第225話 解放

 前回カイラスが来てから三日後、マホロバに引き渡すと言って再び病院を訪れたカイラスがオレを連れ出した。ファルの名残惜しそうな視線に見送られ、若干後ろ髪を引かれる思いだったが…まぁお互い解ってたことだ。駐車場まで行くと、停められていた車の中にはティクスがいて一瞬このままどこか人気の無いところで脱走兵として処刑でもされるんじゃないかとか不安になる。


「そんなことしませんよ、お二人の嫌疑は既に晴れてますから」


 下士官に運転させながら、助手席に座るカイラスが後部座席に座らされているオレたちにそう零した。嫌疑が晴れた?


「ルシフェランザからゲルヒルデ…電子戦型ゼルエルの返還ついでにラケシスまで機体ごと提供されましてね。その交信記録やガンカメラの映像などから、お二人が不自然な命令を受けた直後に四機のミカエルⅡと交戦したということは立証されました。そしてそのミカエルⅡは空軍でも扱いが特殊なキャペルスウェイト隊所属機…おまけにその四機が管制塔の指示を無視して完全装備状態で飛び立った記録も残されていました。ラケシスによる撃墜は今後問題視されそうですが、お二人を助けるための緊急処置として処理されるでしょう。そもそも何故首都防空を主任務としているはずのキャペルスウェイト隊が遥か外洋上空まで遠征した挙句自国の戦闘機を攻撃したのかが不明ですし、そちらの方が問題視されるべきですから」


 なるほど、タカマガハラに置いてきたゼルエルを回収出来たのか。実際に交戦したラケシスまであるんなら物的証拠は充分だろう。しかしよくまぁルシフェランザが許したもんだ、ハッツティオールシューネは機密の塊だろうに…。ティニのおかげか?


「お二人の除隊手続きはこちらで進めさせていただきますが、よろしいですよね? どうせ今更戻ってくるつもりも無いのでしょう?」


 一瞬ティクスと顔を見合わせ、「ああ」と短く答える。カイラスは眉間に皺を寄せながらひとつ溜息を吐き、「まったく、頭が痛いわ」と右手で額を押さえる仕草をした。


「助けてもらった恩返しってのもあるけど、ファリエル提督が唱える戦争を終わらせるための戦争って話を信じてみたくなってな。…言葉だけなら笑えない冗談だって一蹴してたと思うが」


「世界の各国が独自に保有していた軍をすべて解体して統合しようっていうアレですか? 同盟を結んだ国々が共同で戦力を管理する…そんなこと、実現出来るんでしょうか?」


 カイラスの疑問はもっともだ。これまで各国がそれぞれに所持し、管理してきた軍隊をそう簡単に一本化なんて出来るはずが無い。それに近現代において軍隊の担う役割は何も戦争に限った話じゃない。どんな状況にあっても自分たちのことを自己完結出来る組織は民間には少なく、そういう能力が求められる大規模災害現場への派遣任務だって軍隊の重要な任務になってきている。それさえもマホロバだけで賄おうというのは、なかなか難しいようにも思う。

 かと言って国に独自の軍隊を残すことになれば本末転倒だ。少しでも残してしまえばそれを極秘裏に増強されてしまう可能性が残されるし、いずれはマホロバを脅かす存在を生みかねない。それ以前に隣国との戦争の火種をも生みかねない以上、それを認める可能性は低い。となればやはりハードルは決して低いものとは言えない。


「人間の進歩ってのは、それまで不可能と思われたことへの挑戦から生まれてくるもんだ。当然そこには生みの苦しみも付き纏う」


「人も国も…その集まりである世界も同じってことだね。生まれ変わろうとするなら、相応の苦しみと膨大なエネルギーを必要とする。今回のファリエル提督の試みがもし失敗するなら…次に生まれ変わるチャンスはまた数世紀後になるんだろうな」


 ティクスの言うように、マホロバがこれだけ準備を整えられたのは多くの犠牲と協力があったからに違いなく、それだけの人たちがひとつの見果てぬ夢を叶えようと一丸となる機会はそうそう訪れるものじゃない。人間は群れて社会を作らねば生きられないくせに、すぐに個の権利を主張して和を乱す生き物だ。今この状況が現出していること自体が奇跡と言っていいのかも知れない。


「今がまさに、世界の分岐点…ということですか」


「だと思うね。あの第二次天地戦争の痛みを知る人間がまだ多くいるうちじゃなけりゃ、そういう機運にもならんだろうしさ」


 ふと助手席に座るカイラスが車窓の外へ視線を向けたのを見て、つられて外を見ると一軒の花屋が目に留まった。店先に立って花を売る女性…エプロンから覗く足は片方が義足だった。きっとあの戦争で失ったのだろう。


「戦争の地獄を見るのは、オレたちが最後でいい。次の世代にまで味わわせたくはない、そうだろ?」


 オレの問いにカイラスはしばらく黙って街並みを眺めた後で、小さく「はい」と同意の言葉を返してくれた。そうこうしているうちに、パルスクート基地が見えてきた。敷地の外周を囲うフェンスの向こうに広がる滑走路の脇、駐機スペースには垂直尾翼にマホロバのエンブレムが描かれた中型旅客機サイズの飛行機が停まっている。アマテラスに搭載されていた連絡機か。


「なんだ、ここに降りてきてたのか」


「女王陛下が崩御され、フォーリアンロザリオはまだマホロバを支持するとも表明していなければ、あれを…言うなれば『正規の軍隊』ないしそれに準じる組織と認めているわけでもありません。そんな扱いに困る相手ですから民間の空港に降ろすわけにもいきませんし、首都近郊で被害の一番少なかった滑走路がここだったもので」


 アイオーン病院からパルスクート基地…ふと昔ブリュンヒルデを受領した時を思い出す。あの時にも見たゲートをくぐると、そのまま滑走路方向へと車は進んでいった。




「お帰りなさいフィリル中佐、ティクス少佐もお疲れさまでした」


 帰還を果たした二人を連絡機の前で出迎えると、二人とも私の前まで足を進めて姿勢を正し、敬礼。なるべく早く彼らを引き渡してもらえるよう交渉したのだが、やはり正式な手順を踏まずに引き抜いてしまったことが災いして結局一ヶ月近くもかかってしまった。でもそのことに対する謝意を伝えると、彼は「半年は豚箱生活かと覚悟してましたから」と笑ってくれた。


「提督、ひとまずこちらの二人に関して嫌疑は晴れたこととしますが…現在マホロバに参加していると思しきメンバーの中には他にも我が軍所属の人間がいます。そちらへの聴取を行う際には、ご協力願います」


 堂々と胸を張って、凛と張り詰めた声…カイラス少佐だ。彼女も第二次天地戦争においてはエースパイロットとして戦場に身を置いていた、ヴァルキューレの一人と聞く。なるほど、メファリア准将が後を託したという士官はこの人か。


「ええ、もちろんです。召喚要請があれば、こちらに拒む理由はありません」


「感謝します。それではフィリル中佐、ティユルィックス少佐も…身を置く組織は違っても武運長久とご健勝をお祈りしております。どうか、お元気で」


 そう二人に向かって敬礼し、その場を去ろうとする彼女を呼び止める。


「カイラス少佐、少々よろしいですか? 大事なお話があるのですが…」


「小官に、ですか? どのような内容でしょうか?」


「ここではなんですから、私たちの機の中でお話ししましょう。…ふふ、警戒しなくとも取って喰いやしません。こちらにどうぞ。二人も来てください。あなた方は…おそらく無関係ではない話ですから」


 そう言って連絡機へと足を進めると、三人もついてきてくれる。カイラス少佐、メファリア准将から聞いている話では基本的に曲がったことや規則に反することは嫌いということだったが…さて、これからする話を彼女がどう判断するのか。私の能力を使い視た未来では、確率的には勝負出来る数字だったはずだけど…。

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