第11話 ただパンツを求めただけなのに……2

 あ、焦るなッ! 冷静になれ! 非常にまずい状況だけど、だからこそ自然に! そう自然に会話するんだッ!


 顔中嫌な汗まみれの時点で自然もなにもないと自分でわかっていながらも、僕は自然体を意識する。


「あ、あれ? ど、どうしたの真希ネエ、買い物に行ったんじゃなかったの?」


「……お財布……忘れちゃって……」


「あ、なるほどそういうことねッ! で、お財布はこの部屋にあると! はいはいはい了解です了解です…………じゃあ僕はこれで――」


「待って……どこに行こうとしてるの? 郁ちゃん」


 自然な流れで失礼しようとしたが、真希ネエは僕の行く手を横にずれて阻んできた。


 相対する真希ネエはすべてを悟ったような表情をしている。この場面でそんな顔されたらもう……。


「ううん違う……どうして郁ちゃんはここにいるの?」


「えッ、あ、いや――じゅ、充電器が壊れちゃってさ! あの、スマホの! だからその、真希ネエ持ってたりしないかな~って……あは、あははは……」


「スマホの充電器くらいもってるよ……スマホユーザーなんだから……」


 真希ネエは淡々とした口調でそう言った後、視線をクローゼットのある方へと向けた。


「それで……充電器は見つかった?」


「いや、それが全然見つからなくてさ、どこ探しても真希ネエの下着しか見つからなくて」


「ふぅん……」


 あ、あれぇ? そこは『ほんとはお姉ちゃんの下着を漁りにきただけじゃないの? もう、郁ちゃんのエッチ』って返しが正解なんじゃないの? これじゃ僕が本当に変態みたいになっちゃうじゃないかぁ…………いやまあ変態なのは否めないんだけども。


 息苦しい空気を少しでも換気できたらと僕はおどけてみせたが、真希ネエはクスリともせず、場は和むどころか余計に悪化する。


 真希ネエは一点を見つめたまま俺に前を譲り、クローゼットの前へと移動した。


 今なら余裕で逃げられる……けど、ここで逃げていいのかな? というか逃げるってどこに? この家は僕の住む家であると同時に真希ネエの住む家でもあるんだぞ? 逃げ場なんてないんじゃないの?


 思考が乱れ、迷いが生じる。正解がまったくみえず身動きできない。そんな僕に真希ネエは抑揚のない声で訊いてくる。


「他に目にしたものはなかったの?」


「え、ほ、他? いやぁ、なにもなかった……けど?」


 核心に迫ってきた真希ネエに、僕は声を上擦らせながらとぼけた。


「……ほんとに?」


「ほんとほんとッ! え、下着以外になにかあったの?」


「……………………」


 逆に聞き返すことによって無知がアピールできる、その考えがどれほど浅かったかを僕は知らされる。


「ねぇ、郁ちゃん…………これ、見て?」


 振り返った真希ネエが手にしていたのは、壁一面を覆っていた僕の写真の一部だった。


「私たち――これからも仲良くやっていけるかな?」


 そんな重すぎる問いを、真希ネエは柔和な笑みを浮かべて僕に投げてきた。

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