其之二

 また「せいどうによりて賢し、そのいい、各々のって生まれし稟性ひんせいむねとすべきみちに精進して自ずと磨かるると申しますれば、諸道に異なる武勇の不思議は、全く粗野で尖鋭すすどげなる気性とも、小生それがしめの様な無分暁むふんぎょう身扮みなりとも何らかかわわりなきことにてござりましょう。かようなること申すからには、弓八幡ゆみやわたの大菩薩よ、どうか御罰おんばちをばお与え下され。無益むやくにも己にまされる俊頴しゅんえいそねみ、不肖の身の述懐しゅっかいを申すにあらず。身の貴賎貧福ひんぷくとは皆々、己が前世さきつよに為せし行いの、現世うつしよにおける報いであること、大集経だいじっきょうの因果十二来を述べし偈頌げじゅを見るにも『高姓こうしょう礼拝らいはいより来たり、下賤は憍慢きょうまんより来たり、貧窮びんぐう慳貪けんどんより来たる』とござりまするからには、只今の我が身のかく在るこそ、前世さきつよよりの宿執さだめと忸怩を禁じ得ぬことにて……否早いやはや、これはしもなき涯分みのほどわきまえず、事毎ことごと増上慢あがりまちなるところを申し上ぐるばかりにて失敬をば……。にしても世下よくだりては万事に付け然様さように卑劣に成り果ててしまうのでござりましょうな、誰人たれひとか物言えば躬自みみずからのことでなくとも率先さきんじこたえ、物員ものかずにもならぬ雑魚にむかうてはこれが強いて事問うにさえ耳すら傾けぬ……、畏れながら口太ハシブト殿よ、貴殿はこの末世すえのよに相応しき御仁こそかくやと、この山烏ヤマガラス太郎、お見受け致しまするぞ。嗚呼、奸佞のやからちょうに在りて賢哲はもれる時代とは……」と苦言を呈して、口太烏ハシブトガラスは大恥を掻いたことであった。然様さよう、軽々に物言うは易けれどくちびる寒し、何事にも泰然として動ぜぬこそ肝要なることかな。


 烏合の僉議せんぎは各々が区々ばらばらに云い散らして中々に一定せなんだ。ある者は「破れかぶれ手勢にて押し寄すべし。天罰を受けようと構うものか、仮令たとえ、火の中、水の中」と云い、別の者は「否々いやいや、今日のうちに当国内に催促状をめぐらして手勢を調え、夜の明けをちて寄すべし」と云う。また、甚だ弱異見よわいけんながら「只今は無為無事ぶいぶじを何より先と為すべき時分、我意に任せての合戦など、理を持ちながら敗衄はいじくの懼れこれあり。上裁をるか、もなければ小家こやの一つにもけぶりを立てさするにとどめては……」などと喧々囂々けんけんごうごう、一決を見ぬ。

 そんな中、ある者が「幸いなるかな今しも闇の時分、この闇にまがよいて烏羽玉むばたまの夜討ちをばせん」と云うところに「夜天くろきことの枕詞に烏羽玉むばたまと云うは解る。なれど如何いかなることであろうや、烏羽むばは兎も角、玉とは心得難し」と云うと、また別の鴉が【「そもそも烏羽玉むばたまというは、秦の始皇帝の三つの宝器、渡角とかく玉鉾たまぼこ烏羽玉むばたまの、その烏羽玉むばたまに由来するものぞ。渡角とかくは犀の角で、これを携えて河海かかいを渡れば水は真っ二つに割れて三丈ほど退いたというし、玉鉾たまぼこは始皇の外戚げしゃく先祖みおやが龍宮よりこれを伝えたとされ、このほこの奇特なるはその鉾先ほこさきを決して主には向けぬことという。また、玉鉾の道などと云うに付けても様々に徳性は多し」とときあかして、烏羽玉むばたまには「異国とつくにより五尺の大鴉オオガラスの飛び来たって、見れば翼の間に黒き玉を付けており、この玉より射す漆黒の光に照らさるると盡大地じんだいちあまねく闇に没したという。ここに始皇の将軍に湛忠なる者があって、この鴉をば捉得とらえんと大家おおやこしらえてそのうちに様々の食餌えさを置いておびき、果たして大鴉オオガラスがこれを喰おうと屋裡やのうちるや時を逃さずの口に大きなる袋を仕掛け、百の続松たいまつうちから鴉を追いいだしてこの袋に押し込めてほふり、くだんの玉をば奪い取ったのだとされておる。この烏羽玉むばたまを箱に納むる間は光耿こうこうの世に溢れ、箱より取りいださば濃闇のうあんくらさるることゆえ、始皇が秦の武王と干戈いくさを交えてまさ一敗地いっぱいちまみれんとせるその時、この玉をばいだしてたちまちに遍満した老鴉色ろうあいろの闇に紛れて逃げおおせたと……爾来、漆黒にも夜にも烏羽玉むばたまと申すことぞ」】※一などとときあかすも、これに聞き及びし衆議の面々はつばきを飛ばしながら「これほど鳥乱とりみだしたる席に、然様さように物知らぬ癡者おろかもの共のあろうとは」と一喝し、「緊要なる評定を等閑なおざりにして雑談ぞうだんするとは何事か。いくさの事始めに嗚嗚おお咬哇こうあ、何たる不吉、先が思いられるわ」と眉をひそむるのであった。


【私註】

※一:「以下の説話は古今和歌集序聞書三流抄に見える」(底本脚注)。なお『雑和集』では「渡角」を始皇帝の外祖父忠宴公が海中にて切り取った飛龍の角とし、また玉鉾については「玉鉾の」が「道」に掛かる枕詞たる所以として『三流抄』に載せる逸話に類似して、始皇帝が敗走して行方知れずとなった折、軍の大将安長がこの玉鉾の「鉾先ほこさきを決して主には向けぬ」特性を逆手にとって柄の向く方角に主を探して出逢うことが出来たという逸話を載せる。


(「第三 山烏太郎述懐、面々評定、烏羽玉事」了)


※引き続いてラヴェルの“String Quartet in F Major, Op. 35: II. Assez vif - Trés rythmé”を聴きながら

 https://youtu.be/v3VXCsUOhdk

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