第31話 喧嘩

 再度矢田部家に入れてもらい、居間のソファに座らせてもらった後、私は怒って匠に詰め寄った。


「僕たちには説明を求める権利があるぞ。どれだけ心配したと思ってるんだ」


「だから言っただろ。ただ海を見に行っただけだ」


 面倒臭そうに答える匠に、私はさらに畳み掛けた。


「それで納得するほどこっちが馬鹿だと思ってるのか? いい加減にしろよ」


 激昂する役をするのは普段なら今村なのに、今は私が怒り散らかしている。そのせいで今村は拍子抜けして、ブギと共に私たちを見守っている。


 匠もイライラしていたが、怒りを自制するように溜息をついてから答えた。


「本当なんだって……わかったよ、言うよ。海を見たのは本当だ。戻って来いと言われたよ。オレならのし上がれるって。でも断った。そうしたら諦めて、ここまで送ってくれたんだ」


「なんでこの場所が分かったんだ?」


「史人が地図を残したんだろうがよ。道端で見つけたから、ジープを停めてもらって拾ったんだ」


「相手は極道だぞ。待ち合わせ場所にいる今村やブギや僕に危害を加えるかもしれないとは思わなかったのか? もし矢田部さんがいなかったら、僕らはどうなっていたか分からないんだぞ。人買いに売られたかもしれない」


「あの人はそんなことしない!」


 匠がいつになく興奮して怒鳴った。


 家中に気まずい沈黙が流れた。


 匠は居心地が悪そうに言い直した。


「あの十兵衛って男は、オレの仲間にそんなことはしない。オレにはわかるんだ。史人はあの人のことを知らないじゃないか」


 匠の口調は、まるで言い訳するかのようだった。そして私も引かなかった。


「ああ、知らないよ。あの人が君に犯罪やタバコを教えた挙げ句、ヤクザの抗争の駒にしようとしたってこと以外は」


 すると匠はすっかり黙り込んでしまった。今度は私が居心地の悪さを感じる番だ。


 まるっきり押し黙ってしまった私たちを他所に、空は色を変え始めている。今村がポツリと言った。


「日没だよ」


 今村の言う通りだった。しかし、今この状況で、この広い森のどこを探したらいいだろうか。私はすっかり無力感に苛まれていた。


 台所でコトコト料理している矢田部夫妻に、ブギが声を掛けた。


「すみません、おふたりは『踊る黄金の骸骨』のこと、何か知りませんか?」


すると勲が顔を上げて言った。


「ああ、知ってるよ」

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