第204話 始まりの地
レギンレイヴ自然保護区の森から大分外れた場所に、物々しいフェンスに周囲をぐるりと囲われた廃墟がある。ボロボロの外観は一時期心霊スポットとして何も知らない一般人が足を踏み入れたことがあったが、そのうちの何人かは帰ること無く神隠しに遭ったとされた。だが実際にはそんなファンタジックなものではなく、数々の隠し部屋と隠し通路を抜けた先にある…この場所に近づき過ぎてしまったことで「消された」だけだ。
「…結局、ここに戻って来るのか」
女王直轄の新技術研究開発特務機関、通称「匣庭」。そこと地上を繋ぐゲートのひとつがここにある。入口に辿り着いた時、普段なら厳重にロックがかけられているはずの扉が開いていた。中へ入ると悪夢のようなあの日々を思い出し嫌悪感しか湧かない真っ白な廊下が続く。しんと静まり返り、人の気配を感じない。どんどん奥へと進むが、やはり研究者たちの姿が見えない。
誰もいない…はずは無い。ここに連れてこられた時点でもはや陽の当たる場所への帰還が絶望的なのはモルモットも研究者も変わらないのだから。
右手にサーベルを握り、更に奥へと歩いていく。階段を下りて行った時、ふと嗅覚を刺激する鉄のような臭いに気付いた。血の臭い…足を進めるに連れてどんどん濃くなっていく。ドタドタと慌てている様子の足音が聞こえてきたかと思えば、白衣の男が廊下を駆けてきた。
「た、助けてくれ! たす…げぇ!」
銃声が聞こえたのと同時に背中から胸を撃ち抜かれて床に倒れる男に駆け寄るが…肺を撃ち抜かれたのか血の泡を噴いている。貫通した複数の弾痕を見るに心臓と肝臓も損傷しているようだ。辛うじてまだ息はしているが、助けられそうには無かった。
「あっれ~、イーグレット? 随分早かったじゃないか、まだ片付いてないよ」
耳障りな声、誰のものかは顔を上げずとも解る。
「ヘリをジャックして来た。君こそまだケイフュージュは健在だったはずだけど、並列処理とは余裕だね」
「もうボクも二人だけになっちゃったからね、この程度ならへっちゃらさ。散々殺してきたくせに死ぬのが怖い丸腰のへっぴり腰をこうして撃ち殺すだけだからね」
ディソールが手に持ったサブマシンガンで床に倒れていた男の頭部を撃ち抜く。赤く血濡れた灰桃色の肉片が飛び散り、真っ赤な血が壁や天井へとぶちまけられた。
「さて、これで地上に向かって逃げようとしたのは粗方片付いたはずだから…あとは下かなっと。しっかしバカだよねぇ、ボクの目から逃れられるとでも思ってるのかな? ここの監視カメラはボクの管理下にあると言うのにさ」
たった今見るも無残な肉塊に成り果てた彼のことなど気にも留めず、踵を返すディソールに左腕を伸ばす。
「ぅわっと!?」
左腕の手甲に仕込んだワイヤーアンカーを射出するが、寸でのところで避けられた。
「あっぶないなぁ! 君のそれ、当たったらシャレにならないんだぜ? 死なない体の君ならともかく、ボクはか弱いんだから取り扱いには気を付けてくれよ」
肉体改造を施された2番素体…どの口がか弱いなどとほざくのか。ぼくはゆっくりと立ち上がり、右手に握りしめたサーベルの切っ先をディソールに向ける。
「…グロキリア計画は既に破綻した」
「知ってるよ、君が陛下を殺したりするからボクはてんやわんやさ」
「これ以上の犠牲に意味は無い」
「バカ言っちゃいけない、ここの存在は外部に漏洩されるべきじゃない。フォーリアンロザリオという国そのものが窮地に立たされる未来は能力者じゃないボクにだって容易に演算出来る。それにほら、舞台の幕が下りたなら役者も退場するべきだ。ボクの出番もあと少しなんだし、ちょっとくらい好きにさせてくれたっていいだろう?」
確かにここで行われていたことが明るみになれば国際社会からの非難は免れ得まい。しかしそれでも…。
「こんな下らない茶番劇で、これ以上人が死ぬのはもう沢山だ。ぼくは守護騎兵として、国の宝である人命を護る」
「なら止めてごらんよ、守護騎兵殿!」
床を蹴ったかと思えば常人では不可能な跳躍力で廊下を跳ねるディソール。床、壁、天井すべてを蹴り飛ばして重力など無視するかのように進んでいく。先程飛ばしたワイヤーを巻き取り前方の壁まで跳躍した後、更にディソールの後を追い掛けるように射出と跳躍を繰り返す。だが道具に頼るこちらと肉体そのものが強化されているあちらでは自由度が全然違う。あっという間に姿を見失い、入り組んだ匣庭の内部ではどちらに行ったかなんて解らない。とにかく血の臭いが濃い方へ…階下に急ぐ。
王国軍との戦闘やケイフュージュによる無差別攻撃で大部分を失ったエティカレコンクィスタの残存航空戦力は今朝方飛び立ったゾーハル基地へと向かい撤退を開始していた。
「地上部隊は…目的を達成出来たのか?」
「解らん。これだけ時間が経って、状況も混乱したというのに無線封鎖が解かれないというのも不可解だが…」
今朝飛び立った時には二十八機いた翼の赤いミカエルⅡとローレライ…ローレライは首都上空まで一気に北上してケルベロス隊と交戦した後、ケイフュージュのロンギヌスによって消し飛ばされた。ミカエルⅡで出撃した二個中隊も、撃墜された十八機のうちの半数以上が王国軍との戦闘ではなく味方だと聞かされていたケイフュージュの攻撃によって失われたのだ。
「一体、何がどうなってるんだ?」
何も解らないままでは死んでも死に切れない。せめて反逆者の汚名を被ってまで成そうとした事の成否だけでも知りたかった。ゾーハル基地まで戻れば、地上でなら情報収集の方法はいくらでもあるだろう。
「なぁ、俺たちは…正しいことをしたんだよな?」
傍らを飛ぶ相棒が不安そうに問う。エルダ・グレイが我々に示した匣庭とやらの非人道的な人体実験の数々を示すデータや彼女自身の体験談…そして何よりそれらの真偽を検証したのは他でも無いあのシルヴィ・レイヤーファルなのだ。フィリル・F・マグナード中佐の実質的な右腕として情報分析を担っていた彼女が真実だと言ったのだから、情報については信じていいはず。ならば、そんな非道を繰り返していた女王を殺し、この国が裏で重ねてきた罪を清算することは間違っていないはずだ。
「当然だろう。たとえ歴史に我々の行動が評価されずとも、我々の行動できっとこの国は生まれ変われる」
「そうか、そうだよな。俺たち…」
そこから先の言葉は突然の爆発音によってかき消された。目の前で、たった今話していた相棒の機体が突如木端微塵に爆散したのだ。
「な、なんだ!?」
「隊長、東の空に何か…。あれは…!?」
もう一機、更にもう一機が次々と同様に突然機体が爆発する。訳が解らず、部下が言った東の空に視線を向けると…遥か彼方に、ケイフュージュに似た巨大な機影がこちらに向かって飛んできていた。
「な、な…!?」
さっきケイフュージュはヴァルキューレや、王国軍とも我々とも違う第三勢力と戦っていたはず。あんな化け物がもう一機いるのか!?
「…国、仇ナス、敵、排除」
無線から不意に聞こえてきた機械音声。直後、太陽を背にした巨大な影の中の一点が煌めいたかと思った瞬間、正面から何かが飛んできた。それが何かを理解する暇も無く、機首に突き刺さったそれはコクピットを俺の腹ごと貫き、衝撃波を撒き散らしながら機体を中心から真っ二つに引き裂いた。
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