第10話 ただパンツを求めただけなのに……1

「……ま、真希ネエの、部屋」


 真希ネエの部屋に入るのどれくらい振りだろう。正確な日数はわからないけど中学の時に何回かお邪魔した覚えはある。枕元に置いてある熊のぬいぐるみも健在、僕が記憶していた内観とそれほど大きな違いはないみたいだ。


「……めちゃくちゃ良い匂いする」


 部屋に足を踏み入れてからずっと鼻腔びくうをくすぐっている女の子特有の香り。芳香ほうこう剤とはまた違ったこの匂いは、当然ながら男の僕にはかもし出すことができない。健全を不健全にしてしまう恐れがある危険で甘美な香りだ。


「残念だけど、僕には効かないよ……だってもう、不健全だから」


 つまりそういうことだった。


 思春期真っ盛り男子高校生の性欲を侮るなかれ。どれだけ優れた計測器であっても数値を算出するのは不可能――イくときはイく生き物、それが男子高校生なんだッ!


「……ここに、ここに真希ネエの下着があるはず……」


 室内装飾が僕の部屋とまるで違ったとしても部屋の作り自体は大して変わらない。故に衣類や下着を収納できるスペースはこのクローゼットくらいしかない!


「……オープン・ザ・ドア」


 僕は折れ戸式のクローゼットをゆっくりと開けそして、


「――――な、なんだこれッ⁉」


 予期せぬ光景に戦慄せんりつする。


「なんで――なんで真希ネエの部屋に〝僕の写真〟がこんなに貼られてるのッ⁉」


 クローゼットの中はどこもかしこも僕、僕、僕ッ! 本来視えていなくちゃいけない白い壁よりも、僕の写真の方が占めている割合が圧倒的に多い。


「え……え……?」


 狭い空間にびっしり貼られた僕の写真が、被写体である僕を圧迫してくる。


 ドラマとかの演出とはわけが違う……実際に目の当たりにして僕はそう思った。


「噓でしょ……僕の、寝顔の写真まで」


 他人の生活空間に自分の写真がたくさんあるのを目撃すると――人は恐怖で動けなくなる。それを今、僕は身をもって知った。


 こ、こんなとこ万が一にでも真希ネエに見られたら、食卓が気まずくなるレベルじゃ済まなくなるッ! 最悪、僕、消されちゃうんじゃ………………恐怖で足をすくめてる場合じゃないぞ郁太ッ! 動け、動いてくれ――頼む、神様ぁッ!


「…………郁ちゃん」


 ――――ッ⁉


 どうやら神様は僕の願いを聞き入れてくれたようで、僕は体を動かせるようになった。


「真希……ネエ……」


 しかしそれはあまりに最悪な方法。


「……バレちゃったか」


 僕の視線の先にいるのは、ついさっき家を出て行ったはずの真希ネエだった。

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