第226話 取引
通されたマホロバの連絡機内、座席数が間引かれているため同サイズの旅客機よりも広く感じるその空間でされた話…というか、見せられた「それ」に言葉を失った。それは私のみならず、フィリル中佐やティユルィックス少佐も同様のようだった。
「軍の人間…!? イーグレット、やはりあなたは…!」
「落ち着いて、エルダ。彼女がここに来るのはファリエル提督に頼んでおいたことなんだ」
そこにいたのは、見間違うはずも無い…軍と警察が血眼になって捜索しているイーグレット・ナハトクロイツ本人だった。しかもその傍らには白髪の女性、こちらも動画で見たエルダ・グレイ本人であろう。元ルシフェランザ連邦の代表であったファリエル提督から「大事な話」と言われて内心ビクビクしていたが、想定以上の衝撃に思考が混乱する。
「ど、どういうことか…ご説明いただけますね? まさかマホロバとエティカレコンクィスタが…いや、今回の一連の騒乱はマホロバが…!?」
「まさか、少佐の思うような事実はありませんよ。私は彼の行った凶行、彼女の起こした武装蜂起…そのどちらにも協力はしていませんし、マホロバとして手助けをした事実もありません」
そうは言っても、だったらこの状況をどう説明するというのか。シルヴィ以上に問い詰めたい相手が二人してマホロバの連絡機の中にいる。仮にマホロバとこの二人に共謀の事実が無かったとしても、これでは…。
「本当だよ。女王殺害はぼくがぼくの信念に基づき、ぼくがあの時あの場で判断したものだ。事前にそれなりの覚悟と準備をしてから宮殿に入ったのは事実だけど、初めから殺すと決めていたわけじゃない。ぼくが今ここにいるのは…マホロバ発足には少なくない協力をしていたからね、そこに付け込んで匿ってもらっているだけさ」
「イーグレット…」
思考が混乱したまま一向に纏まらない。少なくとも女王陛下を殺害した大罪人をフォーリアンロザリオから匿うだけマホロバとイーグレットは親密な関係ということか? いや、それより今この場において私はどうすれば?
「ファリエル提督、感謝します。カイラス少佐をここに連れてきてくれて…。さぁ、少佐。ぼくを軍なり警察なりへ引き渡すといい。だけど彼女の…エルダのことは見なかったことにして欲しい」
「はぁ!? あんたね、そういうわけにいかないでしょ!? そこにいるのはエティカレコンクィスタ、女王殺害を企てた反乱勢力の最重要人物なのよ!?」
元国家元首の前だが、一旦そんなことは忘れることにする。
「彼女は何もしていない。今回の騒乱だって起こるべくして起こったもの、すべては女王の書いた筋書き通りに進められた計画だった。仮に彼女がいなくとも、別の誰かが象徴と祭り上げられて武装蜂起は起こっていただろう。彼女はただ、その胸に刻まれた女王への憎悪を利用されただけだ。誰一人殺していないし、傷付けてもいない」
「あのね、法律には実際に自ら手を汚さずとも抵触する法ってのもあるのよ? 彼女は法に裁かれるべき行いをした、その事実はあなたがどう言おうが変わらないわ」
「国家反逆罪、騒乱罪とでも言うかい? だが事実を紐解いていけば、彼女はそのどちらにも該当しない。何故なら彼女の武装蜂起は女王の企てた陰謀の一部に過ぎず、常にマリオネイターシステムの監視下にあった彼女は…本人としては不本意だろうが女王の筋書きに沿って行動しただけなんだよ? それは女王の意に従っただけと言える。国家に反逆もしていなければ、騒乱だって女王の命令だったとすれば、彼女はなんの罪になるんだ?」
「そんな屁理屈…!」
腰のホルスターから拳銃を引き抜き、銃口をイーグレットに向ける。
「私はフォーリアンロザリオ軍の人間よ、あなたとエルダ・グレイを発見した場合は拘束、連行せよとの命令を受けているわ。見つけてしまった以上、その命令に従わないわけにはいかない。解るわよね?」
「ぼくに銃の脅しは効かないぞ。試してみるかい?」
昔からたまにしていた、笑うような泣くような…左右非対称でよく解らない表情を浮かべるイーグレット。私は拳銃の安全装置に指をかけ…さすがに撃てないと判断して銃をホルスターに戻す。肺に溜め込んでいた空気を吐き出し、自分自身の緊張を解きながら一旦感情を落ち着けることに集中する。
「イーグレット、あんたは女王陛下の陰謀…グロキリア計画って言ったっけ? その存在を証明出来るの?」
「ぼく自身が証拠みたいなものだ、必ず誰の目にも明らかな形で証明してみせるよ」
ならば軍の上層部はある程度説得出来るだろうか? いやいや、そうは言っても現時点で証明されたわけではないのだからやはり二人とも連行すべきだ。そもそも彼女の無罪を判断するのは私ではない。
「あなたはそこの騒乱首謀者には罪が無く、自分の罪は認める…と、そう言うのね」
「ぼくのは純粋にぼく自身の殺意によるものだ。誰に画策されたものでもなく、ぼくが殺すべきと判断したから殺した…その行いに対する罰は如何なるものであろうと甘んじて受けるつもりだよ」
つまり今の今まで軍と警察の目を逃れ、ここに匿ってもらったのはエルダ・グレイをマホロバに引き取ってもらう算段…ということなのだろう。そして機内に招き入れているということは、ファリエル提督もそのつもりらしい。少しずつ、頭が回るようになってきた。状況を今一度自分の中で整理してみる。
女王殺害の実行犯とされる人物と武装蜂起の中心人物が行動を共にし、マホロバの連絡機の中にいる。先程来の会話からしてファリエル提督とイーグレットは協力関係にあったことは間違いないだろう。だが彼が自らの身柄を拘束しろと言っているのを制止しないところを見ると、マホロバにとって彼は重要というわけでも無さそうだ。もしくは保護する必要は無しと見ているのか、それとも彼自身の意思を尊重しようと考えているのか…。イーグレットはファリエル提督に私をここに連れてくるよう事前に頼んでいたと言っていたし、本人にその覚悟はあるらしい。
「…本当に、あなたが女王を殺害したの?」
「ああ、剣で胸を貫いたよ。事切れる瞬間まで見届けたんだから間違いない」
その言葉と眼差しに嘘は見えない。バンシー隊にいた頃からよく解らない奴だったけど、でも嘘を言うような人間ではなかったように思う。
「……解ったわ、ひとまずその子は見なかったことにしてあんたを拘束する。それでグロキリア計画の存在をあんたが証明出来て、エルダ・グレイの決起に対するあんたの言い分が司法に認められればあんたの勝ち。認められなかった場合はマホロバから彼女を引き渡してもらう…こういう条件ならどう? 無論、これにはファリエル提督にも協力してもらわなくてはならないけど…」
ちらりとファリエル提督に視線を向けると、無言のまま微笑みを浮かべている。了承…と受け取っていいのだろうか。
「構わない。すまないね、君にまで迷惑をかける…」
「まったくだわ、バレたら私まで軍法会議にかけられることは間違いないでしょうね」
一介の少佐如きがこんな司法取引紛いな真似を…はぁ、心の中で酷く重たい溜息を吐く。
「不自然にならないシナリオも用意しないと…。マホロバ所属機の機内にいたことは外部に知られないようにしなきゃいけないわね」
となれば今夜にでも彼にはこっそり基地外に出てもらって、身柄確保はフィンバラ市街の中の方がいいだろう。だがそんな風に考えていると、小さく…しかしはっきりと認識出来る声で私たちを制止する声が飛んできた。
「ちょっと待ってよ…」
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