第7章 危機
第26話 追跡
警察に追われ、私達は散り散りになって逃げ出した。
私と今村は、自分の背丈より高く
突然追われた理由が、私には分からなかった。様々な可能性が脳内を巡った。
施設側が捜索願を出したのかも知れない。あるいは十兵衛兄ィや『ナタ斬りの勝』が絡んでいるのかもしれないし、ブギの靴泥棒の件という可能性もある。ただひとつ、確実に言えることは、ここで捕まったらこの旅は強制終了、ということだ。
私は考えた。
走って逃げても、速度では警官たちに敵わないだろう。ならば、雑草で覆われているこの状況を利用するのだ。動かずに隠れるのが最善の策だ。
私は雑草の中で立ち止まり、微動だにせぬよう息をひそめた。
警官達が手分けして私たちを探す声が聞こえる。
「ったく、ガキども、どこへ行きやがった」
特高上がりでは、と思われるほど柄の悪い警官の毒づきに、バディの警官が共感を示す。
「本当、子供ってすばしっこいですよねぇ」
女だ。婦人警官が捜索に当たっているということは、犯罪捜査ではないのかも知れない。
柄の悪い警官が毒を吐きながら、こちらに向かって来るのが音でわかる。私は逃げ出したい衝動に駆られたが、必死に耐えた。「動いたら終わりだ」と、自分に言い聞かせて。
彼の制服に染み付いているのであろう煙草の臭いが、雑草の合間から漂ってきた。すぐそばにいる。1m、いや50cmも離れていないかもしれない。
私は息を殺し、頭から足先までミリも動かさないことに意識を集中させた。額から冷や汗が流れる。
早く行ってくれ、と願っているのに、2人の警官は立ち止まって話し合いを始めた。
「ちっ、だから『捕まえる場所をもっと熟考しろ』と言ったんだ。石黒の野郎、ここで拿捕するなんて息巻きやがって」
「それ、ご本人に言わないでくださいね。喧嘩の仲裁は御免ですよ。ほら、まだ見つからないと決まったわけじゃありませんし」
「勘弁してもらえねぇかな、資産家のアホボン探しなんぞやってられねぇよ。勝手に逃げた奴なんぞ、人買いにでも売られりゃあいいんだ」
「それ、問題発言ですよ。聞かなかった事にしますから、手を動かしましょう」
ガサガサと音を立てて、再び警官達が動き出す。こっちに来るな、こっちに来るな。
ありがたいことに、警官達は私に気が付かずに素通りした。でもまだ油断は出来ない。2人の立てる音が遠ざかった後も、私はしばらくそこに潜み続けた。
しばらくして、追われた道の方から男達の言い合う声が聞こえて来た。1人はさっきの柄の悪い男性警官の声、もうひとりのことを「石黒」と呼んでいる。
「だからオレはこんなところで捕獲するのには反対だったんだ。蛇の道は蛇って諺を知らねぇのか、石黒このオタンチンが」
「何だとォ?」
「まぁまぁ、また探せばいいじゃないですか」
婦人警官は、結局仲裁をする羽目になったようだ。するともう1人の男(おそらく石黒)の声が聞こえる。
「そりゃ、俺に文句のひとつも言いたくなるよなぁ。元特高の癖にガキ1匹仕留められない己の無能さから目を逸らしたいだろうからよォ」
「あァ?! なんだと?! ガキを逃したのは貴様も同じだよなァ?!」
「もう、警官同士なのに公道で喧嘩しないでください。人に見られたりしたら警察の信頼に関わりますよ」
そんなやりとりがあった後、車の扉を閉める音が3つ聞こえた。
2つのエンジン音が遠ざかって行く。私はホッと胸を撫で下ろした。
まだ完全に安全と言えるか分からない。私は恐る恐る、元来た道に戻ろうとした。
そのときだった。
私の背後でガサガサっと雑草が動き、にゅうっと白い腕が伸びて来たのだ。その手は私の二の腕をガシッと掴んだ。
私は大慌てでその手を振り払おうと暴れたが、物凄い力で振り払うことが出来ない。
そいつが雑草の中から姿を現し、もう一方の手で私の口を塞いだ。
「おい、騒ぐな、大先。アタシだよ、アタシ」
「……今村」
私は力が抜けて、ヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまった。今村は
「大先、ホントに弱虫だなぁ」
とクスクス笑った。
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