柔らかい夏
星の影
第1話
8月下旬。夏の終わりが訪れた。カーテンから漏れる僅かな光がどうもうざったく感じる。
「誠!カーテンくらい開けたらどうなの?」
「眩しいのは苦手なんだよ」
「いい加減少しは切り替えなさい!結果は残念だったけどあんたはやり切ったんでしょ?」
「努力をしても結果が実らなければ意味がないよ」
「母さんはそうは思わないけどね~」
夏の甲子園。俺の夏は初戦も突破できずにあっけなく散った。毎日がむしゃらにボールを追いかけて、泥だらけになって勝ち取った甲子園なのに、結果は初戦大敗だった。
「そんなことより、早く美夏ちゃんに会いに行ってあげなさい」
「分かってるよ」
「あら?ユニフォームなんて持ってどうしたの?」
「ねぇ、母さん」
「はい?」
「このユニフォーム、ちゃんと柔らかいかな?」
「……うーん、母さん的にはね、80点」
「残りの20点は?」
「美夏ちゃんが洗ったユニフォームの方が、もっと柔らかいわよ」
「マジか……柔軟剤足りなかったかな?」
「意味不明なこと言ってないで早く行きなさい!」
母にまくし立てられるように、俺は家を出た。やっぱ美夏みたいにはいかないや。あの日から、俺は美夏と会っていない。美夏は俺と同い年で幼馴染で小さい頃からの親友で、野球部のマネージャだった。そして、高校生になって、親友の距離がさらに近づいて俺たちは付き合い始めたのだった。
「ねぇ誠!甲子園に私を連れてってね」
「何言ってんだよ!甲子園で優勝しか目指してないから俺」
「おお!大きく出たね。ホントにできるのかな?」
「当たり前だろ?ちゃんと俺の雄姿を見とけよ!」
「了解了解!がんばってね!」
しかし、結果は見るに堪えないコールド負け。どの面下げて話せばいいんだよ。重い腰を上げて、仕方なく美夏に会いに行くことにした。
「おお!噂をしたら誠君のご到着だ」
「美夏のお父さん、久しぶりですね」
「ははっ、1か月前にもあったじゃないか」
「そうでしたっけ?」
「じゃあ、あとは若いお二人に任せるとして。父さんは帰るとしますか。じゃあね美夏、また来るよ」
美香のお父さんは、そう言うと少し寂しそうに帰っていった。さて、俺も用事を済ますとしますか。
「美夏。甲子園どうだった?ちゃんと見ててくれたか?」
「うん。見てたよ!」
「そっか。見てたか~俺の雄姿を」
「うん、ちゃんと見てたよ」
「どうだった?」
「ダメダメですな~」
「ははっ、ダメダメでしたか、そうですか……」
「甲子園の誠はかっこよかったんだけどな~」
「……」
「今の君はダメダメだね」
「ああ、ほんとダメダメだな」
「私はね?誠のファン1号なんだよ?どんな結果でも誠が頑張ってる姿が好きなの」
「ああ」
「泥だらけでぐしゃぐしゃに依れたユニフォームとかさ、誰が洗っていたと思ってるの?誠は頑張ってたよ。私はそれだけで十分です」
「美夏……」
「だから笑ってよ!」
「……そうだな」
「あっ、そうだ!ちゃんと持ってきてくれた?」
「持ってきたよ。俺のユニフォームをあげるって、一応約束してたからな」
俺は、手に持っていたユニフォームを美夏に見せた。
「うん!よろしい。じゃあさ、羽織っていいかな?誠選手?」
「ああ」
そう言われ、俺は美夏にユニフォームを掛けてあげた。
「えへへ。どう?似合ってる?」
「ちゃんと似合ってるよ。少しぶかぶかだけどな」
「いいのそれで!ちゃんと私が教えた通り洗濯した?」
「ちゃんとやったさ」
「誠はめんどくさがりだからな~どれどれ?うん!ちゃんと柔らかい。合格です!」
「ホント?ありがとうございます!」
「ふふっ、ねぇ?気持ちは切り替えられた?」
「……無理だよ」
「……」
「ずっとさ、お前がいてくれたんだよ。俺の人生にお前がいてくれなきゃ!ずっとずっとお前が俺のそばにいてくれないと!……俺は、頑張れねぇよ」
「ありがとう。すごくうれしい。私は誠にこんなにも愛されていたんだね」
彼女は優しく笑っていた。その笑顔が俺の感情をさらに強くする。ああ、くそ。しっかりしろよ俺。
「ほら、涙吹いて」
俺はされるがままに美夏に抱きしめられる。ああ、優しい香りがする。柔らかくてとても心地よい。
「よし!涙は拭けたね!今度こそちゃんと笑って?ね?」
「ああ……分かった……」
「ありゃ?もう時間みたい。また来年だね。ちゃんと会いに来てよ?」
「ちゃんと来るよ。ちゃんと……美夏!」
「ん?」
「好きだ」
「うん。知ってる。」
「来年も、そのまた来年の夏も、お前のことがずっと好きだ」
「私も、誠が好きよ。ずっと、ずっと」
夕日が落ち、それと同時に美夏はいなくなった。残ったのは、折りたたまれたユニフォームが1着。
今年もまた、短い夏が終わる。そして、新しい夏がやってくる。
柔らかい夏 星の影 @cozmic1115
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