第216話 クサナギ
ミサイルは残り一発、使いどころを見極めなければならない。加えてバルカン砲の残弾も二割を切っている。私は手元のコンソールを操作し、シュヴェルトライテとケルベロス1へのデータリンクを確認する。二機とも空対空ミサイルを短射程六発に中射程四発の計十発を装備、確かにフル装備状態だ。なんだかんだ言っても二人はあの第二次天地戦争を生き抜いたエースパイロットなのだから、援護の精度は期待してもいいだろう。この機体の持つ最大の武器である各種センサーと二機のFCSをリンクさせ、これまで観測したグロキリアの動きからミサイルの追尾プログラムに補正をかける。
「全機、グロキリアの機首が向いてる方向に注意しろ。正面に立つとレールガンで吹き飛ばされるぞ!」
「うぉう、そりゃおっかねぇ! あんな動きしやがる上にそんなもん積んでるとか、まったく厄介な相手だな…」
「後方から接近し過ぎるのも危険です。迎撃ミサイルが飛んできます」
「何から何まで…戦闘機の概念に収まらない兵器ですね、次世代の兵器がこんなのにならないことを祈ります。ケルベロス1、フォックス1!」
ルカが一発、グロキリアへ向かって飛んで行く。普通なら死角である後方やや下から放たれたそれを、機体をくるっとロールさせて急降下しながらの急加速で回避する。加速性も旋回性能も巨体に似つかわしくない高水準でまとめられていて、腹立たしいを通り越して気持ち悪い。こんなのが次世代兵器の基準であってたまるか。その存在を否定すべく、アズライール1と共にグロキリアの真上から急降下で距離を詰めてバルカン砲のトリガーを引く。だが弾丸がその翼を捕らえることは無く、右方向への急旋回で避けられた。…ロケットスラスターを使わなかったな、さすがに燃料切れ?
「まだまだぁああ!!」
威勢のいい声と共にシュヴェルトライテがルカとヨハネを一発ずつ時間差で発射、迫るミサイルに対してチャフとフレアを撒き散らすグロキリアの様子を見て確信する。もうロケットスラスターの燃料が尽きた部分があるんだ。でもそれを差し引いても驚異的な機動性…おまけにここまでの戦闘でアズライール1と私の燃料ももうそろそろ余裕が無くなってきた。何かしらの決定打が欲しいところだけど、ミサイルを当てられたところでリアクティブアーマーまで装備しているのだから、至近爆発でも致命傷にはならないだろう。かと言って直撃させようにもそれを許してくれるような相手とも思えない。グロキリアは私たちの攻撃を避けつつ、最低限の反撃をしてはしきりに西を目指そうとする。
ふと前方を見れば、彼方の雲の影からグロキリア以上に巨大な機影が見えた。広域レーダーに目を向けると、あの四枚の主翼を持つ機影がスサノオだと解る。その近くには直掩機の反応、アズライール2もいるようだ。
「フィー君、ファルちゃん! こっちは片付いたよ!」
「二人とも待たせたわね。今回一番の獲物は私がいただくわ、あと二十秒持ちこたえなさい!」
スサノオの機体から高エネルギー反応? それも加速度的に増幅されていく…これは一体? だがそんなことはどうでもいい、この化け物をどうにか出来るのなら大歓迎だ。
「二十秒だな、数えるぞ!? バンシー5、この化け物とのダンスもあと少しだ。最後まで油断するな! シュヴェルトライテとケルベロス1はミサイルをケチるなよ? ありったけぶち込んででも時間を稼げ!」
「バンシー5、了解です!」
「ケルベロス1、了解。二十秒なら、持たせてみせます!」
「よっしゃ、任せとけ! ド派手に行くぜぇぇええええ!!!」
許しを得てシュヴェルトライテは嬉々としてミサイルを次々放出していく。チャフとフレアを温存するためか、グロキリアは機体をスピンさせたりクルビットをしたりさせながらバルカン砲の弾丸をばら撒き、エンジンブロック付近から小型ミサイルが飛び出して飛来するミサイルを迎撃していく。
「小癪、無駄、無意味、知レ、我ガ力」
シュヴェルトライテのミサイル攻撃を凌ぎ切り、ケルベロス1からの追撃さえも振り切って更に西へと機首を向ける。
「行かせねぇよ!」
アズライール1が進路上へ先回りし、ほぼ正面から最後の高機動ミサイルを発射する。通常のミサイルであれば当たるような角度ではないが、回避しようと翼を傾けたグロキリアの右主翼スレスレをすり抜けたかと思えば、推進剤の燃焼を一旦停止させて惰性で飛行しながら緩やかに旋回し、グロキリアを弾頭の先に見据えると再加速を開始する。再び回避機動へ移るグロキリアの向かう先へ、私も最後のミサイルを発射する。それに気付いて機体左側のロケットスラスターを噴射して右方向へ弾かれるようにスライドする巨体。まだ残っていたらしい。
だがそこへケルベロス1がルカとヨハネを一発ずつ間隔を空けて発射、直撃はしなかったものの最接近点で信管が作動して爆発。表面装甲のせいでダメージは無さそうだが、バランスを崩すことには成功したようでよろけるように翼を揺らす。
「コノ程度デ…!」
「こちらスサノオ、これより牽制砲撃を行う。巻き込まれたくなければ射線上より退避しなさい!」
メファリア准将からの通信と共にレーダーマップ上にスサノオの砲撃予定範囲がオーバーレイされ、四機が弾かれるようにグロキリアから距離を取る。
「副砲1番から3番、五秒間全力斉射! ミサイル発射管1番から8番、ワカヅチ装填…撃て!」
こっちが離脱し切るよりも先にレールガンの砲弾が次々に飛んでくる。砲弾はすべてがグロキリアに直撃させることを狙っているわけでは無さそうで、グロキリアの周辺をすり抜けていくものもある。それがこちらの翼を掠めていくのだから生きた心地がしない。砲弾からやや遅れて通過していく衝撃波に揺らされながら、視線を左右へ走らせてアズライール1の姿を探す。
「…あ」
ゼルエルとは見間違いようも無い独特なシルエットを見付けた時、その傍らにはいつの間にかもう一機似たようなデザインの戦闘機が寄り添うように飛んでいる。ティクスさんの乗るアズライール2だ。スサノオの砲撃範囲を回避しながらその後を追って右側やや後方に位置取りして合流を果たす。
「フィリルさん、ご無事で何よりです」
「そっちもな。相手が相手だからとはいえ、こっちの退避を待たずに全力斉射なんて…焦るぜ」
そう言いながら視線をスサノオの砲弾やらミサイルやらが飛び抜ける下方に向ける。音の六倍近い速度で飛んでくる無数の砲弾や高速ミサイルを回避し続けるグロキリア。弾幕は絶妙に目標の進路を塞ぐ形で厚さが調整されているのか、弾幕の中を抜け出せていない。
「反動制御用ロケットブースター、トリガーと同調。目標、敵大型戦闘機! 主砲『クサナギ』、撃ち方始めぇ!!!」
西の空にいたスサノオから放たれた一筋の閃光、それは七年前にプラウディアで見たルシフェランザ軍が開発した荷電粒子砲「オロチ」の放ったものと酷似していた。
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