第2話 米軍パイロットと狗里の森
ブギが闇屋で盗み聞きしてきた話は、こうだった。
4年前の1945年3月、東京大空襲で多くの人が亡くなった。そのとき、一機の敵軍飛行機が不調により墜落した。米兵パイロットはパラシュートで脱出し、千葉県の「
敵兵を捕まえた人々は、憎しみのままに彼をリンチして死に至らしめた。彼の遺体は全身が腫れ上がっており、目はえぐれ、舌や局部は切り取られていた。
彼は葬られることもなく、その場に放置された。やがて異臭を放ち出したその肉体が、何者かの手によって持ち去られた。
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「普通に考えたら犬に食われたんだろ。それがなんで金ピカに生まれ変わって森で踊ってるって話になる?」
匠は、闇屋から調達した煙草を咥えながらつまらなそうに尋ねた。
「だから言ったろ。何者かが遺体を溶かして骨だけにしてさ、『
「誰が? 何のために?」
呆れて畳みかける匠に答えたのは、意外にもブギではなく今村だった。
「GHQの仕業さ」
「捕虜をなぶり殺した日本人を恐怖に陥れるために、GHQが仕組んだんだ。そして操ってる、幽霊が出る
「どうやって操るのさ?」
今度は私が尋ねた。今村は興奮して答えた。
「そんなことアタシが知るわけないよ。アイツら、スゲェ技術を持ってるだろ。広島と長崎に落とされた新型爆弾のこと、聞いたこと無い? 物騒な国だよ」
当時の私は、この支離滅裂な説を「一理ある」と思った。私はまだ、そんな
私が納得するのを見て、匠もやっと納得したようだった。しかし、ブギの次の言葉にまた難色を示した。
「ねぇ、オレたちで探しに行かない?」
「ガセかもしれないじゃねぇか」
「行ってみなくちゃわからないだろ? ねぇ
私の「大先」に限らず、「大将」とか「御大」とかいうあだ名が付くのは大抵不名誉なことで、「頭でっかちで変わったヤツ」ほど、そういうあだ名をつけられていた。
私は腕組みして答えた。
「日没に『狗里の森』か……。バスで往復したとしても、少なくとも絶対に門限には間に合わないな。それ以前に、子供だけでバスに乗れるかどうかって問題もある」
「大先、
今村が言った。
「怖気付いてない」
怖気付いていた。
今村は私の心の弱さを見透かしたように笑うと、匠に言った。
「なぁ、黄金だよ。カネになると思わないか?」
どうやら匠も同じことを考えていたらしい。
「踊るかどうかはともかく、金箔がついてるなら、闇市で売れば結構な額になるな。それを元手に何か始めれば、ここを出る頃には大金持ちだ。オレは妹を迎えに行ける」
匠の「大金持ち」という言葉に、今村とブギは目を輝かせた。しかし匠は相変わらず難しい顔をしてブギに尋ねた。
「だけど、オレたちが考えつくようなことをどうして大人がやってないんだ? 」
「見つからないんだって、闇屋の客が言ってたよ。あんまり不気味だから、黄昏時に踊っているのを見た人はみんな逃げ出すんだ。で、翌日にその辺りを探しに行くけど、黄金の骸骨は見つからないんだって」
ブギの説明に、匠は納得した。
「なるほど。捕獲するにはその場で捕らえるしかないってわけか」
「行こう! アタシたちで骸骨を捕獲して金持ちになろう!」
今村が大興奮して叫んだ。ブギも、期待に満ちた眼差しで匠の決定を待っている。
「よし、わかった。でも今すぐって訳じゃない。旅には準備が必要だ。どんな屈強な脱獄犯も、時間をかけて計画を練るもんだ。史人も来られるか?」
今村とブギが「やったぜ!」「さすがアニキ!」と歓声をあげた。
「もちろんさ」と私は答えた。目的は彼らとは違っていたが、私も踊る骸骨をこの目で捉えてみたかった。
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施設には私たちより歳上の者もいたが、匠だけが、みんなから「アニキ」と呼ばれて慕われていた。
というのも、匠は元浮浪児とは思えないほど文武両道で、情に厚かったからだ。犯罪に手を染める一方で、弱者を徹底的に守ろうという姿勢を貫いていた彼は、施設の子供たちから絶大な信頼を寄せられていた。
それを示す一例とも言える事件が、前年の冬に起こっていた。
通学先の学校で、施設の同級生がボコボコにいじめられたのだ。施設指導員は、泣いて帰宅した彼に寄り添わず、逆に叱りつけた。
そのとき、その様子をじっと見ていた匠は回れ右して、黙って門を出て行った。
翌日、教室では「施設のヤツをいじめるとお礼参りされる」と噂が立った。何でも、近所の剣道場から盗んだ竹刀を片手に、匠がいじめっ子達を道中で待ち伏せたのだという。
そして噂が本当なら、彼はひとりで4人を相手にしてねじ伏せたそうだ。
匠が頑なに口をつぐんでいるため、この噂の真偽は明らかでない。でも、この一件から私たちが学校でいじめられることはなくなったのだった。
この施設に来る前、匠は上野の路上でスリの児童集団を率いていたらしい。刈り込みで捕まるたびに脱走を果たし、最終的に『しあわせの村』に落ち着いていた。
匠は私のことを「史人」と名前で呼んだ。私も匠のことを「アニキ」とは呼ばなかった。私たち4人は常につるんでいたが、特に匠と私の間には不思議な信頼関係があった。性格の正反対な2人なのに、何故かとても馬が合ったのだ。
さて、旅の支度が整ったのは、2日後のことだった。
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