第2話 魔法学園




 ところで何で魔法学園の卒業パーティが王宮で開催されるのかというと、ジョアン殿下とジャルラン殿下、ニールセン王家の2人の王子が魔法学園に在籍してるってのもあるが、実際デカい理由は魔法学園がアレイエムの国家プロジェクトだからという理由だ。


 魔法。王族、貴族や富豪、高位の聖職者、教職者など一部の者しか使えないと言われている異能。


 そう書くと非常に稀で強大な力に思えるが、実際は大したことがない。


 火を燃えやすいものに着火したり、コップ1杯分の水を作り出したり、1m程度の幅の土くれの塊を出したり、一瞬帽子を飛ばして人をよろめかす程度の風を起こしたり。 その程度だ。


 しかも、1回あたり数秒間しか使用できない。連続使用も普通10回程度。それ以上使おうとすると使えないことはないが、ひどい頭痛やひどい脱力感に見舞われる。


 教会に記録が残っている最も古い時代以前からこの魔法という力は存在していたらしい。


 だが、実に大した力じゃない。火を着ける魔法を例にとってみよう。火を起こしたり着けたりするのには便利。古代の頃、洞窟で人間が暮らしてた頃なら相当便利だっただろう。


 でも活用する場面が貴族の生活でどこかと言われると、本当にうっかり者の使用人が完全に火種を消してしまって、また火打石や加圧着火装置で付け直さないといけない時に、猛烈な叱責と引き換えに主人である貴族が魔法で替わりに着ける、くらいしかない。


 ああでも、タバコのパイプに火をつけるのはやりそうだな。俺は吸わないんでわからんが。 


 他に使えるとしたら戦争の時に風を起こして敵の矢を逸らすことくらいか。でも風の範囲はそんなに広くなく、横列に並んで突撃する自軍全体はカバーできない、せいぜい指揮官の貴族と周囲の近衛の範囲くらいだ。


 だから少し前まではどの国の貴族の間でも魔法なんて大した力じゃないと言う認識が大半だった。

 俺の仕えるあるじのジョアン=ニールセン殿下が、排泄後の処理のために水魔法洗浄マジックウオッシュ風魔法乾燥ウインドドライを思いつくまでは。

 それまで使われていたシットスティック尻拭きヘラに変わって大便後の後始末に魔法を使うというのを広めた結果、貴族階級の魔法を使える者全てがこれを行うようになった。

 俺もやってるかって?

 狼人間ワーウルフの俺は、実は人族とは違って排泄後肛門周りが余程の下痢でない限り汚れないんだ。尻の構造が違うんでな。

 つまり下痢の時には使ってるってことさ。


 とまあそんな訳で長いこと国というか貴族は魔法なんて見ちゃいなかったが、教会は信仰集めのパフォーマンスに使えるため、魔法については自分達だけで独占しようとしていた時期が過去にあった。


 今から900年前から60年くらい前までの、長いこと文化が停滞し病の流行が止まらなかった暗黒時代と呼ばれていた頃だ。戦争、疾病、様々な理由で人がバタバタ死んだ。流行り病が本当にヤバかったらしい。全滅した村だってアレイエムだけでも幾らでもある。


 貴族にとっては領地を支える小作人を中心に生産人口がバタバタ死んで、自分たちの領地経営が難しくなったが、教会にとって不穏な世相は信者獲得のいい機会。魔法を使ったパフォーマンスがまあ各地の教会で盛んだったし、わざわざ地方まで巡業してパフォーマンスしていたらしい。


 そんで野良で魔法を使う奴がいると教会の権威が損なわれる、ってことで村だの町だので魔法を使う信徒以外の奴を魔女って呼んで迫害した。


 暗黒時代の教会にはひどい実験をした記録があり、捉えた魔女を拷問して、魔法を連続使用するとどうなるか確かめたそうだ。20回を超えたら全身にしわが寄り体がしぼんだようになり、30回に届く前に干からびたようになって息絶えたそうだ。  

 最悪だな。


 まあ教会も自分たちのしてきたことが果たして神の御心に適っていたのか、って言いだす奴らが司教だの神父だのから出てきて、分裂騒ぎになった。結果今は幾つかの宗派に分かれてるが、大雑把に言って改革派と本道派に分けることができる。


 アレイエムでは改革を叫んでた方が優勢だ。国王はじめ多くの貴族連中が一応帰依してるからな。王都の教会も改革派の教会だし、地方の教会も殆どがそうだ。


 そんな訳で、長いこと教会のパフォーマンスのタネだった魔法だが。


 各国の魔法に対する認識が大いに変わる出来事があった。

 ジョアン殿下の考案した日常生活で使う奴じゃない。

 もっと国としてこの力を運用しないといけないって認識に変える出来事が。



 エイクロイド帝国の躍進。


 ああそうだ、俺達が地獄を見たあの戦いだ。

 エイクロイド帝国はあの戦いで魔法を使用した画期的な戦術を取った。


 このために敗戦後、我がアレイエムも魔法使用者を貴族平民を問わず多く見出さなければならない、と認識を大きく変えざるを得なくなった。

 

 それで国立魔法学園が設立されたんだ。


 平民でも魔法を使えるようになるってのは前々から一部では知られていた。

 昔は理由がさっぱりわからず、貴族と体の関係になれば使えるようになるんじゃないかって思われてたらしいが、今となってはお笑い種だ。

 単純な話、要するに食い物が良くなれば平民でも魔法が使えるようになるんだそうだ。

 ジョアン殿下とリューズっていうエルフの娘が、フライス村で生活してる時に村人の食事情を改善してった時に気づいたんだそうだ。

 殿下とリューズが言うには貴族は小麦、肉、野菜、魚ってまあまあバランスよく食事で体に必要な栄養が必要な量だけ摂れてるけれど、平民はどうしても麦と一部の野菜に偏るから、栄養が足りておらずそれが原因で魔法を使える状態に体がならないってことらしい。

 最も食い物が良くなっただけじゃあ魔法を使うための最低条件を満たすだけってことみたいで、何でも色んな知識が多ければ多いほど魔法を使う際、イメージしやすさに繋がって使いやすくなるってことだ。

 フライス村で殿下のお付きのメイドをしていたピアさんって女性、元々は孤児院で育った平民だったのに魔法が使えるようになったんだが、フライス村で食べる食事が良くなったってことと、仕事の合間に現在の旦那のドノバン先生に教わって勉強していたことが理由なんじゃないかってリューズが気づいたみたいなんだな。

 

 だから「魔法学園」というものを作ったんだそうだ。


 魔法学園は全寮制だから、食事もバランスのいいものが学校の食堂で出される。

 それで学ぶ学問は魔法についてだけではなく、幅広い学問を教えている。

 国家の方針で、この学校から多くの魔法使用者を送り出すってのが目的なんだ。

 ただ、1,2年目は王家の王子が入学するってこともあって、平民よりも貴族家の子弟が多く入学した。

 まあ平民にとっては入学金と学費の金貨3枚がなかなか工面できず敷居が高いようだが、受験者を公募し行われる入学試験で成績上位になった平民は特待生として学費は王家持ちで入学できる。3年目は特待生の枠を大幅に拡張したため、3分の1は平民の学生が占めている。本来の目的に近づいたってことらしい。


 あと、この魔法学園は元々色々な研究を行うための大学校として作られようとしていた名残りなのか、色々な研究者が講師として所属し様々な研究も行われている。

 ジョアン殿下と一緒にフライス村で生活していたエルフのリューズって娘は、実際の年齢はジョアン殿下と一緒なんだが知識量と魔法の腕が半端なく、講師兼研究者として魔法学園に在籍している。

 今はミオ=リューズって名乗っているが、リューズの主な研究テーマは医学だ。フライス村では俺と一緒に狩りをしたり獲物を捌いたりしてたんだが、それも役に立ってるって言ってたな。

 他にも何を研究してるんだかわからない、俺からすると得体の知れないイグライドから何かやらかして逃げて来たっていうスチュアート=ブランドンて奴。

 何でか知らないが殿下はウマが合うみたいでよく研究室に入り浸っている。たまにリューズも来て一緒に何かやっていた。

 ちなみにブランドンの授業は不評らしい。教える気がないようだ。

 学校長のアルバート=コナー子爵が注意や訓告を与えてもどこ吹く風らしい。コナー子爵とブランドンはイグライドの頃からの旧知ってことだが、昔から偏屈で知られていたそうで、コナー子爵が殿下にこぼしていた。


 生徒付きの護衛も希望すれば授業や研究は傍聴できるんだが、俺みたいな獣人は学問を身に付けなくとも生まれつき魔法みたいなもんが使えるから関係ないっちゃないんで殿下がブランドンの研究室に行ってる時は暇で仕方なかったから、やっと殿下の卒業で縁が切れるってのは俺に取っちゃ嬉しい。


 そう言えばブランドンの研究室から出て来たリューズが何か言ってたことあったな。何だっけ、ハンスの野郎に聞いてみるか。


 「ハンス殿、ブランドンの研究室から殿下とリューズが出てきた時、何か言っていたのを覚えておられるか」


 くそう。他の護衛だの侍女だのがいると、どうもいつもの調子が出ないぜ。

 何で俺はハンスにこんなバカ丁寧な喋り方をしてるんだ? まったく。


 「ダイク殿。私が覚えている範囲では、確か貴殿のような獣人と、類似した種族、例えば狼との差異について語られていたのではなかったかな?」 


 ハンス、お前もいつも通り喋れよ。

 本当、調子狂うな。

 まあ、コイツは絶対面白がってやってるんだろうが。

 30にもなってホント変わりゃしない。


 ああ、そう言えばハンスが言うとおり狼人間ワーウルフと狼の違いって言ってたな。あんまり気にしたことなかったから忘れてたわ。

 

 リューズが言うには狼人間ワーウルフと狼の違いって、結局2足歩行が出来て言語が喋れるってことだけど、決定的に違うのは狼よりも狼人間ワーウルフの方が人族の食べ物を食べられるように進化してることだって言ってたな。

 狼が食うと血の中の成分が壊れるタマネギとかニンニクとか、酒もそうだったな。それが狼人間ワーウルフは飲み食いできるから何ちゃらって言ってたわ。

 山猫と山猫人間ワーキャットの違いもそうで、猫が食べられないネギ類やワカメとかを山猫人間ワーキャットは食べられるって言ってたんだ。

 

 結局人間の食い物を食べられるようになったから2足歩行と言語が喋れるように進化したみたいなことを言ってたんだったかな? 元の種族の特徴は残したまま。

 確かに俺は雪狼とコミュニケーション取れるし、山猫人間ワーキャットで今はフライス村の警備騎士になってるフェリも山猫とコミュニケーションは取れてるからな。

 それで元の狼や山猫とかも「瞬足」って身体強化の魔法は使えても他の魔法は使えないが、狼人間ワーウルフ山猫人間ワーキャットは他の魔法も使えて、それが知識だったか自己認知だったかに依存してるからどうって話だった。

 まあ深く考えなくても使えるものは使えるでいいって思うけどな。


 しかしフライス村の頃からの仲間のリューズがそんな小難しいこと言い出すのも、ブランドンが変なこと吹き込んだからだろうな。

 まったく何研究してんだか知らんが、変なことを吹き込むのは止めてほしいぜ。


 ブランドンは今日の卒業パーティにも出席してるみたいだから、殿下もコトを起こす前に最後に別れの挨拶をバシッとブランドンに決めてくれ。


 リューズは今年度の講義を終わらせたら、その日のうちに実家に戻ってったから卒業パーティは不参加だ。リューズの両親もそろそろ娘離れしてやってもいい頃合いなんじゃねーのかね。





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