第6話 大撤退




 俺たちはいよいよ、死地から走って脱出することにした。


 そろそろか、と思っていたら殿下が火魔法を使える奴に声を掛けた。


 「誰か一人、火魔法を使える者、マルバルク伯に同乗させてもらい一緒に行ってくれ。マルバルク伯に誰か一人だけ助けてもらう訳じゃない。マルバルク伯を敵騎兵から守るために、地大砲に点火して欲しいんだ。誰か頼む」


 潰走から俺たちに合流して、一緒に殿軍を務めると申し出てくれたマルバルク伯爵。

 俺たちここに残った者たちの馬は全て敵の襲撃の中で放馬してしまい、俺たちの中で唯一騎乗している。


 火魔法を使える者同士で何か話した後、一人の少年が前に押し出された。


 「名前は?」


 「ニルスです、殿下」


 「ニルス、マルバルク伯のこと、必ずお守りしてくれ。左右両方の騎兵に気を配ってね。ここから先の地大砲は途中の装填班と火魔法使用者が残ってる。全部使える筈だから大丈夫だ。疲れていると思うけど、ヘーレン街道までの1.5km、多分騎馬なら荷車を着けても2分くらいの筈だ。魔法を使いすぎて意識を失ってもマルバルク伯が必ず安全な場所まで連れて行ってくれるはずだから、君の限界までこの2分間、力を使ってくれ。年は幾つだい?」


 「14歳です、殿下」


 「私より年上かよ! ごめん上からの物言いで。でも、君が今回経験したことは、これからのアレイエムのために大きな大きな意味を持つ筈なんだ。マルバルク伯をお助けして、必ず生きて帰ってくれよ。

 じゃあマルバルク伯、ニルスと荷車の負傷者たちをよろしく頼みます」


 「任された、殿下。必ずこの死地を抜けて王都まで辿り着こう」 


 そして殿下は皆に伝えた。


 「さて、準備はできたかい? 重い装備は置いてっていいぞ。魔法使用者は眩暈めまいやふらつきが出てきたら無理に地大砲使わなくていいからな。とにかく走るのに支障が出ない程度にね。

 最後に一つだけお願いしたいことがある。

 さっき私が叫んだこと、

 生きて帰っても恥ずかしくて死にたくなるからね。

 じゃあ、全員走れ!」


 俺たちは一斉に走り出した。



 マルバルク伯の重傷者を乗せた荷車を引く乗馬が先頭に立つ。


 そのまま俺たちを先導することなく速度を上げていく。

 とにかく脱出してもらわねば。


 マルバルク伯を見て敵騎兵隊は左右両方からマルバルク伯に迫る。

 このままマルバルク伯が包み込まれ討ち取られてしまうと、後ろの俺たちはそのまま敵騎兵に前を塞がれ包囲されてしまう。


 ドン! ドン!


 左右1発づつ地大砲が火を噴くとマルバルク伯に寄せてこようとした敵騎兵の集団が吹っ飛んだ。

 走っているマルバルク伯の乗馬と並走するような形になっていた敵騎兵は、広い馬の真横で小石を存分に受けて吹っ飛んだのだ。直接砲弾を受けた馬の頭部はきれいになくなっていて、デュラハンの愛馬のようになっていた。


 その顛末を見て殿下は「マルバルク伯は行けそうだな」と言い後ろを振り返った。


 俺たちの後ろからも敵騎兵の集団はものすごい勢いで追ってきている。


 そりゃそうだ、潰走する敵を後ろからスピードを生かして追い上げ突き殺すのが騎兵の仕事だからな。


 500人弱の集団だ。街道の地大砲の馬蹄形の中だけに入れば相当前後に長くなる。


 俺と殿下がいた位置はちょうど集団全体の中段くらいだった。


 「私は少し下がろうと思う。私が最後尾じゃないと後ろの地大砲が使えてないみたいだからな」


 確かに後ろからは地大砲の響きが散発にしか聞こえてこない。


 「下がる前に左右の虎視眈々と狙ってる奴らを片付けて行くか、ダイク、背嚢はいのうを左右の騎兵集団の上空へ投げろ」


 俺は自分で背負っていた背嚢はいのうと、殿下が背負っていた背嚢はいのうを受け取り、俺たちの横に迫ってこようとしている左右それぞれ200騎程の敵騎兵集団の上空へ次々に投げ上げた。


 狼人間ワーウルフの身体能力だ。けっこう遠くに飛んだ。


 ドカーン‼ ドカーン‼ 


 多分殿下が魔法で着火したのだろう、ものすごい轟音と共に上空で背嚢はいのうに入った黒色火薬が爆発し、背嚢はいのうに詰めていた小石を物凄い勢いでバラ撒いた。

 背嚢はいのうには地大砲に装填している火薬の何十倍もの量の黒色火薬が詰まっていた。俺はあんな爆音を生まれて初めて耳で聞き、全身で感じた。


 左右の爆発の真下にいた敵騎兵200騎ずつと、その周辺に合流しようとしていた敵騎兵は、遮蔽物のない上空から猛スピードで飛んできた小石に当たり血だらけで全員落馬し、小石が当たらなくとも爆風に乗馬ごとなぎ倒された。


 左右に迫っていた敵騎兵の一団は完全に全滅。けっこう死者も出ただろう。


 爆発周辺300m程度の範囲にいた敵騎兵は全滅したが、その範囲外の騎兵たちも乗馬が地大砲の音以上の轟音に驚き棹立さおだちになって振り落とされている。左右500mの範囲の騎兵集団は行動不能になっていた。


 振り落とされなかった騎兵も自分の騎乗する馬を落ち着かせるのに手間取っている。これで敵騎兵の動きをかなり留めることができた。


 しかしいいことばかりじゃない。


 爆発の轟音と衝撃は俺たちまで届いた。


 俺と殿下は「やる」ってわかって準備してたから心構えができており驚いたくらいで耐えられたが、何も知らず走っていた者は突然の轟音と爆風によってよろめく者が多く、中には転んでしまう者もいた。また、離れているため死傷はしなかったが爆発で飛来した小石に当たる者も何人かいた。


 「すまない、左右に迫った騎兵を撃退するために背嚢を爆発させたんだ、本当に済まない」


 殿下は周囲に大声でそう言った後、


 「これはむやみに使えないな、ダイクに投げてもらった距離でこれじゃ威力がありすぎる」


 しまった、という顔をして言う。


 「これだけの火薬の量ですから、地大砲より全然ダンチなのは当然でしょう。今度はもっと遠くまで投げますよ」


 走って逃げる俺たちのうち何十人かが倒れ列を乱したのを見て、さっきの爆発から離れた位置で驚いた馬を落ち着かせ立て直した敵騎兵の集団が、これは機と見たのか倒れた奴からほふろうと突撃してくる。


 殿下が近くの地大砲をドン! ドン! と2発撃つと見事に集団で吹っ飛んだ。



 「大丈夫? ごめんごめん」


 倒れた人の手を取り殿下が助け起こすと、そいつはあのお貴族様のラッセルって奴だっだ。


 「突然何をする! 私を殺すつもりか! 予め何をするのか言っておけ!」


 殿下の手を振り払い、ゼーゼー言いながらも走り出そうとする。


 失礼な奴だ。


 殿下が後ろから声をかける。


 「さっきのでかなりの敵騎兵が乱れましたから、数分は安心できますよ。半分は過ぎたと思いますから、もう少し頑張ればご家族に会えますよ」


 お貴族様は無言で走って行った。


 殿下は優しすぎるぜ、あんな奴放っといて全然かまわねえのによ。


 当初の目的通り後ろに下がろうと立ち止まっていると、集団の中をハーピーのジェニーが必死で走ってくる。

 ジェニーはさっきの偵察のための飛翔で、最後の飛び上がる体力を消費し切ってしまったのだろう。


 「おい大丈夫かジェニー」俺がそう声を掛けると


 「大丈夫なもんですか……飛べない鳥はただの鳥ですよ……」息も絶え絶えだ。


  結局何が言いたいんだ。疲れてるから話しかけるなってことかいな。


 「ジェニー、後ろの様子はどうだ」


 殿下が尋ねるとジェニーはもう喋るのも億劫そうに、重大なことを言った。


 「後ろは敵騎兵に追いつかれて、もう諦めて為なすがままでしたよ……ホールデンさんやビンスさんが必死で切り結んで防ごうとしてくれてますが……多勢に無勢ですし、騎兵相手ですからね……」


 「すぐ行くぞ、ダイク! ジェニー、あと少しだからな、頑張れ」


 「はいはい……もう自慢の目も疲れてボワーッとしてきましたが頑張りますよ……」




 俺と殿下は皆が走る地大砲の作る馬蹄形の中から外れて原野をを今来た方向に急いだ。


 そのまま引き返すと、ヘーレン街道森の入り口に向かって走る者たちの邪魔になるからだ。


 50m程先に敵騎兵の大群が目に入った。相当多いし、俺達の集団の最後方に完全に食いつかれてしまっている。


 敵騎兵の前の味方は俺たち以外もう数十人程度になっている。


 数十人程度の集団の中に火魔法を使える者が何人か交じっていて、横に出ようとする敵騎兵に何とか地大砲をぶっ放しているので、追い越して前に出ようとする敵騎兵はいないが、最後尾で走りながらホールデン、ボリス、ビンスが必死で切り結ぶ敵騎兵の後ろには、数えきれない程の敵騎兵が列を作り空間を埋め尽くしている。


 数十人の集団も、切り結ぶホールデンたちに走る速さを合わせているようだ。人と人との間隔が空くと、そこに敵騎兵が入り込んで分断、虐殺されてしまう。


 更に馬蹄形の中に分断するように敵に入られてしまえば、その敵に向かって地大砲を撃つことができない。味方を巻き込むからだ。


 そうやってここまでほふられてしまったのだ。



 本当にエイクロイド帝国の騎兵はハイエナだ。

 こいつらは獲物が弱るようにじっくり数で圧力をかけてくる。

 弱って諦めた獲物から食らっていく。

 決して無理はしない。


 ふざけやがって。


 俺は狼人間ワーウルフだが狼としての誇りを持ってる。

 狼は集団で狩りをする。

 だが、決してなぶるような真似はしない。

 安全なところから獲物をなぶって弱っていくのを楽しむ趣味はないのだ。


 全身に怒りが湧いたが、短絡的に敵騎兵に駆け込むわけにもいかない。

 そんなことをしても俺の気が晴れてスッキリ死ねるってだけだ。

 殿下の傍にいる今、そんな無責任なことはできない。


 「殿下、ここにいると地大砲が使えません。戻りましょう」


 殿下にそう声をかけるが、殿下は返事もせず、動く気配がない。

 殿下はただ必死で走る数十人とホールデンらの様子をじっと眺めている。


 この脱出劇の直前に殿下本人が言っていた言葉。


 『誰も助けられない。助ける余裕なんてない』


 お貴族様を含めた皆に対する心構えとして、自分がそう思っているていであんなことを言いながら、殿下本人は他者を助けたいと思っているのだ。


 そして、200人近い兵が敵騎兵の馬上槍にかかった、と言う事実を頭では理解していても、感情が追いついていないのだろう。


 「あそこに犬人間ワードッグと一緒に居る奴、何か寝返り公爵様に似てねえか?」


 「ありゃあもしかして、敵総大将のジョアン=ニールセンじゃないか?」


 「だったらとっ捕まえりゃ一生食いっぱぐれねえ恩給が貰えるぜ」


 誰が犬人間ワードッグだ、ハイエナが俺を犬と一緒にすんな!


 俺を犬だなんて言いやがる、そんなふざけた声がホールデンらが切り結んでいる敵騎兵の後ろから上がると、跳ねっ返りの敵騎兵が最前列の騎兵を追い越し数十騎こちらに向かってくる。命令系統はどうなっているのだろう? 本当に跳ねっ返りな奴らだ。


 「殿下、ここにいると地大砲が使えません! 早く! こちらへ!」


 殿下の手を引っ張ると「あ、ああ」と気づいたように殿下も地大砲の馬蹄形の中に戻る。


 横から跳ねっ返り敵騎兵が近づくと、殿下は地大砲に点火した。


 ドン!


 地面が揺れてはねっ返り敵騎兵たちは血だらけになりあっけなく倒れた。


 俺たちの横を疲れて、それでも生きるのを諦めない数十人が走り抜けて行く。


 彼らが向かう方角から


 パ、パパーンと複数の小銃発射音が鳴った。


 ガーランドたちの隊の発砲音だ。

 おれたちの集団の先頭がヘーレン街道森の入り口に辿り着いた合図だ。


 まだ森を抜けるまで15kmもあるが、辿り着いた奴らは何とか第一関門は突破できたってことだ。


 俺と殿下は一つの地大砲の馬蹄形の中で、すぐそこまで来たホールデン達に大声で怒鳴った。


 「早くここまで来い!」


 「ホールデン、ボリス、ビンス、頑張れ!」


 殿下も叫ぶ。


 声に気づいたホールデン達が俺達を横目にニコッと笑みを浮かべた。




 その一瞬が命取りだった。


 敵の馬上槍がボリスの腹を貫いた。


 膝をついたボリスを更に槍が襲う。


 血を吐きながらボリスは倒れた。


 「殿下……私を役立てて下さい……」


 倒れたボリスを馬の蹄が踏みつけて、べきッと鈍い音がした。

 そのまま倒れたボリスの体は馬群に踏まれ飲み込まれた。


 生きては、いまい。



 ホールデンとビンスは、ボリスに敵騎兵が群がった隙をついて、俺たちの居る地大砲の馬蹄形の中に入った。


 殿下は馬蹄形を形作る10か所の地大砲に次々と点火していった。


ドドドドドドドドドドン!


 空きっ腹に地大砲の音が響く。


 盛大に地面が揺れて、俺たちの目の前にいた敵騎兵集団は至近距離からの砲弾とつぶてを受けて綺麗さっぱり吹っ飛んだ。

 その後続も飛ばされた人馬に巻き込まれたり、音に馬が驚いたりして多くが行動不能に陥っていた。


 「殿下、ホールデン、ビンス、急いで前に追いつかないと包囲されてしまいます、急いでください」


 俺はそう言って皆を促し、走り出した。

 亡きボリスとビンスが配置した魔法使用者と弾薬装填班は俺達が最後尾だと確認するとそのまま脱出のため走り出す。


 「ありがとうございます、殿下。殿下が私達のところまで下がってきてくださらなかったら、またどこかで列が分断されていたでしょう。

 ボリスは残念でしたが、立派でした」


ホールデンが殿下にそう礼を言った。


 殿下はボリスが倒れた地点から300m程離れたところで、無言で振り返った。


 ボリスが倒れた場所はもう敵味方の死骸を乗り越えた俺達を追撃してくる敵騎兵の海で覆われていた。

 さっきの地大砲馬蹄形連発でたおれた敵騎兵の死体を踏みつけたり迂回したりして、また敵騎兵が広がって追い上げてきている。

 一番俺達に近い先頭は100m程の後方だ。後数秒で俺達に襲い掛かって来る。


 殿下は「すまねえぇぇぇ、ボリスウゥゥゥ!」と叫んだ。


 殿下が叫んだ瞬間、ボリスが倒れた地点の辺りで大爆発が起こった。


 やや離れた場所にいた敵騎兵、馬ですら上空に舞い上がらせる程の大爆発だ。

 爆発の中心にいた多くの人馬は木端微塵になり、手だの足だのが周囲に雨の様に降り注いだ。


 殿下が新たな魔法を身に付けた、訳じゃない。


 ボリスが背負っていた火薬の詰め込まれた背嚢はいのうに殿下が火魔法で点火したのだ。

 『殿下……私を役立てて下さい……』

 ボリスの遺体は背負っていた背嚢はいのうの爆発で木端微塵に四散しただろう。戦後ボリスの家族に遺体を遭わせてやることもできなくなった。遺品ですら見つけるのは困難だろう。殿下はそうすることに抵抗があっただろうが、ボリスの遺した最期の言葉を尊重し実行したのだ。


 俺たちを追って来ようとした先頭数十騎の敵騎兵がボリスの残した火薬の大爆発に驚き振り返ったタイミングで殿下は、

 

 敵騎兵集団に向いている方向の3か所の地大砲を撃った。


 ドドドン!


 俺たちを追ってこようとした敵騎兵全てがなぎ倒された。


 それを確認すると、殿下はまた走り出した。


 殿下の目が段々赤く充血してくる。


 「すまない、ボリス、みんな。私の見通しが甘かったせいで皆を死なせてしまった!」


 走りながら殿下は涙声で言う。


 「地大砲を設置して発射できるようにしたら、皆を先に逃がすべきだった! 私一人だったら気兼ねなく地大砲を撃てて、こうやって敵に損害を与えられていた! 私が判断を誤ったせいだ!」


 ホールデンもビンスも黙っている。殿下にかける言葉が見つからないのだろう。


 俺も殿下を慰める言葉なんか思いつきゃしない。


 でも長い付き合いだ。

 黙って聞いてあげる方がいい時も多い。

 でも何でもいい、何か言ってあげたほうがいい時もある。


 今は何か言うべき時だ、と思う。


 「殿下、走りながら泣いてちゃ、息が詰まってぶっ倒れますよ」


 我ながら思いやりねえなあ、って言葉が出た。


 「殿下は判断ミスだって言われますけど、そんなこたあないです。総大将の王子一人を敵地に置き去りなんてできませんよ。決して殿下がニールセン家の王子様だからってわけじゃありません。多分、今回初めて殿下と一緒になったウチの士官や兵たち、殿下のお人柄に初めて触れたって奴が殆どだと思いますが、殿下がこの脱出劇始める前に皆に望み叫ばしたでしょ?」


 「……ああ」


 「あんなの、普通誰も言いやしませんよ。

 言ったとしてもお為ごかしで頑張るぞーくらいなもんです。だけど皆自分の望み正直に叫んでたじゃないですか。あれって結局、殿下が自分たちのこと考えてくれてる、配慮してくれてる、心配してくれてる、力になろうとしてくれてる、って安心できたからなんですよきっと。そうじゃなけりゃあ、あんな自分に赤裸々なこと、恥ずかしくて言えません。

 つまりどうゆうことかって言うと、みんな殿下のお人柄が気に入ったってことです。そんな殿下をみんな見捨ててスタコラサッサなんてことはできないんですよ」


 「……」


 「すいません殿下。柄にもないこと言いながら普段の口調が出ちまいましたけど、勘弁してください。ホールデン達も見逃してくれよな」


 「わかってるよ、ダイク。俺たちより殿下とは長い付き合いなんだろうしな。そうゆう口調も普段から許されてるんだろ? だったら別に俺がどうこう言うことはない」


 「ありがとうな、ホールデン」


 「殿下、ダイクが言ったとおりです。殿下が私たちに殿下を残して撤退なんて命令されたとしても、私たちは聞き入れませんでしたよ。殿下は私達を信頼して下さったんです。信頼して下さる人を死地に残すなんて出来かねます。例え嫌がられたとしてもです。身勝手なものです信頼なんて。でも殿下もそうなんでしょう?」


 コクリと殿下はうなずいた。


 「死んでいったボリスたちだって殿下を信頼していたから、自分を信頼してくれた殿下の為にああなったなら、納得できる死に方だったと思います。ボリスが走り出す前に叫んでいた、あんな恥ずかしいこと、信頼できる人の前じゃないと言えないですよ」


 「ボリスは何て言ってたんだ?」


 殿下が尋ねると、ホールデンはフッと笑い「故人の名誉のため伏せておきます」と答えた。


 すげー気になるわ。そこは聞かせてくれよ。




 さっきの爆破と地大砲で、大方追ってこようとする敵騎兵を壊滅させたのか、その後はまったく襲撃を受けずにヘーレン街道森の入り口に着いた。


 時間にしたら、走り出してから多分7分かそこらだ。


 異様に長く感じられた。



 先に撤退しているはずのガーランドが小銃を担いで何故かいて、殿下を迎えた。


 「まだ先はありますが、ひとまずここまで殿下が撤退されたこと嬉しく思います」


 「ありがとうガーランド。しかし殿軍の先頭が入口に差し掛かったら撤退しろと命令したはずだが」


 「命令違反なのは承知しています。罰は甘んじて受け入れます。私個人として殿下の無事をどうしても確認しておきたかったのです」


 「罰なんて下さないよ。ガーランドがここを守り切ってくれなかったら私達はあっという間に全滅していたよ。礼を言うのはこちらだよ。ありがとう」


 「畏れ多いお言葉です。殿下、この後はすぐに撤退されますか」


 「いや、入口の地面を爆破して騎兵が侵入できないようにしとかないと。本当はあそこに積んである火薬を一か所に集めて騎兵ごと大爆発させて撃退しようって考えてたんだけど、もう追ってきてはいないようだから、本当に念のためだね」


 俺たちが元居た方向を見ると、遠方に敵騎兵の集団はいるが、こちらに迫ってくる者はいないようだ。


 「じゃ、やっちゃうか。済まないがみんなで手分けして、背嚢はいのうを扇形に置いてくれ」


 森の入り口から30m程離れたところに扇形になるように背嚢はいのうを8つ置いた。


 ビンスが詰めてくれたのは15個。


 2つは俺が空に投げ、1つはボリスが倒れて敵中に残してくれた。

 残り4個は後続が背負っていたのだろう。

 威力は凄いが中身は別に秘密兵器でも何でもない。

 単なる火薬と小石だ。

 エイクロイドに奪われても問題ないものだ。勿体ないだけで。


 「威力が凄いからな、離れてから点火した方がいい」


 殿下はそう言って皆を促し、森の中のヘーレン街道に入るとしばらく平原部の敵騎兵を警戒しながら歩き、200m程離れたところの街道の曲道部分に差し掛かった時、背嚢はいのうを8つ順番に点火して爆破した。


 しばらく煙が晴れなかったが、風が煙を押し流して見えた地面は、8つの大穴がそれぞれ繋がってギザギザの濠みたいになっていた。


 「これなら敵が追って来るにしても時間を稼げるだろう。向こうも数時間ずっと戦闘していることだし、追撃を諦める理由になるんじゃないかな。

 ダイク、森の中で警戒している獣人たちの部隊に撤退の合図を出して」


 俺は殿下に言われた通り、高音で吠え、撤退成功を味方に知らせた。


 もう一度爆破で出来た深く広い穴の並びを確認して、俺たちは森の中を通るヘーレン街道を東へ歩き出した。


 多分もう敵の追撃はないだろう。



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