第7話 ダイク、祈る
ヘーレン街道森の入口を爆破し、簡単に騎兵が追って来れないようにした俺達の一行は、ヘーレン街道を東に、リール川東岸に向かっている。
しかし一息ついた今ふと思うが、殿下は今日何回魔法を使ったのだろう。
数え切れない。100じゃ効かない回数だ。
10回20回で体調崩すんじゃなかったのか?
本当に軍議の時や空いた時間にずっと食べていたリンゴのおかげか?
時々飲んでたっていう蜂蜜のおかげか?
それはわからない。誰も殿下の真似をしなかったからな。
俺もそうだ。
俺の使う瞬足も殿下は魔法の一種と言っていた。だから栄養補給しろ、果物を食え、と。
結局全然食わなかった。今日はずーっと飲まず食わずだ。
殿下の前では表に出さないが、空腹で動きが鈍い。
最後の小休憩で殿下に渡され飲んだ僅かな蜂蜜入りの水、思えばあれだけしか取ってない。
地大砲などの爆発音は腹に響くが、空腹だとなおさらだな。最後の街道爆破の音なんかは聞いてて腹だけがすっ飛ぶ感じだった。
やっぱり戦闘行動中も、食える時には食っとかないといけないな。
おっと、頭の働きも鈍ってるな。
殿下に聞こうとして忘れてた。
「殿下、お疲れのようですから、森の外に連絡して馬を回してもらいましょうか?」
「自分だけ特別扱いは嫌だけど、できたら頼む。走って走れないことはないけど、体のだるさが増してきた」
「わかりました。殿下とホールデンとビンスとガーランドと……5頭お願いしてみます」
俺は高音で吠えて森に待機する連絡係の獣人に伝えた。意外に疲れていると高音を出すのも体にクる。
ああ、こんなに疲れてるだなんて、
本当に殿下の言うように、何か食っときゃよかったぜ。
おれの耳に獣人からの返答が届く。
「すまねえホールデンたち。獣人からの連絡があって、向こうの森の出口んとこに馬を用意したらしいけど、曳く者が足りないそうなんだ。
途中まで2人で頑張って曳いて来てるそうだが、手伝って欲しいそうなんで行ってきてくれないか。俺が行きゃあいいんだが、今日はちょっと張り切り過ぎてな。少し動くのがしんどい。
頼まれてくれるか?」
「ああ。お安い御用だ」
「珍しいな、ダイクがそんなに疲れるなんて。殿下を守りながらゆっくり来いよ」
「さすがに敵も来ないだろうさ、あんな穴ぼこ上り下りする物好きじゃなけりゃな」
3人は馬を受け取りに駆け足で出発した。
途中まで曳いて来てる筈だから、撤退してる俺達の第6陣の人員が街道に溢れ混雑しているとしても、1時間程度で戻ってくるだろう。
殿下が俺を心配して下さったのか声をかけてくれる。
「ダイク、多分追手は来ないから、急がないでいいぞ。ゆっくり行こう」
「ありがとうございます。まあリール川渡ったらハンスにベッドでもねだってゆっくり眠りましょうや」
「そうだな。まずはとにかくゆっくり休みたい」
殿下も魔法を使いすぎて疲れているようだ。足取りがとぼとぼとした感じになっている。
殿下もそうだが、今日は俺も瞬足使い過ぎたな。偵察の時から急がないと、って使いすぎた。
本当に飯食っとくべきだった。空腹がつらい。
馬の駆ける蹄の音が聞こえた気がした。
かなり遠くだ。
俺の獣人の聴覚でやっと聞こえる程度。
やっとガーランドたちが戻ってきたか。助かった。
早く飯食ってゆっくり休みたい。もしエールがあるなら樽に飛び込み、泳ぎながら飲み干したい。
内心の声も我ながら元気になってくる。
……いや? ガーランドたちが馬を曳いてきたなら駆けないんじゃないだろうか。
人が乗らないカラ馬は、走らせれば
だが、確かに馬が駆けている音がしている。
後ろから近付いてくる!
「殿下、ちょっと気になることがありますので後方を確認して参ります」
と殿下に伝えて、来た道を駆け戻る。
確かに蹄の音だ。
俺たちが来た方から、確かに!
カーブを曲がり直線に街道が開ける。
街道上、100m先に栗毛の馬に乗った赤い上着、黒い乗馬ズボンの騎兵が1騎。
エイクロイドの騎兵だ!
嘘だろ、あんな爆破孔を超えてなおも追撃して来るなんて!
もういいだろ、十分お前らは勝ちを得たんだから……帰って祝杯でも上げときゃいいじゃねえか……見逃せよ……
そんな俺の願いを聞き届けるはずもなく、その騎兵は馬を疾走させ、あっという間に近づいてきた。
ここで俺が何とかしないと、殿下がヤバい!
正直、体は動かない。だが、何とかするしかない。
俺は街道の真ん中で剣を抜き待ち構える。
敵騎兵は拳銃を抜き、俺に狙いをつける。
俺は瞬足を使い身体強化する。
敵騎兵が拳銃を発砲した。
瞬足を発動し、身体強化された俺の目には、銃弾が飛来する軌道が見える。
俺は銃弾を
敵騎兵が馬の速度に乗せて馬上槍を俺に向かって突き出した。
騎兵の必殺の攻撃だ。
瞬間、俺は再度瞬足を使い馬上槍を
瞬足の連続で一瞬で斬った。
片側の両足を切られた馬は勢いそのままにバランスを崩し転倒し、地面を一回転し残った両足もグチャグチャになり、10m程街道を滑り止まった。全身地面で皮膚がずる向けて、皮の剥けた肉から血がじんわりと滲み流れる。馬はかろうじて首だけは動かし悲し気ないななきを上げていた。
乗っていた騎兵は振り落とされ、馬の走ってきた勢いのままに街道の脇にある大木に激突したあと他の何本かの木に当たり、街道脇の草叢の中に転がって止まった。
俺はその騎兵の状態の確認のために近づいた。
こちらも乗馬のように全身骨折している。
手足はあらぬ方向に曲がり、陥没した頭部から血と、何か白いものが流れ出ている。
意識は無いだろうがまだ死んではおらず、肋骨を全て骨折した肺で呼吸をしようとしても息を上手く吸い込めないようでカハッ、カハッと空気を求める音が響く。
瞬足で身体強化をしていたから即死はしていないようだが、自分の意とは違ったダメージは瞬足を使っても受けてしまう。
もう助かるまい。
止めを刺してやるのが優しさか。
俺は持っていた愛剣を逆手に持ち換え、振り下ろした。
俺は急いで殿下の元に戻って報告せねば、と思い走ろうとするが、体が自分の物ではないように恐ろしく重い。
瞬足を連続で使ったせいだろうか、ここまで戻ってきた時よりも全身が動かない……
まるで、急ごうとする俺の魂を、俺の体が後ろに戻そうとしがみついてくる、そんな感覚だ。
重い体を引きずりながら、やっとのことで殿下の元に戻り、片膝をついて報告する。
「殿下、エイクロイドの騎兵が一騎追ってまいりましたので切り捨てました。エイクロイドはまだ我々を追ってきております。道を逸れ、森に隠れましょう」
殿下も辛うじて立ってはいるが、疲労で目が潤み体が微妙に揺れている。走って逃げるのは騎馬相手に無謀だ。今、殿下は腰に差した剣しか武器がなく、俺も愛剣1本しかない。今の状態では騎兵集団と切り結んで防ぐなんてことは出来ない。
「この街道をエイクロイドの騎兵に抜けられるのはまずい。今街道にいる者はガーランドがマスケット銃を携行しているが、それ以外は自分の剣しか持っていないはずだ。逃走時にマスケット銃を遺棄するように指示しているからな……それに森の出口に地大砲を備えさせてはいるが、もし敵騎兵の数が多ければ撃ち漏らしも出る。そうなればまだリール川東部に撤退していない兵や民に犠牲が出てしまう」
「それはそうですが、どのような方法があるというのですか? 今は
「いや、物理的に街道を塞いでしまう。それが一番安全だ」
そう言うと殿下は「さっき適した地形があったはずだ」と言いながら街道をヘーレン方向に戻って行く。
ある地点に来た時に、殿下は立ち止まった。
「ダイク、私の傍に来い」と呼ばれたため、殿下の横に行く。
殿下は俺の様子を見て、俺に伸ばし掛けた手を引っ込めた。
殿下は暗き暗き森に住むエルフに他者の体力を使って魔法を使う方法を聞いている。今、俺の体力を使って魔法を使おうと思っていたんだろうが、俺の疲労ぶりを見て止めたんだろう。
俺達が立ち止まった地点は、街道がしばらく曲がりくねった後、また直線に戻るカーブの立ち上がり。
カーブを曲がってきた者には急に壁が現れたように見える場所に、殿下は壁を出現させた。
幅は街道を一杯に塞ぎ、森の中へ1m程度はみ出している。
高さは3m弱。厚みは見えないが、多分殿下のことだ。馬がぶつかってもちょっとやそっとでは壊れない厚さはあるだろう。 殿下の土魔法だ。相変わらず凄い。
「済まない、ダイク。ちょっと疲れすぎた。少し休ませてくれ……」
壁の方を向いていた殿下は、そう言うと出した壁に背中をもたれかけ地面に腰を下ろした。
俺も殿下に近寄り、殿下の前に腰を下ろす。
殿下の顔を見ると、目が落ちくぼみ、頬はこけている。唇は水分を失ってカサカサだ。教会に伝わる魔法の連続使用の例と一緒だ。
この分厚く高い土の壁を魔法で出すことで殿下は体力の殆どを使ってしまった……
これ以上殿下に魔法を使わせてしまったら……
殿下は目を閉じ、大きく息をしながら眠ってしまった。
壁の向こうから蹄の音がした。
近づいてくる。
ドン、と鈍い音がして壁に激突したようだ。
馬の悲しげな
壁はまったく揺るがない。
また蹄の音がして、また壁にぶつかった。また馬の断末魔の
エイクロイドはあの爆破孔を超えられる技量を持つ騎兵が思い思いに追ってきているようだ。まとまって統率が取れた軍事行動には思えない。
エイクロイドの騎兵は撤退中にも感じたが、全体の勝利が決まった後の追撃戦は手柄を得るための遊び感覚なのだろうか。
それから散発的に馬と人が壁に当たる音が聞こえた。
いい加減これだけやって無駄なんだから諦めるべきだろう。壁の向こうに何人何頭倒れれば気が済むのだろう。
何だか
ガーランドたちが馬を連れて迎えにきてくれたら、殿下とともにゆっくりリール川東へ戻ろう。
俺は少し安心してそう考えた。
また壁の向こうから馬の蹄の音がする。またぶつかりに来た。 アホだな。
壁の手前あたりで音が消えた。
引き返したか、と考える俺の頭の上を影が走った。
ダスッ!
壁にもたれて眠る殿下を正面に座って見ている俺の後ろに、重量のあるものが地面に着地した音がした。
後ろを振り返ると、壁を飛び越えてきた赤い服、黒い乗馬ズボンのエイクロイドの騎兵がいる。
俺は情けないことに、こちらに気づかずそのまま街道を走り去ってくれ、と願った。
だが、その騎兵はゆっくりこちらに馬首を返す。
見つかった!
騎兵と目が合った。そして視線を俺の後ろに向けた。
殿下が見つかった。
その騎兵は殿下を見つけると口の端を上げてニヤリと笑った。
ゆっくり馬を歩かせてカッポカッポと蹄の音を立てながらゆっくりゆっくり、ニヤニヤ笑いながら近づいて来て。
ゆっくりゆっくりと馬上槍を振りかぶった。
俺の体は動かなかった。
気を抜いて休んだのがいけなかった。
コイツの槍から殿下を守らねばならない。体の位置を動かして殿下を庇わなければならない。
だけど俺の体は膝立ちの姿勢のまま、まったく動こうとしなかった。
せめて両手を広げ、俺の腕で殿下に槍が直接刺さるのを防がねばならない。
両手が本当に自分の腕なのかと思うほど、重く、重く、上がっているのかもわからない。
ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!
俺はバカだ。愚かだ。何が
何で俺は、殿下の言うことを素直に聞いて、食べられる時に、食べておかなかったんだ!
今俺の体が動かないのは俺が食べなかったせいだ!
今俺が殿下を守れないのは、俺が殿下の言うことを聞かなかったせいだ!
神様! 愚かな俺に罰を、あの馬上槍を俺の体に!
そしてお慈悲を、殿下を
神を信じたことがない俺が、神に祈った。
一心不乱に、神に祈った。
ゆっくりと、馬上の、騎兵が、馬上槍を、振り下ろす。
俺は目を
柔らかく重い物に槍が刺さる ドスッ という鈍い音が俺の耳に聞こえた。
俺は絶望し目を開ける。
目の前の騎兵はニヤリとした笑顔で馬上槍を振り下ろそうとしたまま、ゆっくりと右側にずり落ち、ニヤリとした笑顔のまま地面に転がった。
騎兵の首に、騎兵の左側から馬上槍が深々と、首を貫通する程に刺さっていた。
俺は何が起こったのかはわからなかったが、ただ、殿下を害しようとした騎兵が絶命し、危機を脱したということだけは理解できた。
ああ、神よ、神よ、殿下を救って下さり、ありがとうございます……
俺は自分の両方の目から涙が滴っているのにようやく気付いたが、体が動かないので拭うこともできずただ泣き続けていた。こんな疲労した俺の体にまだ涙を流す水分が残っているのか……
俺から見て右側の林の中からゆっくりと銀色の鎧に身を包んだ騎士が、騎乗した従者数名を従えてゆっくりと街道に姿を現した。
この騎士が馬上槍を
「ダリ……ウス……さま……」
俺は見た事のある顔の、その騎士の名前を呼んだ。
ダリウス=ハールディーズ子爵。
何故マッケルの第2軍に居るはずのダリウス=ハールディーズ子爵がここに居るのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。
ただ、ただ、今の俺にできることを……できることを……
「ダリウス……さま……ありがとう……ござ……いま……す……でん……か……を……おすくい……いただ……い……て……」
そして俺はそのまま倒れこんだ。
ダリウス様に俺の疲れて回らない舌は、開かない口は、感謝をきちんと伝えられただろうか……
意識が暗闇に溶けこんだ。
目が覚めると見知らぬ場所だ。どうやら
「よう、よく眠ってたな。羨ましいこったぜ」
普段なら聞き飽きた、でも妙に安心できる、あの野郎の声がした。
リール川東岸の陣地構築を任されたハンスだ。
「おまえが眠ってる間に、陣地構築が捗ったぜ。もう、ちょっとした要塞みてーなもんだ」
「ようござんしたな、陣地構築司令官殿」
上半身を起こし、思いっきり嫌味で返してやる。
「で、殿下はどうした? ご無事だとは思うが、お体は大丈夫なのか」
「殿下ならお前より2日早く目が覚めて、メシをモリモリ召し上がられてる。体調も回復されている」
良かった。本当に良かった。あのやつれた殿下を見た時は、もうずっとこのままになっちまうんじゃねえかと心配した。
「お前の眠気にゃ呆れるぜ。5日も眠ってたんだからな。俺なんざ5日間まったく不眠不休だってのによお」
「俺はそんなに寝てたのか」
「ああ、そうだぜ。まったくよお、お前張り切りすぎて無茶してんじゃないよ。お前のシモの世話命じられた奴は楽だったろうよ。何せ全然ションベンしねえってんだから。そんだけ体がカラッカラだったんだよ。言ってみりゃあな、お前の毛皮で隠れた体はミイラ寸前だったってことだよ」
朝から飲まず食わず、ああ思い返してみればあの決戦前日の朝から飲まず食わずだ。本当に小休憩の時に水を口にしただけだ。
腹が満ちると感覚が鈍るから、戦いが近いってんで自重してたんだ。んであの地獄の撤退戦だ。最後に泣いたのが致命傷かな。
「おまえ、今は眠って体の疲労だけないって状態だからな。まだ全然水とか栄養とか足りてねえんだ。殿下が言うには、まず起きたらこれ飲ませろ、一日これだけで明日から果物食って、肉とか食えるのは1週間くらいしてからだと。そんでその間は動くなってよ。
本来なら王都に戻すとこだが、誰も見てないとお前は無茶するだろうから前線の救護所で療養させようって殿下が言われたんだ。第1軍司令官様がな。
だから絶対お前、無茶すんじゃねえぞ、わかったな」
ハンスの野郎はそう言って、ジョッキに入った液体を渡してくる。
「何だこれ」
「お湯。ハチミツとレモン汁入りのな。それを飲めるだけ飲めとよ。欲しくなったら外の奴に言えば持ってきてくれる。そんでそれだけ元気そうならションベンは自分でしに行けよ」
「あったりめーだ、俺は赤ん坊じゃねえよ」
そう言って俺はジョッキの中の液体を飲んだ。
甘酸っぱい液体が喉から胃へ流れ込む。喉の乾きを潤し、体中に力の源が染み渡っていく。
「絶対無茶はさせんからな」
俺の表情を見て、ハンスの野郎はそう言った。
俺は気になっていることをハンスの野郎に尋ねた。
「何か俺倒れる前にダリウス様に助けられた幻を見た気がしたんだよな。マッケルにいるはずの人があん時あんな所にいるはずねーのにさ。何でだろうな」
「お前、ダリウス様は婚約者がおられるから、お前がいくら慕っても無駄だぞ」
「アホか! 俺は普通に女が好きだわ! ああそうだお前ハンスこの野郎、次に酒場行ったら俺にもちゃんと紹介しろよ! いっつもいっつも自分だけ美味しい思いしやがってよお! ちなみに俺はお前と違って身持ちの堅い女としっとりねっぽり愛を育むタイプだから、お前のお手付きはお断りだからな!」
「そんなもん自分で探せ、ボケ! そんなに理想高けりゃいつか出会う日を花びらちぎって待っとけやこのスカタン野郎が」
「誰がスカタンだよ、おならは臭くねーわ」
「そりゃスカンクだよボケナスが。ウッド・ハーの南の生き物良く出てくんなオイ。狼様はそんなとこ行かねーのによく知ってんな」
「そんなの知らねーよ、とにかく最初のダリウス様のこと教えろよ! あれが幻だったら俺はマジで自分がソッチの気があるんじゃねーかってこれから自分を疑いながら生きてかねーといけねーんだからよ、人生の大事だろうが」
「あーあーわかったよ、教えてやるよ。お前が自分のソッチの気心配すんのも俺は面白れぇーけど、殿下に惚れられても困るかんな、言ってやるよ。
本物のダリウス様が助けてくれたんだよ」
「最初からそう言えボケ、下らねーこと言って話逸らすなよホント」
「悪かった悪かった。ちょいとからかうつもりだったんだがお前がマジになるから」
「で、何でダリウス様が来れたんだよ。第2軍のいるマッケルから馬乗り潰して掛け通しでも2日以上は余裕でかかるし、こっちの状況なんてわからんだろ、すげー間一髪のところで助けられたから驚いてよ」
ダリウス=ハールディーズ子爵。
ハールディーズ公爵家の嫡男。次期当主。
ジョアン殿下とは4歳違いの17歳。
ハールディーズ公爵家は社交嫌いと言われているため顔はあまり知られていないが、現当主ガリウス公爵の元、実践で当主の何たるやを叩きこまれている。
俺はジョアン殿下の護衛として何度か顔を会わせ、光栄にも名を知っていただいている。
「マッケルでは第2軍7万とエイクロイド軍10万が対峙してんだが、あそこは谷地だろ、野戦で決着つけられない。だから膠着してんだってよ。散発的な戦闘しか起こらない。戦闘自体は勝ってるらしいが状況が大きく動くわけじゃねーんだってよ。
それで、トリエルからエイクロイドの援軍がマッケルに向かってるって話だったが、結果その援軍はマッケルに向かわずにヘーレンまで進んで皇帝と合流した。それが3日前。ま、そんでダリウス様なんだが、伝令をジャルラン殿下が出した後、増援のエイクロイドがヘーレンに向かってるのが判って、ヘーレンの第1軍に合流しに来たんだってよ。わずか5人で」
「無茶すんなー、ハールディーズ公爵の許可は貰ってんのか?」
「何か公爵もスゲー乗り気で、ワシが行きたいわ、って言ってたらしい。で、わずか5人だけど、こっちに参加していた寄騎のところかウチに陣借りするつもりだったらしいぜ。ちなみに寄騎ってのはダリウス殿下の婚約者の実家でマルバルク伯爵家っつーんだと」
マルバルク伯か。あの人くらいだったな殿軍を進んで手伝ってくれたのは。本当に有難かった。
もしかしてハールディーズ家に事前に何か言い含められていたのだろうか。
でも、もうあの人も脱出の前に一緒に叫んでいた仲間だ。
「マルバルク伯はどうした? 無事なはずだけど」
「連れてた負傷兵を預けて、少し休んで王都に走られたよ。詳細な撤退状況を陛下にお伝えするって言ってな」
「良かった。で、ダリウス様は結局何であのタイミングであそこに現れたんだ?」
「偶然。て本人は言っておられたよ。実際ギリギリのタイミングだったのは偶然だろう。お前と殿下は運が良かった。ただダリウス様はマッケルの包囲も5人で強行突破して来られたし、お前と連絡を取っていた撤退途中の獣人兵がおよその場所をダリウス様にお教えしたらすぐに森を抜け最短距離を走る選択をされたようだし、力技を通すタイミングが絶妙なんだろうな。結果どっかでダリウス様が安全マージン取ってたらお前と殿下は助からなかった」
「すげーな、あの一族。でも本当にあの時はもう神の使いかと思ったわ」
本当にそうだ。ダリウス様が森を抜けようと決意していなかったら俺は、自分の愚かさと無力さを呪いながら死んでいたはずだ。
また後で、体が回復したら、改めて感謝を伝えに行こう。惨めで無意味な死から救ってくれた恩人に。
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