文輝だったが
「打って響く相手かどうか、判じることも出来んのか貴様は」
「けどよ」
「あの者の中では貴様の違和などもう既に終わったことなのであろう。
貴様が本当にこの文が沢陽口から発せられた、ということを疑わぬのであれば、だが。苦く含んで子公はそう結んだ。文輝の直感を信じたいという気持ちがそこにはある。それでも、庁舎にいても今以上の成果は得られないだろう。であれば、この場所に長く留まることに意味はない。日が暮れてから人を探すのは至難の技だ。わかっている。ここは
「文輝。経験から言おう。
それが子公の示した最適解だ。国官登用試験を受けるにあたり、沢陽口の城郭で暮らした経験が子公の提案を裏打ちする。合理主義者である子公はとにかく無駄を嫌った。その子公が言うのだ。何かの勝算があるのだと文輝も察する。
「えっと、何だっけ。この城郭の才子の総元締め? だっけ?」
「幸いなことにこの城郭の才子は組織として系統化されている。才子のことは信天翁が何か知っている筈だ」
誰が今、どこにいて何をしているか。その次元で才子の才の所在が把握されている。そういう統制の取れた城郭だからはぐれものがいるとしても信天翁なら認知しているだろう、と子公は言う。自らの副官の提案を頭から否定しなければ保てない威厳など端から持ち合わせていない。文輝は子公の案に乗ることを即諾する。
ただ。
「で? その信天翁ってのはどこにいる」
「観測所だ。日中は東山の中腹の
「東山って……そりゃまた物好きな」
沢陽口で言う東山とは城郭の東側に位置する内輪山の一部を指す。内輪山本体よりは標高も低く、斜度も小さい。それでも山というからには山であって、野獣や人ならざるもの――怪異も出没した。東山の西側の途中に造られた東外壁の内側はかろうじて安全が保障されているが、山である以上逃れられない宿命がある。
「あと数刻で、登って降りてくるのかよ」
「仕方があるまい。物好きでもなければ才子の総元締めなど引き受ける道理があるまいよ」
山に登る体力がないだとか言わずに済むぐらいには文輝にも
丁寧に敷き詰められた石畳は四阿まで続いているという。人の流れは市場を中心に動いていて東山に近づけば近づくほど閑散とした。若葉が少しずつ色を濃くしている。暦は今年も後付けで夏を告げるだろう。夏山に登るには
「子公、『登ってもいい』のか、これは」
「その目で確かめずして納得も出来ぬくせに訊くな。『登るしかない』のではないのか」
「山門を無断で出入りするのは律に反するだろうが」
「ぐだぐだと行かぬ理由をこじつけるな。『山門を守るべきものがおらぬ』責と相殺であろうよ。だが敢えて誰かの言葉が必要であれば言ってやろう。登れ、文輝」
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