其之五

 中鴨よりの書状をひらき見る真玄さねはるは案にたがうた返事におどろくも、烏合うごうの面々は、全くこのように思うていた事よ、もありなんなどと鴉啼わめき合う。

 そうするうちにも中鴨なかがもではいそぎ諸方に廻文めぐらしぶみを飛ばすのであった。その状にいわく、


東山祇園林東市佐云者ひがしやまぎおんばやしのひがしのいちのすけというもの不顧分際事過分ぶんざいをかえりみずかぶんをこととし乱仁義先放埒じんぎをみだりてほうらつをさきとす咲他貴我たをわらいてわれをとうとぶ思甚のおもいはなはだし然者しかれば先日有尾籠子細せんじつびろうのしさいありて与恥辱之処ちじょくをあたうるのところ為散其憤そのいきどおりをさんぜんがため語一家他門兵革いっかたもんのへいかくをかたらい当所可発向云云とうしょにはっこうすべしとうんぬん彼真玄者一門広而与力多勢也かのさねはるはいちもんひろうしてよりきたぜいなり非面々御扶持めんめんのおんふちにあらずんば全難補今度折角まったくこたびのせっかくをおぎないがたし

水鳥方々去来之法定而みずとりのかたがたはきょらいのほうさだまりて雖可被待冬ふゆをまたるべしといえども依之これによりて不期候不云季こうをきさずきをいわず来三日以前京着候様御渡候者きたるみっかいぜんにきょうちゃくしそうろうようおわたりそうらわば可存別儀之御恩者也べつぎのごおんとぞんずべきものなり鶴禁鶏籠山申有恐かくきんけいろうざんはもうすもおそれあり鴛客鸞群輩えんかくらんぐんのともがらは暫辞鳳闕交しばらくほうけつのまじらいをじして堅鶴翼陣かくよくのじんをかため可預公武一味合力者也こうぶいちみのごうりきにあずかるべきものなり忩劇纒頭而東西忘時節也そうげきてんとうしてとうざいをわするるじせつなり不具謹言ふぐきんげん


東山ひがしやま祇園林ぎおんばやし東市佐ひがしのいちのすけというものおの涯分みのほども顧みず、出過ぎた振舞まねばかりして仁義を乱し、放埓ほうらつもっぱらにし、他者をあざわらって己惚うぬぼれすること甚だしき故、過日、尾籠おこがましき所業あるによって恥辱をば与えしところ、そのいきどおりを散ぜんと、一家他門に兵革なりと吹聴して此方こなた出張でばりせんなどと云う。この市佐いちのすけ真玄さねはる族多むれおおくして与力よりきも多勢ゆえ、旁々かたがた御扶持おささえの無くんば、決してこの紛紜ふんぬんを乗り切ることあたうまい。

水禽みずとりの面々は今しも、去来わたり御定法のりに拠って飛来すべき冬を待たれておろう。なれど此度こたびはそれを度外に置き、候を待たず季を云わず、来たる三日以前よりまえ京着きょうちゃくするよう御渡りあれかし。すれば正素まさもと、別儀の御恩と存じましょうぞ。鶴禁皇太子宮や【鶏籠山けいろうざんは申すもおそれあり】(※一)雲客うんかく鵷鸞えんらんの歴々】(※二)は暫し鳳闕宮中での交じらいを切り上げ、来たりて【鶴翼かくよく陣】(※三)を堅められたし。公武皆々の合力ごうりきたのみ、忩劇纒頭あわただしき火急の非常時なり。略儀ながら謹しんで言上つかまつる)


   八月廿五日                        津守正素つもりのまさもと


 祇園林ぎおんばやしにも鴉の廻文めぐらしぶみは飛ぶ。その状にいわく、


真玄獲大事さねはるだいじをえたり是所蒙為山城守正素夭也これやましろのかみまさもとのためにこうむるところのわざわいなり正素武略大広まさもとはぶりゃくおおいにひろく勇士之誉異人ゆうじのほまれひとにことなる仍雖雪其恥よってそのはじをそそがんといえども思而移時おもいてときをうつし歎而送日なげきてひをおくる蘿葛独不栄らかつはひとりさかえず懸松上千丈まつにかかってせんじょうにのぼる真玄不寄他さねはるもたによらず義兵者何得興ぎへいはなんぞおこすことをえん然者しかれば以衆鳥哀憐輔弼しゅうちょうのあいれんほひつをもって勝決一時之間かつこといっときのあいだにけっし散憤於仲秋之風いきどおりをちゅうしゅうのかぜにさんぜん不備謹言ふびきんげん


真玄さねはるに一大事の出来しゅったいして御座る。則ちこれ、山城守やましろのかみ正素まさもとがために被るわざわいはずかしめぞ。正素まさもとは陣法武略の道に大いに通じ、勇士ゆうじほまれは他に異なる故、恨箇うらむらく真玄さねはる、恥辱をそそがんとするも容易やすからず、思いのみ抱えて時をむなしうし、未だ果たせざる嘆きのうち日々並かがなべるよりほかなきこと。蘿葛つたかづらひと繁茂さかえず、松樹しょうじゅまつわりよりすがって千丈の高みにのぼるもの。真玄さねはるも他力をたのみとせねばただし興師ことおこそうなど出来ようか。れば諸鳥みなには哀愍あいびん納受のうじゅこいねがい、以てその輔翼たすけを仰ぎて輒時すぐにも凱歌を揚げ、我が恚恨いこんを仲秋の風に散じとう存ずる。意の尽くし切れぬなれど謹しみて言上つかまつる)


   八月廿六日                    東市佐林朝臣真玄ひがしのいちのすけあそんさねはる


【私註】

※一:「中国湖北省武昌府にある山」(底本脚注)。形が鳥籠に似ているとされる。但し本朝にも播磨国龍野に同名の山がある。現段階では文意も含めて不詳。

※二:底本では「鴛客鸞群」だが「鴛」は「鵷」に改めた(「鴛」は「おしどり」なるも「鵷」と同音のため通用される例も多い)。いづれも鳳凰の一種とされる霊鳥。転じて朝廷の官人、特に殿上人の異称。

※三:会戦において、鶴が翼を広げたように左右に長く広げた隊形に兵を配する陣立て。なお、鳥の名を冠する陣形としては他にも「雁行」「鳥雲」等がある。


(「第四 山烏異見、黒白毀讃状、両方廻文事 」了)


※引き続いてプーランクの“Sextet for Piano and Woodwind Quintet, Op. 100: III. Finale. Prestissimo”を聴きながら

 https://youtu.be/wiYdDrzjAKg

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