第198話 暫し時は遡り

 アマテラスの艦橋でもロンギヌスの炎は観測されていた。無論光学観測ではないが、艦隊の目であり盾であるツクヨミに搭載されたセンサー群が広範囲に広がる熱と衝撃波を捕らえていた。


「…あれが、ロンギヌス」


 以前イーグレット殿から渡されていたグロキリア開発の途上で生み出された軍事技術のデータ、その中にはあれの情報もあった。グングニルやロンギヌスのデータを参考にしてオオカヅチやクロカヅチは作られたが、どうしても構造が複雑になることからコストパフォーマンスが悪くなり、それほど大量には用意出来ていない。


「傍受した通信内容から、ケイフュージュがロンギヌス起爆付近にいるようです」


「ケイフュージュ…例のグロキリアの二番機、というヤツか」


 ヴィンスター艦長が親指と人差し指の第一関節で顎を摘むような仕草をしながら呟く。


「ええ、ですがイーグレット殿からいただいたデータによれば厳密に言うと二機に共通点はほとんどありません。あれが二番機と呼ばれるのは、単純に開発計画が持ち上がったのがグロキリアより遅かったというだけ。むしろグロキリアをより完璧に仕上げるためのプロトタイプと言うべき機体なのです。機体各所のウェポンベイに一般的な戦闘機の倍以上のミサイルを格納し、ロケットスラスターによる航空力学も肉体の限界さえ無視した機動を可能とした無人機…」


 第二次天地戦争ではあれをコントロールするマリオネイターシステムに様々な戦闘機動を試行錯誤させ、学習させるために複数人の「端末」を用意して各戦地へ派遣していたらしい。他にもイーグレット殿にグロキリアをコントロールするための人材を探させ、もし相応しい対象が見つかったならばその人物の脳髄を生体コンピュータとして機械と融合させる…そんなことまで考えられていた。

 神話の世界を再現し、国民に選民主義的なマインドコントロールを施そうという計画を実行する…言うなればその「準備」のためだけに、あの地獄のような大戦はあったということらしかった。民間ホテル爆破テロなどでっち上げ、第二次天地戦争開戦のきっかけはグロキリア計画に携わる者たちによる自作自演の悲劇であり、そんなことのために国を焼かれたのかと思うと爪が喰い込みそうなぐらい握った拳に力が入る。

 …いや、違うな。たとえそうだったとしても、根も葉も無い濡れ衣を着せられて怒る国民を鎮められなかった責任は私にある。誰もが相手国を憎み、命懸けの戦争をも辞さないほどに国民感情が沸騰する前になんらかの手を打つべきだったのだ。


「さて、提督。既にフォーリアンロザリオ領空に侵入し、スクランブル機がこちらに接近してくる様子が無いところを見るとツクヨミのECM…アクティヴステルスによるジャミングは順調のようだ。だがこれ以上進めば、そうも言っていられんでしょうな」


「ECMは人の目まで誤魔化してはくれませんからね、民間機の目にも留まらぬようにと高度を上げてきましたが…そろそろ頃合い、ということでしょうか」


 高度3万8000フィートを飛行するマホロバ…でもアマテラスの巨体は目立つし、このぐらいの高度でも民間の大型旅客機なら飛んでいることもある。既にフォーリアンロザリオの領空を侵犯し、まもなく陸地にもさしかかろうという座標…。私はひとつ深く呼吸をし、告げた。


「全艦に通達、クルーズシフトよりコンバットシフトに移行。戦闘用意」


 ヴィンスター艦長は了解、と小さく返事をすると手元のマイクを手に取って口元に寄せる。


「艦長より達する。我々はこれよりフォーリアンロザリオ国内において発生中の武力衝突に介入する。全艦、コンバットシフトに移行。戦闘用意、デフコン2発令」


 ブリッジ前方に座るオペレーターが次々と復唱し、アマテラス艦内各セクションへとアナウンスしていく。


「デフコン2発令。繰り返します、全艦にデフコン2が発令されました。これより居住区画を閉鎖、以後非戦闘員の区画移動が制限されます」


「FCSコンタクト。艦隊データリンク、ヤタシステム正常に機能しています。機関、戦闘出力へ」


「前面防弾隔壁閉鎖、ブリッジをコンバットモードへ移行」


 それまで前方の視界を確保していた窓の外が巨大な装甲板で覆われ、そこに艦内情報やレーダーなどの画面が次々とタイル状に浮かび上がる。


「直掩戦闘機隊搭乗員は各搭乗機にて待機、アズライール隊各機は出撃準備が出来次第発艦シークェンスを開始します。パイロットは機体の最終チェックを急いでください」




 艦内に響いたアナウンスを聞き、一気に慌ただしくなった。パイロットたちは一様に耐Gスーツに身を包み、ハンガーへと急いでいく。オレがハンガーに辿り着くと、そこには既にティクスがいてチヒロと何か話している。雑踏に紛れ微かに聞こえてきた声から、携行するミサイルの種類と数についてのようだ。


「事前の情報通りなら、相手は相当厄介な機動力を持つ機体のようです。高機動ミサイルは多めに搭載していった方がいいと思います」


「じゃあ、えっと…オオカヅチとクロカヅチを一発ずつ。それからツチカヅチが四発とホノカヅチ六発で…後はサキカヅチ四発、だっけ?」


 ホントにオレにはどれが何やらさっぱり解らない名前が並ぶ。まぁ、WSOの経験もあるティクスなら大丈夫だろう。あいつアホだけど頭はいい方だからな。イザナギの武装はオハバリとバルカン砲に短射程ミサイル二種、シンプルで助かった。


「そうですね、今回はそれで行きましょう」


「曹長、イザナギの方はフル装備でいいんですね!?」


 オレの搭乗機であるイザナギの周りにいた整備兵が声を張り上げると、負けない声量で「当たり前でしょ!」と返事をするチヒロ。ああ、なんだか懐かしいなぁこういうの。まるでアレクトの格納庫にいた頃に戻ったように感じる。あれだけの戦争をまたやりたいなんて微塵も思わないが、あの頃過ごしていた掛け替えの無い仲間との時間は心地よいものだった。やはり明日をも知れぬ環境に身を置くと、人はその一瞬その一瞬を大切にするのかも知れない。普段は特に意識しないが、ふとあの頃を懐かしむ自分がいることは自覚していた。

 イザナギのコクピットに身を埋めると、チヒロが駆け寄ってきた。


「中佐、間もなく出撃になりますが何か確認しておきたいことはありますか?」


「…そうだな、操縦系はなんとなくシミュレーターで確認したが」


 操縦桿とスロットルレバーに手を置き、計器類を眺める。アマテラス離陸後、少しの時間だったがシミュレーターを使わせてもらってこの機体の操縦感覚はなんとなく掴んだつもりだ。例のオハバリについても、とりあえず超遠距離用スナイパーライフルを抱えてるようなものと理解しておくことにした。


「…あ、そもそもオレたちはどうやって発着艦するんだ?」


「小難しい部分に関しては基本的に自動操縦で行いますので、ご安心を…なんて答えはお求めでないですよね。ギアの昇降スイッチが正面左手にあるかと思いますが、その隣にもうひとつ『LA』と表記されたスイッチがありますよね? 今は下に降りてると思います」


 言われて見れば、確かにゼルエルには無かったスイッチがある。LA?


「それがランチャーアームと呼ばれるアマテラス艦載機独自の装置でして、スイッチを上げてみてください」


 言われるがまま下に降りているスイッチを上げると、背中の後ろの方で何かが稼動する音がした。コクピットから立ち上がって機体後方に目を向けると、機首の付け根部分と左右エンジンブロックの上に何やらハンドルのようなパーツが起き上がっているのが見えた。


「よかった、機内電源も正常ですね。あの三ヶ所起き上がっているのがランチャーアームです。格納庫上部を移動するクレーンがあの三点を掴み、そのままクレーンごとリニアカタパルトのレールに接続、後はカタパルトで打ち出され、レールの最前位置でクレーンがアームとの接続を解除し、発艦となります」


 言われた内容を頭の中でイメージする。ああ、なるほど。さっきカグツチも見せてもらったが、そういう仕組みだからどの機体にも垂直尾翼が無いのか。言うなればカタパルトに接続するのが機体の下ではなく上なのだから、尾翼が突っ立ってたら邪魔なことこの上無い。


「着艦の時にはナビゲートに従って母艦後方より接近、中層後方には左右に一ヶ所ずつ突き出た着艦デッキがありますので、やはりこちらもその甲板の下側を目指してきてください。ある程度まで近づいてくると、母艦からの信号をキャッチして速度と高度を同調させながら適正位置まで機体が自動的に誘導されます。そこでまたクレーンがランチャーアームを捕まえて、機体を格納庫まで運ぶ仕組みになっています」


 まぁさっき言ったようにほとんどが自動化されてますので、パイロットがやることってのはほとんどないんですけどね…とチヒロが笑う。


「ああ、隔壁の外に出るまでエンジンは始動しないでくださいね? こんな密閉空間でエンジン回されたら大惨事ですので」


「おっとなるほど、そりゃそうだな。あぶね、言われて無きゃ勝手にエンジンかけたかも知れん」


 だだっ広いこの場にいると、ここが空の上だということをつい忘れてしまう。…そっか、オレら今この状態でも飛行中なんだったな。だからカタパルトも機体の上に設置されるのか。こんなんでも空に浮かんでるならそれ相応の速度が出ているはずであり、速度が出過ぎている状態でランディングギアを出しているとギアそのものが破損する危険性が出てくる。


「ギアの格納は機体がクレーンに釣り上げられたタイミングで行ってください。エンジンを始動していなくても、クレーンから電源は供給されてますから」


「了解だ。後は…まぁ、飛びながらなんとかするさ」


 ふと隣のスペースを見るとティクスの乗るイザナミも各種ミサイルの搭載が終わったようで、コクピットには既にティクスが座っているのが見える。チヒロがイザナミ周辺の整備兵に目配せすると、一人がこちらに向かって右手の親指を立てた。


「向こうも準備出来たみたいですね。じゃあ、そろそろ初陣を飾ってもらいます。心の準備はよろしいですか?」


「ああ、往ってくる。…例の準備もよろしくな」


 ビシッと敬礼するチヒロにこちらも敬礼で返し、ヘルメットを被る。


「了解です。ご武運を! …ハンガーよりブリッジ、アズライール隊出撃準備完了。いつでも出せます!」

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