第197話 刹那の逡巡

 オリオン隊が足止めしてくれていたおかげでようやく追いつくことが出来た。ソフィの気持ちは察するし、パイロットだって人間なんだからしょうがない部分はあると思うが…ああいう状態で化け物相手に空中戦なんて挑んじゃいけない。怒りや憎しみは視野を狭くするし、あれだけイカレた機動をやってくるような相手だ。どちらかと言えば、俺向きな相手のような気がする。


「そぅら、喰らいやがれ!」


 オリオン隊のローレライも援護してくれるおかげで、ケイフュージュの回避先がある程度予測出来る。そこへバルカン砲で弾丸を撃ち込んでやる…が、さっきから嫌と言うほど見せ付けられているロケットブースターらしき炎を撒き散らしての急制動。一瞬で視界の外へと巨体は消え、弾丸は空を切って飛び抜けていった。


「くそ、ちょこまかと!」


 ぞわりと悪寒が首を撫で、反射的に操縦桿を倒す。一瞬前までいた場所へ弾丸が降り注ぐのを視界の隅に捕らえつつ、思考を回避から攻撃へ切り替える。一度アフターバーナーを点火して加速。無論それだけでは振り切るなんて不可能だが、周りにいるオリオン隊やリャナンシー隊のローレライがケイフュージュに牽制弾を撃って足を止めてくれる。いくらロケットスラスターによる強引な機動修正が可能と言っても、進行方向に蜘蛛の巣状に弾幕を張られればさすがに迂回を強いられるようだ。


害虫ベクターはそっちでしょう!」


 急制動で動きが鈍くなったケイフュージュにすかさずケルベロス1が銃撃を加える。その弾丸はケイフュージュの右主翼に着弾、すると被弾した部分の表面装甲が次々と剥がれていった。


「リアクティブアーマー!?」


「つくづくクレイジーだな…」


 機体背面の装甲が剥がれ落ち、その下にまた装甲が見える。戦車に装備された例なら聞いたことがあるが戦闘機に装着するなんて、そんなの付けたら空気抵抗とか航空力学的な部分が…そんなのとっくに無視した飛び方してたんだったな、そーいやそーだった。


「このケイフュージュが、雑兵如きに…! 調子に乗るなぁ!」


 攻撃を追えて距離を取ろうとしたケルベロス1にケイフュージュがミサイルを放つ。即座にチャフとフレアを撒いて攪乱、回避に成功…だが更なるミサイルが彼女の背後に迫っていた。


「ケルベロス1、もう一発来てるぞ! ブレイクしろ!」


「え? しまっ…!」


 慌てて急旋回で追尾範囲外へ逃げようと試みるが、二発目はすぐ背後に迫っていた。回避は間に合いそうに無い…が、そのミサイルもソフィの翼を捕らえることは無かった。ミサイルとゼルエルの間を一直線に引き裂いて通過した弾丸、そのうちの数発がミサイルを貫いたのだ。


「シルヴィ中尉!?」


 赤い翼のローレライが駆け抜ける。再び見せ付けられたスナイピングに、さっきのはまぐれなどでは無いのだと思い知らされた。相変わらず恐ろしい腕してやがる。


「やめなさい、ケイフュージュ! これ以上被害を拡大させる意味は…」


「あるさ! この国が生まれ変わるには悲劇が必要なんだよ。大分脚本は変わったけど、番狂わせやアドリブは舞台の華だ。でもま、あんまり筋書きから外れた動きをするような役者には…ご退場願おうか!」


 ケイフュージュが四基のエンジンからアフターバーナーを輝かせ、俺を含めて周りを全員振り切って加速する。退場願うとか言って、自分が逃げ出してちゃ世話無いぜ。あっという間に東の空へ飛び抜けていったケイフュージュはその巨体がギリギリ視認出来るぐらい離れたところで急旋回し、機首をこちらに向ける。


「グロキリアに使おうと思っていたが、いい加減目障りだ。滅びろ消えろ蟲ケラ共が!」


 そんな言葉と共に大事そうに抱えてやがった三発目のロンギヌスが切り離される。誰かを狙って追尾するようなミサイルでは無いが、その加害範囲の広さが厄介だ。向こうも巻き込まれないためにお得意のロケットスラスターを点火して強引に進行方向を捻じ曲げている。


「ロンギヌスだ、全員…」


 避けろ、と言い掛けて嫌な予感が言葉を飲み込ませた。今強引に回避機動をしようもんなら、それこそ相手から狙い撃ちだ。とはいえロンギヌスの脇をすり抜けるのが安全だという確証も無い。戦闘時の直感にはそれなり自信がある方だが、急旋回での回避が正しいのか加速して突っ切るのが正しいのか判断がつかなかった。やばい、これはマズった。


「…ちぃ、ローレライは各機緊急回避! ソフィ、全速で予測加害範囲の向こう側まで駆け抜けるぞ。ついてこい!」


「りょ、了解!」


 これが最善策…だと思う。最高速度で言えばローレライよりゼルエルの方が速い。だが下手すればあの熱と衝撃波を至近距離で喰らうことになる…その場合は、機体を信じるか? いや、駄目だろうな。最悪の事態も半ば覚悟しながら、白煙をたなびかせて迫ってくるロンギヌスに突っ込んでいく。その時、ロンギヌスの外装が剥がれるのが見えた。


「間に合わねぇか!?」


 そもそもロンギヌスのロケットが撒き散らすガスがどういうものかも解ってない。ジェットエンジンが吸い込んでも平気なものなのか? 吸い込んだら燃焼室で爆発とか…考えれば考えるほど不安になってきた。その時、背後から音速の三倍で飛ぶこちらを一瞬で追い抜く小さい影が見え、ロンギヌスを貫いた。


「な、なんだ!? ケルベロス1、反転上昇!」


 何が起きたかさっぱり解らないまま咄嗟に操縦桿を引いた。ロンギヌスはロケットを抱いたまま爆発したが、その威力は先の二発と比べて大分可愛らしいレベルに収まった。どうやらロケットに詰め込まれた化学物質は空気中に噴霧されて初めてあの爆発力を生むらしい。しかし、ミサイルを撃ち抜いたあれは…?


「…まず使うことは無いと思ってた装備をいの一番に使うとは、解らんもんだな」


 そんな声にふと北西の方角に目をやると、遠くに二機の機影が見えた。レーダーには敵味方識別不明の「UNKNOWN」反応が二つ。だが、この声は…。

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