第215話 グロキリア

 グロキリアと格闘すること三十分弱…プラウディアでの長丁場と比べればまだ短いとはいえ、あの時とは相手にしている機体性能が段違いだ。三女神以上にとち狂った機動をするうえに、こっちの動きを先読みしているかのような絶妙なタイミングで回避しやがる。だがそれならそれで、こちらも相手の動きをいくらか予測出来る。

 ファルもその点には気付いているらしく、的確な予測射撃で援護してくれる。だがそれでも、ミサイルはおろかバルカン砲一発被弾してくれない。ケイフュージュと同性能なら、ロケットスラスターの燃料だってそろそろ尽きてくれていいはずなのに…。コブラやクルビットといった特殊機動まで駆使し、更にそこへロケットスラスターを併用した機動は見ていて気持ち悪い。空を飛ぶということがどういうことか解らなくなるような、まるで宇宙空間でも飛び回っているかのような…あいつだけ別次元で飛んでいる。


「あの巨体でひらりひらりと…よく動くな、くそったれ」


 おまけにロケットスラスターに頼らない飛行性能も凄まじい。加速性能も旋回性能もあらゆる面でイザナギとゼルエルを上回る。あんなエンジンあるならミカエルⅡやローレライに搭載すれば、それだけで性能を次世代レベルに引き上げられるだろうに…。機体設計を大幅に見直して次期主力戦闘機を…って、今はそんなこと考える状況じゃないな。


「我、グロキリア。王国、守護、役目、果タス。王国、空、侵ス者、討チ払ウ、者」


 耳障りなマシンボイスが神経を逆撫でる。ふとブリュンヒルデに搭載されていたアラクネシステムに自己学習機能と疑似人格が与えられていたのを思い出す。なるほど、あれの成れの果てがこれってわけだ。それならこの国はいずれグロキリアを頂点にアブディエル型の無人機によって航空戦力を編成しようとしていたのだろうか。

 確かに脅威かも知れないが、相対してみて確信した。こんな兵器による戦いはやはり間違ってる。人が血を流すからこそ戦争への恐怖を感じることが出来る。人の生き死にが非現実的な数字で示されてこそ、人は初めて戦争という厄災を遠ざけようと努力するんだ。こんな歪な兵器が、国の守護者や神などであってたまるか。ふつふつと怒りに似た感情が込み上げてくる。


「あの戦争に参加もせず、国民が一番苦しい時に現れなかったような奴が守護者だなんてふざけるな!」


「紛い物の神など要らない、人の前に姿を現したあなたはもはや神ではない。神を自称するのなら、せめて誰の目にも触れぬ場所で傍観者に徹するべきでしたね」


 普段なら必中の距離とタイミングでトリガーを引いているのに避けられる。初めて三女神と交戦した時もこんな感覚だっただろうか…。あの判断の速さと機動の正確さは機体各所無数に配置されたカメラとそれらを同時処理出来るCPUの成せる業なんだろう。カメラの数だけ無限に視野を拡げられて、機械なら見落とすことも無いんだろうしな。

 だがそれでも、こいつを撃墜しない限り状況は収束しない。もう一度攻撃を仕掛けようと操縦桿を握る右手に力を込めたその時、不意にイザナギのセンサーが接近する機影を捕捉したことを電子音で知らせてきた。レーダーには二機のゼルエル…シュヴェルトライテとケルベロス1だ。


「お、まだやってんな!? 加勢するぜ!」


「こちらケルベロス1、戦線へ復帰します。…お二人とも、この状況が収束したら詳しくお話を伺います。カイラス少佐もそう仰ってました、その判断に従おうと思います」


「…バンシー5、了解しました。カイラス少佐…ふふ、それは恐ろしいですね」


 ソフィは複雑な声色だが、そうは言いつつもアトゥレイと共に後方から接近してきてオレたちの両脇に翼を並べてきた。


「やれやれ、是非ともメファリア准将も連れて出頭したいが…まぁ今はあれを片付けるのが先だ。相手は化け物だが、あの戦争でも化け物じみた連中とやりあってきたオレたちだ。恐れる理由は何も無い、各機続け!」


「「「了解!」」」


 王国空軍の精鋭に教導隊のアグレッサー、反逆者に脱走兵…立場も違えばてんでばらばらのコールサインを持つ者同士だが、お互いに気心知れた者同士で編隊を組んでグロキリアへと襲い掛かる。


「何故、妨ゲル。我、王国、守護者。仇ナス、即チ、王国ヘノ、反逆」


「はぁ? 所属不明機の分際で、てめぇ何様だ! 王国空軍所属でも海軍航空隊所属でもないてめぇが、我が物顔でこの国の空を飛んでる方がおかしいんだよ!」


「アトゥレイ、それを言ったら多分オレやファルも飛んでちゃいけないんだが?」


 四機がそれぞれ二機ずつに散開、二方向からの挟撃を試みる最中にツッコミを入れてみる。


「え!? あ、う~ん…いや、隊長とシルヴィはほら、元々この国の人間だしよ。共同戦線張ってんだ、細かいこと気にしない方向で行こうぜ!」


 アトゥレイのそんな物言いに、微かにファルの溜息が聞こえてきた気がした。相変わらずだ、と呆れ顔の彼女が目に浮かぶ。


「…こちらバンシー5、照準は私が行います。シュヴェルトライテ、ケルベロス1は私の指示に従って兵装選択・攻撃を行ってください。私とアズライール1は既にミサイルをほぼ使い切ってしまっています。こちらが接近戦を仕掛けますので、隙を見付けて狙い撃ってください」


 オレが考えていた内容ほぼそのまんまをファルが代弁したことに素直に驚く。こいつ、実は能力者とかじゃないだろうな。


「了解…と、気軽に言える相手では無さそうですけどね」


「問題ねぇよ。ミサイルはありったけ積んできたからな、適当なタイミングでばら撒けってことだろ?」


「…ええ、それでいいです」


 ファルの声が疲れてるのは、さっきからずっとグロキリアと空中格闘戦を続けてきたせいだけではないだろう。


「バンシー5、こっちはあと高機動ミサイルが一発だ。そっちは?」


「通常の短射程ミサイルが一発だけです」


「聞いた通りだ、二人とも。龍神様とのダンスは受け持ってやるが、こっちに火力を期待するな? フレンドリーファイアなんてしてみやがれ、ヴァルハラまでの片道切符をくれてやる!」


 アトゥレイとソフィの二人から了解の返事を聞き、改めてグロキリアへの接近戦を試みる。

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