第205話 新たな脅威

「方位128に新たな機影、恐ろしく速い…北上してきます! 数一…いえ、その後方より更に十二。計十三!」


 オペレーターからの報告を聞きながら、管制室のメインディスプレイに表示されている所属不明機を表す黄色い輝点たちは真っ直ぐこのフィンバラ…いや、ケイフュージュとの交戦空域を目指し北上してきていた。


「機種と所属の確認を急いで、ライブラリに無いなら光学観測でも衛星画像でもなんでもいいわ!」


 レーダーで完全に機影を捕らえているのに情報が全然更新されない…おそらく軍のデータベースに特徴が合致する情報が無いのだろう。ライブラリを照合しても無意味なのは解っている。レーダーで捕らえた機影の大きさから言って先頭の一機は爆撃機にも思えるが、爆撃機にしてはマッハ3以上という速度は早過ぎる。その後ろを随伴してきている十二機もそれについてこれているなんて…ローレライでも無ければミカエルⅡでも無い。この速度で飛べる機体となるとSR‐89「カマエル」ぐらいだろうけど、それが十二機も密集飛行するとは考えにくい。


「交戦中の各隊に所属不明機接近を知らせて、嫌な予感がするわ」


「了解! 防空任務中の全作戦機に告ぐ、方位128より新たに中隊規模の所属不明機接近を探知。警戒せよ!」


 なんなんだろう、こいつ…。イクスリオテ領内へ撤退していた反乱側のミカエルⅡ一個小隊が突然消失したのも気掛かりだけど、まさかこいつが? いや、ミカエルⅡの反応が消失した時、この所属不明機は180km以上離れた場所にいた。長射程ミサイル? いやいや、それをあの角度であんな距離から撃ったのならさすがに当たらないだろう。アラートだって鳴るし、パイロットが被弾まで気付かないわけが無い。ミカエルⅡに回避機動のような動きは見られなかった。とはいえ空中で何をされるでもなく戦闘機が突然消えるなんてことも考えられない。何かしらの攻撃を受けたと見るべきだ。

 何も解らないまま、接近してくる輝点を睨み続けることしか出来ない自分が歯痒くて、現場のパイロットたちに申し訳ない気持ちになる。各地の基地を襲った地上部隊はほぼ制圧されたらしく、後はケイフュージュをどうにかすれば状況は落ち着こうかと言うのに…。ホント、気が休まる時間が無い。




 約十二年振りの匣庭、辺りを見回しながら中を進んでいく。記憶に忌むべきものとして刻み付けられた悪夢が甦り、気分は最悪だ。溢れてくる負の感情を護衛してくれている同志たちにぶつけてしまわないよう必死に感情を押さえつける。


「ここが例の匣庭ですか? こんな場所に、こんな施設があったとは…」


 周りに人の気配が無いせいか、アサルトライフルの銃口を下げたまま後方の警戒をしている陸軍からの同志が口を開く。軍にいてもグリフィロスナイツになるか彼らに目を付けられなければここの存在を知らされることも無いのだから、物珍しく思うのは無理も無いことか。ダアト地方は国による開発がほとんどされない観光だけが資源の田舎町…というのが一般的な認識だろうし。


「ええ、そうですよ。本当に懐かしい、ここは私のすべてが狂った場所。だから…すべて壊してしまわないとね」


 ギフト隊は分隊単位に分かれて作戦にあたってもらっている。今私の周りには四人の隊員がいるが、入り口に三人残ってもらった。ディソールが言ったようにここに女王がいるのなら相応の戦力がいるはず。ここが迷路のような場所だということは熟知している。退路を断たれることは避けたかった。


「これだけの施設を維持するのに、一体どれほどの血税がつぎ込まれていたのか…いいえ、ここで何が行われていたのかを明らかにするだけでも女王の悪行は証明され、同時に私たちの決起の正当性も証明…」


 ふと血の臭いを感じ取り、前方に横たわる死体に気付く。護衛と共に駆け寄り、一人がライフルの先端で死体をひっくり返すが特に罠は仕掛けられていない。


「…先客がいたのね。証拠を隠滅されると面倒です、急ぎましょう」


 その後も階下へ行けばいくほど死体の数が増えていく。ほとんどが背中から銃で撃ち抜かれて殺されているが、中には鈍器か何かで頭部を殴打されて殺されている者もいる。かつて私自身も過ごしたモルモット用の居住区画も死屍累々…真っ白な空間は真っ赤に染め上げられていた。


「さすがに、これは…」


 護衛たちは皆一様に顔をしかめている。これがたとえば銃弾飛び交う戦場なら気にもならないのだろうが、屋内だと換気し切れない血の鉄臭さが充満しているせいだろう。更に階下へと進んでいくと、遠くから何かが聞こえてきた。銃声? 音のする方へ進んでいくと、そこは高い天井に広大な空間が広がる場所だった。なんだろうここ、来たこと無いな。そう思いながら周囲を見回していると、左隣に立っていた護衛の一人が突然床に倒れた。


「え?」


「伏せろ!」


 不意に背中を押され、バランスを崩して床に倒れ込む。その直後に今度は右隣の隊員が姿を消し、壁に肉が叩きつけられる音が響いた。何が起こっているのか理解が追い付かないまま、音のした方を振り返ると防弾ベストごと叩き潰された体が絵画のように壁と同化していた。


「くそ、なんなんだ!?」


「知るか、撃ちまくれ!」


 残り二人がろくに狙いも付けずライフルから弾丸を吐き出させる。私は傍らに転がっていた兵士の体を揺すってみたが、触れた手に粘り気のある生暖かい液体がべっとり付着した。私にとって馴染み深い、さして特別でも無いそれを見て彼の絶命を確信し、彼のホルスターに収められていた拳銃を抜き取る。二人が背中合わせでホール内のあちらこちらへ撃ちまくるもんだから頭を上げることさえ出来ない。

 だが引っ切り無しに続いていた銃声は短い悲鳴と共に止んだ。恐る恐る振り向いたそこにいたのは、ド派手な衣装に身を包んだ…ピエロ?


「おやおや、遅かったねぇ? もっと早く辿り着いてくれたらこっちも楽だったんだけど…まぁいいさ」


 顔の左半分に不気味な笑顔が描かれたマスクを付け、全身血にまみれたディソールがゆっくりと私に振り向き手に持った銃を向けてくる。


「え? ディソール?」


「陛下はここにはいない。ま、そういうことだから…解るよねぇ?」


 咄嗟に右手に持った拳銃を彼に向けて発砲…しようとして、ディソールの放った弾丸がそれにあたって手の中から弾き飛ばされる。


「ぐっ!」


「ダメダメ、君にボクは殺せないよ。スペックが全然違うし…っと!?」


 空を切る音と共に、私たちが通ってきた廊下の方から一本のナイフがディソールへ向け飛んできた。それをキャッチした彼の左手に細い糸のようなものが巻き付き、一瞬ぎょっとした顔を見せた後で私の頭上を飛び越えホールの中央へ跳躍する。コツコツと響く足音、そして冷たい白と生々しい赤に彩られた廊下から近づいてくる…それはまるで床に映り込んだ何かの影がそのまま起き上がったかのように真っ黒な筒状のシルエットだった。


「彼女には…エルダには手を出させはしないぞ、マリオネイター」


 記憶の中のそれと何も変わらない声がした。口元や頬を血で濡らし、それでも黒い双眸に明確な怒りを宿したイーグレットが左手を肩の高さまで上げると突然床を蹴って跳躍し、数十mは離れていたであろう場所からホールの中まで一直線に飛び抜けていった。


「なんだよイーグレット! 今ちょっといいとこだったんだから邪魔しないでくれよ!」


「嫌だね」


 ディソールは銃を捨て、左手でさっきキャッチしたナイフを右手に持ち替えるとイーグレットのサーベルを受け止める。激しい刃物同志のぶつかる鋭い金属音が何度も繰り返しホールに反響し、二人はこの広い空間を縦横無尽に駆け巡っている。間合いではサーベルを持つイーグレットに分がありそうでも、ディソールは彼の剣戟を簡単そうに受け止め、更に空中でイーグレットの腹を蹴り飛ばして床に叩きつけた。


「がはっ!」


 背中からコンクリートの床に落下したイーグレットの口から血が噴き出す。人間の限界を超えた二人の戦いを呼吸することさえ忘れて見ていたことに気付き我に返る。


「まったく、あとは彼女だけなんだよ。舞台が終われば役者は去り、使った道具は片付けなきゃ…ね?」


 ふわりと着地したディソールが足元に転がっていたアサルトライフルのストック部分を爪先で踏みつけ、跳ね上がったライフルを右手で掴むとそのまま私へ向けてくる。だがそのライフルが発砲されるより先に、横から槍投げのように一直線に飛んできたサーベルが銃身へと突き刺さった。


「だ~か~ら~さ~、なんでそこまで邪魔するんだよ!?」


 ディソールがイラついた声でイーグレットへ怒鳴りつけ、サーベルの刺さったライフルを投げ捨てる。


「さっきも言った。エルダには…手を出させない。…ぼくは」


 ふらつき血を吐きながら立ち上がるイーグレット。私は未だに、この状況が意味するものを理解出来ずにいた。ディソールが言うにはここに女王はおらず、報告では女王を宮殿で殺したイーグレットがここにいて彼と戦っている。匣庭は既に血の海で、白衣を着た研究員もモルモットたちも死体となってそこらじゅうに転がる有様だ。

 そして…何故ディソールが私を殺そうとする? 何故、イーグレットがそれを妨害している?


「ぼくは、ぼくの意思で…彼女を護ると決めたんだ」

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