第214話 脱出路

 ここから脱出する…共通する目的のために行動を共にしているけど、彼は女王直轄の特殊部隊であるグリフィロスナイツの一人。私を助ける理由なんて無いはずなのに…。私の能力では相手が今何を考えているかを知ることは出来ない。これで彼があの頃と同じ表情に乏しい顔でもしていれば、ここまで戸惑うことも無かっただろうに…。


「エルダ、急いで!」


 いつになく余裕の無い、切羽詰まった表情…。私の左手を掴むと、こちらの足が追い付かないぐらい容赦なく駆けていく。銃弾で頭を吹き飛ばされ、体中を切り刻まれ…いつだって何かを諦め、人生そのものに退屈しているかのような顔ばかりしていたのに…。

 やがてさっきディソールと彼が戦ったホールよりも更に巨大な空間へと出た。天井にはクレーンやロボットアームなどが設置されているのが見える。ここがグロキリアとケイフュージュの格納庫?


「随分時間を喰ったな…。トラムはこの奥だ、もう少し頑張ろう」


 既に大分へとへとだけど、前を駆けていくイーグレットに引っ張られるように格納庫の中を駆けていく。だがその時、格納庫全体を揺らすような激しい振動に足を取られて床に倒れてしまった。


「あぅ…!」


「エルダ!?」


 イーグレットの手を借り、姿勢を起こすが…振動は続き、その激しさを増していく。


「タイムアップ?」


 諦めを込め、溜息混じりに問う。


「まだだよ。諦めるのは死んでからでも出来るけど、生きている内は足掻けるだけ足掻くべきだ」


 そう言って私の腰に右腕を回し、「捕まっててくれ」と囁いたかと思えば左腕の手甲に仕込んだワイヤーを射出して跳躍する。崩落を始める格納庫を一気に飛び抜け、奥に続く扉を飛んできた勢いそのままに蹴破る。人二人分の体重をものともせずワイヤーを巻き取るこの装備を扱う以上、イーグレットの左腕には相当な負担がかかっているはずだけど…イーグレットの表情には焦燥こそあれ、苦悶に歪むことは無い。

 蹴破った扉の中へ入ると壁に取り付けられていた非常用シャッターの閉鎖スイッチを叩き割り、格納庫の崩落によって舞い上がる土煙が入ってこないようにと作動させる。そして今、私たちの目の前には防空壕のような空間が広がっている。緩やかな弧を描く天井、床にはレールが敷かれ、無人の空間にポツンとトラムが佇んでいる。プラットフォームでもあれば地下鉄の駅らしく感じたのかも知れないけど、立っている位置とレールの敷かれた床が同じ高さであるため発着場というより炭鉱にでも来たような印象を受ける。

 レールに沿って伸びていく先へ視線を這わせると、人の手ではどうにも出来なさそうな鋼鉄の隔壁が立ち塞がっていた。どこかに操作盤はあるんだろうけど、悠長に探している時間も無ければ開くまで待つような暇も無い。


「あれを開けるの?」


「ここは匣庭の一部だけど、保守管理は外部が行っている。こっちだよ」


 隔壁の端に普通の扉と同じサイズのドアが設けられていて、イーグレットがドアノブを捻ろうとするがガチッとロックされていて動かない…が、左腕を素早く縦に振ったかと思えばドアを蹴飛ばして開けた。ドアの向こうへと走るイーグレットを追ってドアをくぐる際に床に転がるドアを見たら、蝶番の部分が綺麗に切断されていた。あの一瞬で、鋼鉄では無いにしろ金属を容易に切断させた彼のワイヤーとそのコントロール能力にぞっと寒気が背筋を走る。ディソール曰く、守護騎兵として女王の意に反する勢力の要人を暗殺する彼は黒髪に黒いマントを羽織るその出で立ちから「死神」と呼ばれていたとの話を思い出す。


「だからいつでも点検出来るように、セキュリティはかけられていてもその強度は匣庭内部のものより大分低い…と言っても、さすがに時間切れかな?」


 イーグレットが後ろを振り返った時、さっきくぐった扉の付いた隔壁がくの字に歪んだかと思えば縦方向に押し潰されるような形で崩落した。同時に強烈な風と土埃が津波のように押し寄せてくる。左右へ視線を走らせて退避場所を探すが、そう都合よく見つかるわけも無い。迫り来る茶色い暴風から逃れようとトンネルを更に奥へ駆け出したその時、イーグレットの右腕が再び私の腰を抱いてワイヤーによる跳躍を開始。


「多分、そう遠くない場所にあるはずなんだけど…」


 照明が点々と設置された天井が近付くぐらい、力強くワイヤーを巻き取るモーターの駆動音と大きくなり続ける崩落音だけが耳に届き、私はぐっと瞼と口を閉じて土埃に飲まれることを覚悟した。


「……ん、見つけた!」


 そう言うとイーグレットは遥か彼方へ射出したアンカーを、突き刺さったトンネルの天井から強引に引き抜いて手元へ格納。私たちの体は牽引していたものを失って宙に浮き、そして落下を始める。不慣れな浮遊感に不安を覚える暇も無く、土煙と暴風が私たちに襲い掛かった。

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