第3話 密談

 その日も匠による召集で、私たち4人は「事務所」に集合した。午前のまだ涼しい時間帯だった。


 匠は、大きめの雑嚢ざつのうを身体で隠すようにして現れた。彼は早速、雑嚢の中から小綺麗な古着を取り出して私たちに配り始めた。


「まず、これが着ていく服だ。今みたいなボロを着ていたら浮浪児と間違われて、バスに乗せてもらえないからな。手足と顔もちゃんと洗えよ」


「ゲッ。なんでアタシのはスカートなんだよ?」


 小指の無い右手で赤いスカートをつまみ上げ、今村が顔をしかめる。


「仕方ないだろ、女物はこれしか手に入らなかったんだ。それともオマエも刈り上げるか? その方が安全かもな」


 今村は納得せずに文句を言ったが、匠は強引に話を進めた。


「史人が『狗里の森』までの行き方を調べた。おい、説明しろ」


 私は地図を広げて見せた。


「僕たちが今いる場所はここ、『養護施設しあわせの村』。まずは歩いて、八百屋の角のバス停まで行く。そこからバスに乗ったら2回乗り換えて、ここ、狗里の停留所で降りる。また少し歩けば、森に着くはずだ。迷わないように地図と方位磁針を持っていく」


「時間はどのくらいかかりそうだ?」

 匠が尋ねた。


「問題なく乗り継ぎが出来れば、2時間で着くと思う。けど、着いてから地形を確認する時間が欲しいから、早めに出る。まぁ、日没を過ぎてから帰るとなると、確実に門限は過ぎるけどね」


 たった往復4時間でも、当時の私にとっては大それた旅であり、胸の高鳴りと不安が入り混じった気持ちになった。


 匠が言った。

「よし。今日、昼食を済ませたら出発だ。いつも通りカネの管理はオレがする」


 ブギがニヤッと笑って言った。

「オレの情報のおかげだよな」


 今村が負けじと言い返した。

「アタシが古本屋から地図を調達したおかげだ」


 匠が付け加えた。

「史人の財力と下調べもな」


 私は言った。

「必要なら4人分の反省文を書くよ」


「みんな、殴られる覚悟はできてるか?」

 匠が確認すると、3人は深く頷いた。


 私たちは、ブギが厨房から失敬した焼酎で盃を交わした。

 初めて飲む酒の味は美味いとは思えなかったが、この秘密の計画への士気を高揚させるために必要な儀式だった。





 財布、乾飯、地図などの主要な持ち物は、全て匠が自分の雑嚢に入れた。それが一番安全だと、誰も異論を唱えなかった。水筒だけは、各人で持つことになった。


 ブギは愛用する煙草とマッチを沢山、ズボンのポケットに詰めた。


 今村は「護身用」と称して、どこからか調達したナイフを持って行く気だった。


 喫煙にもナイフにも縁のない私は、常に友として持ち歩いているメモ帳と鉛筆を、ズボンの尻ポケットに忍ばせた。

 

 各自、水道で身体や髪を洗い、着替えをして準備を万端に整えた。




 ところが午後、出発する直前になって問題が起きた。ブギのズボンに入っていた煙草が、指導員に見つかったのだ。

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