第27話 道標

「じゃあ、アタシ達には捜索願が出されてるって訳か。当然、1番の目当ては大先だろうけど」

 今村が歩きながら私に確認した。


「ああ、多分な」

 私も同じく、歩きながら答えた。



 雑草の茂みから元の道に戻ったとき、匠とブギの姿は無かった。少し待ってみても2人は戻って来なかったので、おそらく先に出発したのだろう。


「『ガキ1匹仕留められなかった』。確かにあの警官はそう言った。だからきっと、匠もブギも無事だ」

「だな」


 私と今村は、互いに安心材料を探しながら進んだ。

 四つ角まで来たとき、私達は立ち止まった。


「どっち?」と訊ねてくる今村に、私は答えられなかった。国道をひたすら進んで来たが、ここからは人に聞かなくては、進むべき道を見出せなかった。


 ちょうど、後方からオート三輪が走ってくる。私たちは手を振ってオート三輪を止めた。


 無精髭を蓄えた中年男が顔を出した。復員兵だろうか、ツギハギのボロい軍服を着ている。目に生気がなく、何となく世捨て人のような雰囲気を纏っていた。


 私は大いに警戒した。というのも、大抵の復員兵は、軍隊にいた頃にかなり酷いシゴキを受けており、その名残で子供達を平気で痛めつけるのだ。


「僕たち『狗里の森』へ行きたいんですが、どう歩けば着くでしょうか?」


 私が恐る恐る尋ねると、復員兵は首を傾げた。


「おまえたち、あんな何も無い森に何の用だ?」


「えっと……人と待ち合わせをしているんです」


 嘘ではない。匠やブギと待ち合わせている。

 男は訝しんで私たちを見比べていたが、最終的に頷いてこう言った。


「徒歩だとまだ30分以上は掛かるだろう。俺もそこへ行くところだったんだ。いや、正確には『帰る』だな。乗って行け」


 今村は喜んで乗ろうとしたが、私はそれを制した。話がうま過ぎる。


「いいえ、お気遣い痛み入りますが、行き方を教えていただければ自分たちで歩けますので」


 すると、中年男は「そうか」とあっさり引いた。そして助手席の方をゴソゴソと漁ってメモ紙を取り出すと、鉛筆で地図を書いて渡してくれた。

 闇市でしか手に入らないような、白い立派な紙だ。


 それを受け取ると、何とも分かりやすい地図だった。私は礼を言った。

 地図をよく見ると『狗里の森』の中に、ひとつ星印が書き込まれている。私は尋ねた。


「森の中の、この星印はなんですか?」


 すると男は笑って言った。


「俺の家さ。オマエたち、何やら曰く付きって感じだな。もし行く所が無いなら、ここを訪ねて来な。話次第じゃ一晩くらい泊めてやるよ。……安心しな、取って食いはしねぇよ。ウチには女房もいるんだ」


 絶対に行かない、と思いながら、私は頭を下げた。


 男は「いいってことよ」と満足げに笑い、オート三輪を走らせ先へ行ってしまった。


 オート三輪が見えなくなった後、今村が「そういえば」と言った。


「森も広いだろう。現地集合って言っても、どこで集合なんだよ?」


 確かにそうだ。下調べによると、森の広さは100ヘクタール以上だ。鬱蒼と木の茂るそんな場所で待ち合わせしても、出会える保証は無い。森の入り口もどうなっているのか、地図を見ただけでは分からなかった。


「いっそさ、あのオジサンの家を待ち合わせ場所にしちゃおうよ」


 今村がそう提案した。私も少し考えたが、それ以上の良案は浮かばなかった。


「一か八かの賭けだな。ただし、絶対に家の中には入らない。いいな?」


 私はそう言い、ポケットからメモ紙を取り出した。おじさんにもらった地図を写し取り、同じ場所に星印をつけた。

 警察に見つかるかもしれないので、私と今村の本名は書けなかった。代わりに、私たち4人にだけ分かるように、メモ紙の右下に「大先 クララ」と記した。

  

 その間に今村が手頃な石を探して来た。私はその石を文鎮代わりにして、メモを路傍に置いた。


「アニキとブギ、見てくれるといいな」


 今村の言葉に、私も頷いた。匠たちがこの道を通るとは限らないが、信じるしかなかった。

 そして、私達は再び東に向かって歩き始めた。

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