第16話 女友達なんていないのに……

 あれから4日が経った。梅雨ということもあって毎日ジメジメした日が続いている。不快に感じる人の方が多いと思うけど、僕はこの時期の雰囲気が大好きだ。静かで、落ち着いていて、心地いい。


 雨の音と日本史の授業が絶妙に調和し眠気を誘う。お昼を食べ終えた後だから余計だ。


 外では絶え間なく降っている雨がグランドを荒らしている。


 働いている社会人の皆さま方、誠に申しわけありません。ですがたまの居眠りも学生の特権故、どうか大目に。


 …………って――アンニュイな気分に浸ってる場合じゃない!


 こう見えて僕は焦っている。いだ水面のような心の持ち主風に思わせておいて実はとてつもなく焦っている。


 皆も詩的な言い回しや表現をするようになった人を見かけたら察してあげよう。その人はきっと物事に追われる日々に嫌気がさしだけ、現実逃避しているだけなんだ。だから決して『痛いなこの人』とか『うわッ、キモッ』とか思っちゃダメだよ?


 え、僕? 僕は絶賛追われてる最中だよ。誰に? そんなの言うまでもないでしょ? ……はぁ…………真希ネエだよ。


 真希ネエから想いを告げられて以降、距離感がわからなくなっていた。


 前みたいに喋れない。目を合わせることもできない。真希ネエが近づいてくるとつい距離を取ってしまう。真希ネエと二人きりの状況を作らないように考え、行動しているから家でも疲れる。


 頭の中には常に真希ネエがいる。無論、僕が恋してるからなんて素敵な話じゃない。単純に苦手な人になっただけ。


 一方真希ネエはなにごともなかったかのように振る舞っている。気さくに僕に話しかけてきたり、笑ったり、ボケたり、ツッコんだり。

 中でも一番驚いたのは「郁ちゃん、最近元気ないみたいだけど、なにか嫌なことでもあったの?」と心配された時だ。いや真希ネエのせいでこうなってんでしょ! って声高にツッコんでおけば良かったと今では後悔している。常軌を逸した白々しさだった。


 そんな真希ネエが今朝、動きを見せた。いや、正確に言うと僕が眠りについてる時なのだが……。


 〝それ〟は僕の部屋、ベッドに仰向けになれば嫌でも気付く天井に貼られていた。


 部屋に忍び込んだの? とかわざわざ脚立持ってきたの? なんて疑問は綴られていた内容と比べれば些細なこと。


『郁ちゃんへ。この前言っていた彼女さんを今日ここへ、郁ちゃんの部屋へ連れてきてください。姉として挨拶しなければいけないので。一方的なお願いなりますがどうぞよろしくお願いします。PS――もし連れてこなかったら郁ちゃんが私の部屋に勝手に入って下着漁ってたこと、お父さんとお母さんにバラしちゃうからそのつもりでね♡』


 姉からの脅迫まがいなメッセージに比べればね。


 心の底から後悔している。彼女がいるって噓をついたことじゃない。その前――真希ネエのパンツを求めてしまったことにたいしてだ。


 あれさえなければ悩まずに済んだのに……なんて馬鹿なんだ……僕ってやつは。


 魔が差した。その一言で片づけるには後悔が大きすぎた。


 ……退くも恥、退かぬも恥、どっちも恥なら当たって砕ける方がいい。挑戦してみた方がいい。


 なにもしないで両親にバラされるより、女子に『彼女の振りをしてください!』と頼み込んでバレない未来を勝ち取りいく方がいいに決まっている!


 けど一体誰にお願いすればいい? 女友達と呼べる存在が僕にはいないけど、誰にお願いすればいい? 保健室の先生? 用務員のおばさん? 一体誰にッ!


 ついさっき後悔と決別したばかりなのに、また新たな後悔がこんにちはしてきた。


 くそ……もっと――もっと女子と積極的に関わっていればこんなことにはッ! …………………………いや、いないこともない、かも。


 一言二言程度ならたまに交わす女子がいる。すぐ近くにいる。僕の隣にいる。


 稲森いなもりさんなら……。


 僕は視線に気付かれないよう目だけを動かして隣の席を見やる。稲森さんは今日も今日とてつまらなそうに授業を受けていた。

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