武官のダイク ~婚約破棄?上等です落とし前はつけますし逃がしませんよ。 外伝~ 

桁くとん

第1話 卒業パーティ従者控えの間

 



 俺の名はダイク。


 獣人だ。種族はワーウルフ。


 同僚のハンスの野郎は「お前は狼っぽくねえよなあ、主に女関係が」とか茶化しやがる。


 ふざけんなっての。


 人間が勝手に同じ種族の女に見境なく手を出す奴のことを狼って言ってるだけで、俺に言わせりゃ狼に対する濡れ衣、侮辱ってもんだ。


 俺の仕事は一応騎士。

 騎士爵っていう10年近く前に新たに設けられた爵位持ちだが、領地は貰っちゃいない。王家の直臣。 


 アレイエム王国第一王子ジョアン=ニールセン殿下の護衛を務めている。


 護衛騎士ってやつで、基本王子に近づく不審な奴らを撃退するって仕事だが、まあ流石に一国の王子を襲撃しようなんて輩はそうそういない。


 この3年間はまあ護衛騎士っぽい仕事をしている。

 それ以前、フライス村で殿下の護衛をしていた時は、俺の職業って何? ってくらい色々やらされたからな。



 今現在、俺は同じくジョアン殿下の護衛騎士を務める同僚のハンスと共に、王宮広間の脇にある護衛やお付きの控の間に待機中だ。


 ハンスの奴はまったく図太い。


 控えの間に用意されたお付きの者たちのための料理をバクバク食ってやがる。

 大皿料理を各自で取り分けるバイキング形式だが、大皿を2つ3つ空にする勢いだ。 


 酒もワインが用意されているが、流石のコイツも調子に乗って飲むようなことはしていない。


 こいつはアホみたいな酒豪で、アルコール度数90%にも達するロデリア帝国産の蒸留酒でも平気でストレートで飲み、ケロッとした顔をしている。寒さの厳しいロデリア帝国の民でもチェイサーと一緒に飲むのにも関わらずだ。

 ワインの1杯くらいならコイツは酔わないだろうが、流石に護衛騎士の職責がある手前、この場で口にするようなことはない。

 しかし、いくら飲んでも酔わないコイツは、俺からすると酔わないのに何が楽しくて飲むんだ、って心から不思議に思う。

 コイツの酒に付き合わされる方はたまったもんじゃない。 

 当然俺は余程のことが無い限り付き合ってやらん。

 


 今現在、隣の王宮広間では、アレイエム王国国立魔法学園の初の卒業パーティが開かれている。


 俺の主のジョアン=ニールセン殿下が学園の卒業生としてこのパーティに参加されている。

 だから護衛騎士の俺も殿下に何かあった時の為にここに控えていると言う訳だ。



 ただ、今日は俺のあるじが「何か」をし、曲者になる予定となっている。


 それを聞かされたのは昨夜、生徒寮の別棟の俺とハンスが住み込んでいる部屋でだ。

 大体、護衛の泊まる部屋に護衛対象の王族や貴族が足を運ぶことなんぞ滅多にない、というか普通は絶対にない。

 しかし昔から俺のあるじ、ジョアン=ニールセン殿下は平気でそういうことをする。


 殿下に今日の卒業パーティで何を仕出かすのか聞かされた時は、何で殿下ばかりが貧乏くじを引くような真似をするのかさっぱり判らなかった。


 未だに殿下が何でそんな選択をするのかさっぱり判らない。


 もうずーっとわからない。本当に謎だ。殿下が8歳の頃に初めて会話する機会を得てからずーっと謎だ。




 ハンスの野郎は殿下の話を聞いて、何か分かった風な口を殿下に返していた。


 「殿下、惚れた女を試して泣かすような真似しちゃ駄目ですぜ」


 そう言って殿下の肩をポンと叩く。


 殿下は俺たちに対して「もう仲間みたいなものだから、外の目がない時は友達付き合いでいいよ」と言ってくれてはいるが、身分を偽っていたフライス村ならともかく、どこに他人の目があるのかわからない王都アレイエムじゃ殿下にそんな態度を気安く取るのは迂闊うかつだと思うんだが、ハンスの野郎はまあ気にしない。


 さて、今日の卒業パーティで殿下がコトを起こし、その後の沙汰がどう出るかはわからないが、とりあえず俺たちは殿下がコトを起こすのを「聞いていない」ことにしないといけないらしい。


 何でも殿下一人でやったことにしといた方が「後腐れがない」からだと殿下は言う。


 俺たちは殿下がコトを起こしたら、そのまま衛兵に抵抗せず拘束されろ、と殿下に言いつかっている。


 拘束後の尋問の際に「殿下は最近婚約者のジャニーン嬢に嫌気がさしていた」と言えと。


 「ジャニーンに嫌気がさした理由は、うーん、私に対しては乱暴で蔑ろにしている、とかでいいか。二人とも拘束されたら後の尋問でそう言ってくれ」って、好きな女の嫌な所、一生懸命考えてようやくそれをひねり出しましたか殿下、ってなもんだ。


 大体ジャニーン様が殿下に乱暴するってオイ、殿下が他のきょぬーの侍女だとかを緩んだ顔で眺めてるからだろ?


 そんで扇でパチンとやられてるだけじゃねえか、自業自得ってもんだ。


 つーか、わざとパチンとやられるためにきょぬーを目で追ってんじゃないのかね、って俺は踏んでるんだけどな。


 まあ何にせよ、殿下はジャニーン様にしょーもない理由をこじつけて婚約破棄を突き付け、自分は拘束、弟のジャルラン殿下とジャニーン様をくっつけてジャルラン殿下を王太子にしてめでたしめでたし、にしたいようだ。


 貴族の担ぐ旗頭をきっちり1本にまとめたいってのはわかるが、そのために殿下が一人で貧乏くじ引く必要ないぜ本当。まあ多分を気にされてるんだろうが、あれは全く殿下が悪い訳じゃない。ただ運が悪かった、いや未熟なこの国が悪かったんだ。


 だいたい殿下はの尻拭いもやってんだからさ。それが気に入らないって奴も多いだろうけど、当事者の俺からすれば、あれ以上どうしろって話だ。


 ただまあ、殿下は婚約破棄のダシに自分が使うマリアのことも心配していて、なるべく嫌疑はかからないような口上にするが、一応魔法学園生徒寮から王宮まで平民生徒を載せて走る馬車に殿下の護衛として同乗し、マリアにはその気はなく、殿下が一方的に巻き込んだと証言してくれ、とも言われている。

 こんな気を利かせても一方的に巻き込まれちゃマリアもいい迷惑だろうと思うんだが、マリアは殿下に小さい頃は気があったみたいだし、事前に殿下に伝えられると断る訳にもいかず、かえって一生懸命演技して抜き差しならなくなっても困るってことなんだろうな。


 そして俺が拘束、尋問から解放された後、もしマリアが誰かの陰謀で万が一重罪に問われそうな雲行きの時は、俺にマリアを連れて逃げろと言含められた。


 逃げる場所はフライス村の奥にある「暗き暗き森」。長さ150㎞、幅70㎞に及ぶ、我が国の中央やや北寄りに位置する1500m級の低山が連なる森林地帯だ。ここは多くの河川の水源があって、ほとんど手つかずの自然が残っている。


 フライス村経由だと足がつくから、反対方向のレーゲン地方に一度回って逃げ込めって、距離考えてくれよってなもんだが、殿下に頼まれりゃ否やはない。


 一旦落ち着いたらフライス村に寄って代官のマッシュに事情を話すのも忘れるな、と釘を刺された。「暗き暗き森」のエルフには話は通してあるが、助力は期待するな、とも。


 その後、以前俺たちと殿下が探索に行った時に作った山小屋でしばらくマリアを護衛しながら潜めってことだ。あの周辺の雪狼たちは随分前におれがシメて手下にしたから、単なる山狩り程度なら雪狼たちを使って追っ払える。


 それで都市部で情報収集するハンスからの連絡を待てとさ。


 適材適所って殿下は言ってたが、まあハンスの方が確かに街中でコソコソするのは向いてる。


 ハンスの野郎も俺と同様、殿下が学園在学中以外は色々やらされたからな。


 ハンスは商人相手に値切りの交渉やらせりゃ一角のもんだ。 


 しかしそんな心配するならわざわざマリアを巻き込まないで、殿下単独でジャニーン様が嫌になったって理由で婚約破棄って言えばいいんじゃねーの、と殿下に言ったら、「……天才か」と言われた。


 なら殿下単独でいいじゃんって更に言ったら「でもなあ、様式美ってのがあるんだよなあ、それにジャニーンがマリアをいじめてたってのをつけないと、扇で叩かれるだけだと理由弱いんだよなあ」だと。


 て言うかジャニーン様が仲の良いマリアをいじめてたなんて事実はないし、どーせまた頭ひねっても傍から見れば一発で嘘ってわかるしょーもない理由しかひねり出せないんじゃないのかね。

 まあ信じられるような信憑性があっても困ることだけどな。


 まったく偉くて知識のあるお方の考えることはわからんね、俺みたいな脳筋には。殿下は俺のことを理知的だって褒めることがあるが、俺は自分では学の無い脳筋だって思ってる。あれこれ考えるより体を動かしてる方が合ってるんだ。




 さて、ハンスの野郎じゃないが、俺も最悪の場合、この後しばらく何も食べず動き回らなければならなくなる。


 今のうちに食べられるだけ食べておこうか。


 他の貴族家の護衛連中からすれば、腹を満たして感覚を鈍らせるなんざ護衛としての怠慢、あるまじきことって認識だろう。何やってんだって目で俺たちを見てくる。


  まあ実際そうだよな。腹一杯になってお眠です、動けません、なんてあるじの替わりに斬られる盾にしかならない。

 盾になれりゃ上等で、下手すりゃ先にあるじを斬られててめえも背中を斬られたなんて事態になったら末代までの恥。死ねればまあ自分は恥なんざ感じなくてもいいが、残された家族はどんだけ後ろ指差されるか。生き残っちまったら、まあ奉公構い出されて追放ってところが相場だ。


 だが俺たちは気にせず食べる。

 

 「ハンス、職務中に少々食べすぎだぞ。それ以上はいざという時に障る。残りは私が貰おう」


 「ダイク、私は己の分はわきまえているぞ。私は己が食べられる量をきちっとわきまえて取っている。まだ料理はある。己の分は己で取り食べるがよい」


 「すまんがハンス、私が食べようと目をつけていたオムレット、大皿から全て貴殿が貴殿の皿に載せているのだ。貴殿が私に対して同僚としての友誼を感じているのであれば、私に一つ分けていただけぬか」


 「仕方あるまい。貴殿との友誼に免じ一つ分け与えよう。しかしダイクよ。食は戦場と言う。貴殿は少々心構えが足りていなかったのではないのか」


 「わが友の言葉、しかと肝に銘じておくことにしよう、有難く頂戴する、神の恵みを」


 周りの護衛たちの注目を浴びてるせいか、少し気取った言い回しになっちまった。

 ハンスの野郎も合わせてくるんじゃねえよまったく。


 そんなことを考えながらローストビーフをもりもり取る。


 一応野菜も取っておくか。


 

 さて、まずはハンスから手に入れたオムレットからだ。

 一口で口に入れ、もぐもぐとひたすら腹に詰めこむ。


 俺たちは食える時に食っておかないと、シャレにならない程命に係わることがあることを知っている。


 その時になって慌てても後悔先に立たずだ。



 俺たちとは反対側にも、結構ガッついて食ってる護衛が見える。


 アイツもあの地獄を経験したのだろうか。


 魔法学園の生徒のうちの誰かの護衛だろうから、俺たちと一緒の戦場だったってんならマルバルク伯爵家の奴かも知れない。


 まあ俺も向こうもガッツリ食ってるんでわざわざ話しかけにも行かんが。


 と思っていたら向こうが皿を持ったまま近づいて来て、話しかけられた。


 「ダイク殿、お久しぶりですね、御壮健そうで何より」


 「ああ、あなたもお元気そうで。お互い側仕えは気苦労が絶えませんね」


  誰だ。やばい全然覚えてねえ。


 「ダイク殿は殿下の護衛ですか?」


 「ええ。殿下は卒業生代表で挨拶されるそうですから、側仕えの私も鼻が高い」


 「第一王子殿下は優秀な方ですからな。私が仕えるマルク様も殿下に憧れておられます。マルク様も殿下と同じく魔法学園で学びたいと言われ、昨年春に入学されました」


 昨年春に入学ってことは1年生か。って、名前じゃ誰かわかんねーよ、家名を言ってくれ!


 「マルク様が殿下に憧れるお気持ちは感謝が昂じたものでしょう。私も同じ思いです。殿下は学園での成績や研究といった学術的な部分も当然優秀であらせられますが、何より殿下には命を助けて頂いた御恩がありますからな」


 多分やっぱり、こいつもあの地獄を見たんだな。


 「あなたもあの時、第1軍に所属しておられたのか?」


 「ええ。私はブルーノ=スアレス。ビルヘルム伯爵家に仕える騎士です。あの折、殿下の勇気と指揮能力、そしてあなたの奮迅の働きがなければマルク様と共に命を落としておりました」


 「あの地獄を救ったのは殿下の決断と勇気。私の働きなど如何ばかりなものかと。過分の評価です」


 「いえ、ダイク殿があの時私達を追撃してくる敵騎兵の乗馬の足を切り払って斃して下さらなければ私とマルク様は敵の槍にかかっていたでしょう」


 そんなこともあったんだろうが、あの時はそんなのが多すぎて覚えてないんだよなあ、すまん、感謝してくれているのに。


 「私は前ビルヘルム伯に言いつかって初陣のマルク様の近衛として出征しました。

 ビルヘルム家の部隊は当主だったビルヘルム伯をはじめ敵砲弾でほぼ全滅、運よく生き残ったマルク様を連れて脱出するのが私の天命、そう思い愛馬にマルク様を乗せ離脱しようとしましたがあの混乱。敵騎兵部隊に追われあわやの処でダイク様に救われたのです。殿下の本陣に這う這うほうほうの体で辿り着き、ようやく人心地ついたと実感できました」


 いや、そこは多分本来の本陣とは違うと思うぞ。


 でも殿下のおわすところが本陣と言うのなら間違ってないのか。


 「そこで殿下に手づから頂いた果物の甘さと瑞々しさ。それまでに食べたどんな物よりも美味に感じました。マルク様もそう思われたのでしょう。戦後ビルヘルム伯爵家は叔父上が後見され殆どの政務は叔父上が摂られましたが、マルク様は領地に戻られてからは果物栽培の方法と、領民への栽培方法の伝播を熱心に行われまして。今ではビルヘルム領の特産品となりつつあります」


 「それはそれは。今度一つ送って頂けませんか。あなたの主が情熱を込めて特産品に育て上げた作物、味わってみたいものです」


 「ええ、是非送らせていただきます。恩人に味わって頂けるなど光栄、とマルク様も喜ばれることと思いますので」


 「ええ、楽しみにしています。ところでブルーノ様のもあの時の経験から?」


 と皿に目をやりながら尋ねる。よく見るとブルーノの皿は果物が山盛りだ。


 「あの時、マルク様を後方に置いた後、私も防衛戦に願って参加したのですが、物を食べて腹を満たしては感覚が鈍る、と思い食べるのを控えておりましたら肝心なところで力を出せなかったもので。あの苦い経験以来、食べられる時にはしっかり食べるようにしております。 ダイク殿もそうでしょう?」


 「ええ、そうです。私はそれを怠ったせいで一生後悔するところでしたから」 


 やっぱりそうなるよなあ。食える時に食っとかないとどうしようもないんだよ。





  続く

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