第14話 ただパンツを求めただけなのに……5

「ぼ、僕も真希ネエのこと好きだよ? あの、姉として」


「……………………」


 真希ネエは無言のまま微笑んでいる。そうじゃないでしょ? とでも言うように。


「ま、真希ネエもそうでしょ? 僕のこと、弟して好きなんだよね?」


「……………………」


「そうだと、言ってよ……」


 僕の口から出たのはお願いだ。たとえ真希ネエの気持ちが〝そうなんだとしても〟表に出さなければ、直接伝えられなければ、まだ救いようはある。表面上だけならなんとかなる。暗黙の了解みたいなもので、ただ一線を超えずに踏みとどまってくれればいい。贅沢は言わない。これまでの姉弟関係はもう無理かもしれないけど、演じることならまだできる。


 だからお願い――言葉にしないで。


「……………………」


 僕のわがままを察してくれたのか、一度瞼を閉じだ真希ネエが、次に見せてくれたのは僕の良く知る弟思いの優しい姉の顔だった。


「もちろん――弟としての郁ちゃん〝も〟好きだよ?」


 どうやら僕は――現実から逃れたいがために幻を作っていたようだ。


「男としても好きだけど」


 優しい姉の顔なんてどこにもなかった。真希ネエはお酒を飲んでいるかのように顔を赤く、そして瞳をとろけさせている。


 告げられてしまった…………もう、どうしようもないのかな。


「……………………」


「……驚かないんだね。もしかして郁ちゃん、私の気持ちわかっててはぐらかしてた? 意地悪だなぁ」


「い、意地悪なのは真希ネエの方だよ……からかうにしたって度がすぎるてるよ」


「ねえ郁ちゃん、よく考えて? 私は郁ちゃんの部屋に勝手に入ってパンツを嗅いでよろこんでたんだよ? 一人舞い上がって郁ちゃんの部屋でエッチなことしてたんだよ? 郁ちゃんに内緒で郁ちゃんを盗撮してたんだよ? 今挙げたすべて、好意ナシにはできないと思わない?」


 ああ、なんて……なんて説得力の塊であることか。ここまでされて尚抗う手段があるのなら、誰でもいい……是非、ご教授願いたい。


 僕がなにも言い返せずにいるのをいいことに、真希ネエは大胆になっていく。


「ふふ、困惑している郁ちゃんかわいい。じゃあここで問題ね。お姉ちゃんはこれから郁ちゃんになにをしようとしてるでしょーか! ヒントはぁ…………」


 目を閉じ顔をゆっくりと近づけてきた真希ネエ。


 僕の目はそんな真希ネエのうるツヤな唇に向く。


 恋愛経験皆無の僕にもわかる――真希ネエはキスしようしている。


「――やめてよ真希ネエッ!」


 僕は咄嗟に迫りくる真希ネエを両手で突き放した。理性の見事な仕事っぷりにはあっぱれの一言に尽きる。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいんだよ?」


 拒絶の意を示したつもりだったが伝わらなかったようで、真希ネエは都合よく解釈する。


「恥ずかしがってるとかそんなんじゃなくてホントに嫌なんだよ!」


「そんなはずないじゃない。郁ちゃんも私のこと、女として見てくれてる。なのにどうしてそんな嘘つくの?」


「いやいやおかしいのは真希ネエだよ! 僕、真希ネエを女性として好きって一言も言ってないよね?」


「ううん、郁ちゃんは私のことが好き。好きじゃなきゃ私の下着を漁りにきたりしない」


「ち、違うからッ! あれは……その……思春期ならではというかなんというか……と、とにかく! 恋愛感情とか一切ないから!」


「…………ほんと正直じゃないんだから」


「だからさっきからずっと正直なん――」


 真希ネエは僕の言葉を最後まで聞かずに体重を預け、騎〇位みたくなる。


「ま、そんなとこもかわいんだけど。ね、郁ちゃん……その思春期ならではのお悩みを、お姉ちゃんと〝解決〟する?」


「か、解決って?」


 そう訊くと、真希ネエは待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、僕の胸にすっと人差し指をあてた。


「こうするの」


 真希ネエは僕の左胸を起点に日光いろは坂を描いていく。下へ下へ、クネクネと。ゾクゾクするほどクネクネと。


「〝こっちは正直〟だね」


 ギンッ! と、その発言に〝もう一人の僕〟が過敏に反応してしまう。

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