第8話 二人きりなんて……

 刺激的な日が続くと時間が経つのも早く感じられるわけで、あっという間に週末を迎える。


 朝と呼ぶには少し遅い土曜10時。顔を洗い、口をゆすぎ、今日も一日頑張るぞいと鏡に向かって小さくガッツポーズし、僕は洗面所を後にした。


「ん? なんだろ」


 寝起きの乾いた喉を潤そうとキッチンに向かう際にそれを見つけた。ダイニングテーブルに置かれた一枚のメモ用紙。


「書き置きかな? ……どれどれ」


 僕は用紙を手に取って内容を確認した。


「――なん、だと」


 そこにはこうつづられていた――『真希・郁太へ。探さないで下さい――母より。フフ、冗談です。お父さんと一緒におばあちゃん家に行ってきます。帰るのは明日の夕方頃になると思います。その間、お家のことは二人に任せますね。一応、少額ですけどお金も置いておきます。困ったら使ってください――母より』と。


「――あ、郁ちゃんおはよう」


「うわあッ⁉ あ、ま、真希ネエ……えと、おはよう」


「もう、郁ちゃんたらビックリしすぎだってば」


「あ、ご、ごめん……寝起きだからさ……はは、ははは」


 からかうように言ってきた真希ネエが口元押さえて笑うのを見て、僕も無理矢理笑みを作った。


「と、ところで、父さんと母さんはおばあちゃんの家になにをしに行ったの?」


「ん? あ~確か、おばあちゃんと一緒に老人ホームの見学に行くって一昨日言ってたかな?」


「そうなんだ」


「そ、れ、よ、り、も――今日の夜、ピザ頼まない?」


 懐から取り出した五千円札をひらひらと見せつけてくる真希ネエ。


「で、でもそれって母さんが置いていった困った時ようのお金なんじゃ」


「だいしょぶだいしょぶ! お姉ちゃんが責任取るから! どーんと大船に乗ったつもりでいて?」


「…………うん」


「よおし! じゃあ夜はピザでけってーいッ! 今から楽しみだね、郁ちゃん!」


「そうだね」


 子供のようにあどけなく笑う真希ネエに、つられて僕も頬を緩める。今度は無理してなんかじゃなく、自然に。


 しっかり者のイメージが定着している真希ネエだけど、こういった面も時折見せるから、色んな人から愛されるんだろうな。


「ふんふふ~んッ」


 鼻歌交じりにリビングへと向かっていく真希ネエ。夕飯がピザで上機嫌な様子だ。


「……………………」


 確かにピザは嬉しい、僕もそう思う。けど――ぶっちゃけご飯の心配なんかより真希ネエと家で二人きりの状況の方が心配だよ。


 さすがに僕がいるのをわかってて僕のパンツ求めて僕の部屋に入ってきたりしないよね?


 ソファーに腰を下ろしテレビを観ている真希ネエを遠目に見ながら、僕は返されることのない問いを心の中で投げかけた。

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