第17話 所詮は4軍男子だもん……
モデルさんのような体型に端正な顔たち。亜麻色のミディアムヘア。ニコニコ笑顔を振りまくだけでチヤホヤされてただろう容姿の持ち主なのに、いつも
事実、と言っても僕の知る限りだけど、稲森さんが誰かと話している姿を一度も見たことがない。
隣のよしみでたまに喋ってくれるけど、キャッチボールはせいぜい二往復ぐらい。
それでも僕にとっては学校で会話できる貴重な女子だ。休み時間もこれで最後だし、ダメで元々、稲森さんに彼女役を頼んでみよう。
「あ、あの、稲森さん……ちょっと、いいかな?」
「…………なに?」
ギロリ、とカミソリのような鋭利な目つきで睨みつけてきた稲森さん。うん、今日も安定して怖い。手がブルブルと勝手に震えちゃうよ。
「えっと、ちょっと、お願いしたいことがあるんだけど……ここじゃ言えないというか……」
「……………………はぁ」
稲森さんは小さくため息ついて席を立ってしまう。
ダメ……か。
僕が落胆していると、背を向けている稲森さんが顔だけをこっちに振り向かせた。
「なにしてんの? ここじゃ言えないんでしょ?」
それだけ言って稲森さんは足を進め、教室を出て行った。
…………えっと、つまり。
ポカンとする僕に理解が遅れてやってくる。
「――あ、ちょっと待ってよ稲森さんッ!」
つまりあれだ――稲森さんは怖いけど良い人だ。
――――――――――――。
「――か、彼女役ってッ、はああああッ⁉ あんたッ、自分がなに言ってるかわかってんのッ?」
体育館横に設置された自動販売機の前で、稲森さんが僕の胸倉を掴んで唾を飛ばしてきた。周囲に人がいないからって理由でここを選んだけど失敗だったかもしれない。
「と、とりあえず落ち着いてッ、稲森さん! 暴力はダメだよ! 暴力反対!」
「………………ちッ」
しばらく僕を睨みつけていた稲森さんだったけど、やがて諦めたように舌打ちし、放してくれた。
「喧嘩売ってきておきながら暴力反対とかわけわかんねーよ……なめてんの?」
「なめてないよッ⁉ ていうかそもそも喧嘩売ってないからね!」
「喧嘩売ってないならなんだよ。ドッキリか?」
「ドッキリでもないって。僕は本気で頼んでるんだよ!」
「だとすりゃ尚更意味わかんねーよ。彼女役とかそーゆーの、あたしに一番向いてないし」
「そんなことない…………僕は彼女役を任せるなら稲森さんしかいないと思ってる。思ってるから今こうして頼んでるんだよ」
僕は稲森さんの目を見据えてそう伝えた。他に頼める女子がいないし、間違ったことは言ってない。
「……………………」
キョトンとした表情で固まってしまった稲森さん。心ここにあらずというか魂が抜けて器のみになったというか、いくら待っても返事がなさそうな状態だ。
「……あの、稲森さん? 大丈夫?」
「……え? あ、うん……大丈夫だよ……〝郁太君〟」
あれ? いつも僕のこと桐島って呼んでるのに急に名前で……。
僕が首を傾げているのを見て稲森さんも気付いたのか、ハッとした表情して口元を両手で押さえる。
が、それも一瞬のことで、すぐに顔を真っ赤にしてガルルルルと道行く人に威嚇する犬のように睨みつけてくる。
「やっぱ喧嘩売ってるんでしょ! そうなんでしょ!」
「違うよ! こんなこと、誰彼頼めるわけじゃない――僕には君しかいなんだッ!」
「――――ッ⁉」
ふにゃっとした顔で声にならない声を漏らした稲森さんは、もう知らないとでも言うようにプイッとそっぽ向いてしまった。
だよね、そうだよね、僕の彼女役なんて嫌に決まってるよね…………あぁ、ダメで元々の精神で行動してみたけど…………やっぱ、恥ずいわ…………。
身の程を知った。所詮は4軍男子。冴えない僕にはどうすることもできない、どうしようもない問題だったってだけ。淡い期待に目が
「…………タダじゃ無理だから」
「そうだよね、俺なんかじゃ生理的に無理だよね」
「んなこと言ってないッ、ちゃんと聞けッ!」
横目で睨んで苛立たし気に言ってきた稲森さんに、思わず僕は背筋をピンと伸ばす。
「見返りがなきゃあたしはやらない、そう言ってんのッ!」
「見返り…………え、それって」
ふんッ、と視線を逸らした稲森さんを見て合点がいく。
「えっと、いくら払えばいいのかな?」
僕は慌てて財布を取り出し、なけなしの五千円を抜き出して、稲森さんに差し出した。
「……アメリカンコーヒーでいい」
稲森さんは五千円札に目もくれず自動販売機を指差した。
「……こんなんでいいの?」
「そんなくだらないこと訊くより、早く買った方がいんじゃない? あたしの気が変わらないうちに」
「う、うんッ!」
僕は元気よく頷き、投入口に小銭を入れて稲森さんの指定したドリンクを購入した。
「はい!」
「…………さんきゅ」
少々乱暴に受け取った稲森さんは、プルタブを引いてその場でひと息に
「――――ぷはぁ…………もう授業始まるから、詳細は放課後にお願い」
「あ、うん」
小声でそう言ってきた稲森さんは、空になった缶をゴミ箱に捨て足早に去っていく。
……良い人だ。
僕はその背を見つめながら改めてそう思った。
こうして僕に、一日限定の彼女(役)ができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます