第217話 油断

 グロキリアの巨体を光の帯が飲み込み、周囲にそれまで駆け抜けていたレールガンの砲弾の比では無い強烈な衝撃波を撒き散らす。およそ八秒ほどだっただろうか、十秒まではいかないぐらいの時間を光の帯の中で過ごしたグロキリアの姿を再び肉眼で確認した時…表面を覆っていた装甲がすべて剥がれ落ち、左主翼を付け根から奪われた状態のそれは地上へと降下していった。四基のエンジンも機能していないらしく、全身から黒煙を吐き出している。


「ふぅ、やっと終わったか」


 フィリルさんの安堵の声につられ、私も緊張を解く。あれが女王の切り札であった可能性は高く、それを打ち破った今…もはやこの反乱もすべて終わったと言っていい。エルダはどうしただろうか、思えばなんの連絡も無い。でもまぁいずれにせよ、私は軍に投降すべきだしそうするつもりだ。反乱に参加した者がどれほど生き残っているか解らないが、私たちの正義を…女王の非道を白日の下へ曝さねばならない。

 そんな風に今後のことへ考えを巡らせていると、ふと視界の端に映っていた後方確認用ミラーに機影が見えた気がして後ろを振り返る。


「ケルベロス1よりバンシー5、パルスクート基地までご同行願います。悪いようにはしない…などとお約束は出来ませんが、ご自身の果たすべき責任は理解されてますよね?」


 一機のゼルエルが真後ろにポジショニングしており、バルカン砲の砲口さえはっきり見えるほど近くから私を威圧する。


「そんなに警戒せずとも、私は逃げたり…っ!?」


 そこまで言い掛け、微かに聞こえたノイズに意識が引き寄せられる。ザザ…ザザ…という雑音に混ざって聞こえたのはマシンボイス。視線を今一度グロキリアに向けると、装甲が剥がれて内部に収められていたレドームが露出した機首がガタガタと揺れ…しかし確かにこちらを向いているのが見えた。


「……ア、仇ナ、テ、キ…敵、オ、コク…マモ、敵キキ…ハ、カイ、ハカ、カカイ」

 機首が突然上下にバカッと割れたかと思えば、中からバルカン砲など比較にならない大きな砲口が顔を覗かせた。直感的にその射線を追う。はっきり計測したわけではないので確証は無い…だけど、その照準はアズライール1に向いているような気がした。

 そしてそう認識した瞬間、体は勝手に動いていた。左手のスロットルレバーを最前位置へ押し込み、アフターバーナーを点火する。操縦桿をやや左へ倒しながら左足のペダルを踏み込む。


避けてブレイク!!!」


 声の限りに叫びながら左前方を行くアズライール1にぶつけるつもりで加速させると、圧搾空気を吐き出す仄暗いエンジンノズルの中を覗き込めそうな距離にまで接近した時にその機体は私の頭上へと浮き上がって衝突を回避してくれた。

 直後に激しい衝撃が襲い、側頭部をキャノピーに激しく打ち付けたところで意識が混濁し…そのまま暗転していった。




「メーデーメーデーメーデー、こちらシュヴェルトライテ! バンシー5が…シルヴィ機が被弾、墜落していく! 繰り返す、シルヴィ機が墜落していく!」


 一瞬の出来事だった。ファルちゃんの乗るゼルエルが突然イザナギに体当たりしそうな勢いで加速し、フィー君がそれを回避した直後に彼女の機体は後ろ半分がバラバラに砕け散った。


「ファル…ちゃん?」


 二基のエンジンは見る影も無く吹き飛ばされ、尾翼もすべて脱落し、主翼も半分喪失してしまった。揚力も推力も無くなってスピンし、炎上しながら落下していく。何故こんなことに? ソフィが撃ったようには見えなかったし、撃つような状況でも無かった。視線を巡らせ、墜落中のグロキリアの機首が上空を向いていることに気付き、固定武装であるレールガンが発射されたのだと悟る。


「…この、ガラクタの分際でぇ!」


 残るミサイルはツチカヅチが一発だけだけど、相手は既に大破状態だしとどめを刺すには充分だ。落下中のグロキリアをロックオンして発射ボタンを押し込む。切り離された高速ミサイルが、もはやほとんど動くことの出来ないグロキリア機首の付け根付近に突き刺さり、爆炎の中で四散した。


「ファル…おい、どうしたファル!? 応答しろ、おい!」


 フィー君の切羽詰まった声に気付いて落下中のゼルエルを探せば、きりもみ状態で墜落していくゼルエルに並行して地上へ降下していくイザナギの姿があった。二機はちょっとでも操縦を誤れば激突してしまいそうなくらいに接近して飛んでいる。ゼルエルは炎上しているし、もし燃料タンクが爆発してしまったら破片でイザナギも損傷しかねない。


「ダメだよフィー君、危険過ぎる! 離れて!」


「ケルベロス1よりアズライール1へ、バンシー5からの信号が途絶える直前までシルヴィ中尉のバイタルは正常でした。コクピットへの被弾では無かったように見えましたし、シルヴィ中尉は意識を失っている状態にある可能性が…!」


「だからなんだ!? ファル、おい目を覚ませ! 墜落するぞ、脱出するんだ!」


 私たちの制止も聞かずバンシー5に寄り添うアズライール1。落下しながらも燃え盛る炎が機体内部から表面装甲を吹き飛ばし、徐々に機首へと延焼していく。

「…お前、そのまま死ぬつもりか!? ふざけるな、誰が死ねと命じた? 誰が死ぬことを許した!? オレはここにいるぞ! お前は前、オレが翼を与えたって言ったな? なら何度でも与えてやる、オレが与えてやれるものはなんでもくれてやる! だから死ぬな、ベイルアウトしろ!」


 フィー君の必死な叫びが無線に木霊する間にも炎はきりもみで縦横不規則に回転する機体を包み込んでいき、ついにはキャノピーの内部にまで炎が見えた。


「ファル!!!」


 その叫びが届いたのか、完全に炎に包まれたゼルエルのキャノピーが切り離されてイジェクションシートが弾け飛び、直後に機体は空中分解を起こしてバラバラになった。飛び出したイジェクションシートを視線で追うといくらか炎を浴びたのか、薄く黒煙をたなびかせながら空中に放り出されたファルちゃんの姿を見付ける。だが本来であればすぐ開くはずのパラシュートが開かないまま、一度上空へと打ち出された体は再び地上へと落下していく。

 メインのパラシュートが開かないのならすぐさま予備のパラシュートを開くべきだけど、それをしないということはファルちゃんの意識はまだ戻っていない可能性が高い。せっかく機体から脱出したのに、このままでは地面に叩きつけられてしまう。


「くそ! アズライール1よりアマテラス、イザナギの着艦はほぼオートパイロットだって言ってたな? なら機体の回収だけならパイロット無しでやれるか!?」


 早口で叩きつけるような粗い口調のフィー君。パイロット無しで機体を回収…って、一体何を!?


「チヒロ、やれますか?」


「母艦側から強制帰艦信号を発信して、機体が上手く受信してくれればいけるはずです。スサノオが前進していますし、優秀なセンサーを積んだイザナミもいますから、二機が信号を中継してくれればまず間違いなく届くかと思います。一度オートパイロットにしてしまえば、あとはパイロットがマニュアルで解除しない限り着艦まで持続されるはずです」


「そうですか…。ではアズライール1、ファリエル・セレスティアが命じます。己の成すべきを成しなさい」


 提督の許可を得て、「感謝する」と短く返事をするとフィー君はスロットル全開で地上へ向け垂直降下していく。


「ヤタシステムは正常に作動中。イザナギの強制帰艦信号、スサノオを経由しての送信準備に入ります」


「ダミー信号の送受信…正常終了を確認、いけそうです」


 そんな通信が飛び交う中、アズライール1が落下を続けるファルちゃんを追い掛けていく。そして機体を起こしながらロールさせて背面を地面へ向けた天地逆転の状態にすると、イジェクトの宣言と共にキャノピーが切り離されてフィー君が機外へ飛び出した。


「ちょ、フィー君!?」


「パイロットのイジェクトを確認。強制帰艦信号送信、イザナギのコントロール、オートパイロットに切り替わりました。アマテラスへの帰艦コースに入ります」


「アマテラスよりアズライール2、状況は終了しました。これ以降の対応はこちらの仕事です。速やかに帰艦してください」


 ファリエル提督からの命令に「でも…!」と反発しようとする私の声にかぶせ、「帰艦後、すぐに地上へ降りますので同行をお願いします」と続けてきた。


「状況終了後はいずれにせよ地上へ降りるつもりでした。ついでに彼も回収しますが…そんなにすぐ戻っては来れないでしょうから、あなたにも同行をお願いします。断る理由は無いはずですよね?」


 まぁ確かに断る理由は無い。ここで私まで機体を捨て…るわけではなくとも、オートパイロットに任せてフィー君を追うわけにも行かないだろう。キャノピーとシートが無くなったイザナギはパイロット無しで平然と母艦を目指し飛行していく姿に一人の戦闘機パイロットとして違和感を覚えつつ、同じコースでアマテラスに向かう。

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