第199話 空中発艦

「アズライール隊、出撃準備完了。発艦シークェンスを開始します!」


 格納庫に響いたアナウンスと共に、三つの爪を持つクレーンが頭上に移動してきてイザナミのランチャーアームを掴む。ゆっくりと機体が持ち上がり、床をランディングギアが離れた。機体の電源を入れ、キャノピーを閉める。


「いってらっしゃ~い!」


「頑張って来いよ~!」


 さっきまで機体の最終点検を行っていた整備兵たちが帽子を振り回しながら口々に激励をくれる。左右を囲む彼らに敬礼し、キャノピーが完全に閉じると意識を機体の方へと切り替える。


「アズライール1は右舷デッキへ、アズライール2を左舷デッキに誘導」


「各機、ギアを格納してください。リニアカタパルト、出力チェック。エネルギー流路、すべて正常に稼働中」


 ブリッジのオペレーターの声なのだろう、無線から様々な声が聞こえてくる。ギアを格納し、天井近くのレールを滑るクレーンに揺られながら左から右へ景色がスライドしていく。


「…なんだかゲームの景品になった気分だね」


「ああ、オレも同じこと思った。なんか妙な気分だ」


 幾重にも重なる気密隔壁が開閉を繰り返し、やがてクレーンが動きを止めた。右には今くぐった隔壁が閉じていく。


「気密隔壁の閉鎖を確認、減圧を開始」


「後部ハッチ解放、アズライール隊各機はエンジンを始動してください」


 後ろから光が差し込んでくると同時に、周りの空気が一斉に後方へと流れていくのを感じる。指示通りにエンジンを起動させ、唸り声を徐々に大きくしていく。


「エンジン1起動、続いてエンジン2…起動確認!」


「進路クリア、前部ハッチ解放。アズライール隊、射出位置へ!」


 今度はクレーンが少し前進、続いて150mほど離れた前方の扉が開け放たれていく。なんだか昔行った遊園地にこんなアトラクションあった気がする。…ああ、あれだ。レールが頭上にあるタイプの吊り下げ式ジェットコースターだ。だけど目の前にはおよそ150m先で途切れたレールとその先に広がる雲…ここが空の上だと思い知る。


「カタパルト接続、出力安定。射出準備よし、アフターバーナー点火!」


 クレーンに繋がれたまま、スロットルレバーを最前位置へ押し出すと後方ではアフターバーナーの炎が煌めき始める。機体を前へ前へと押し出そうとする力を三本の爪が許さない。正面から来る強烈な風に機体がガタガタ揺れる。


「アズライール隊、発艦!」


 オペレーターの声と同時にカタパルトのロックが解除され、クレーンごと機体を前方へ押し出す。頭上のレールが恐ろしいスピードで流れていき、あっという間に終着点まで到着…と同時にクレーンから機体が放り出されてわずかに沈み込む。


「わっとと…!?」


 慌ててギアを格納しようとスイッチに手を伸ばし、さっき既に格納してあることを思い出す。ふとコクピットに影が差し、頭上を見ればフィー君の乗るイザナギが右から左へ機体を水平に滑らせていった。


「アズライール隊、発艦完了! ムンカル隊、ナキール隊は即応態勢のまま待機してください」


 それなりに離れていってるはずなのに、後ろに目を向けると外から見ても巨大なアマテラスの全景。


「おいアズライール2、ちゃんと周りも見とけ」


 フィー君の声に反応して視線をアマテラスから前方に向けると、アマテラスと比べれば小さいと言っても、こちらも巨大な機影…ツクヨミとスサノオが見えてきた。


「フィリル、ティクス、あんたらってホント慣れない新型機にいきなり乗せられて飛ばされること多いわね」


 スサノオからの通信、メファリア准将の声が聞こえてきた。まさかこの人まで来てるとは思わず、最初に知った時はヴィンスター艦長以上に驚いた。だってあの人、確かまだ現役のはずだよね…?


「そういう巡り合わせに縁でもあるんでしょうね。ミカエルの初陣も慌ただしかったし…思えばゼルエルの時もそうか、退院してすぐだったな」


「それだけ実力があると認められてて、期待と信頼を得てるってことでしょ? 誇るべきことよ」


 ツクヨミからはレイシャス大佐だ。この二人が揃ってこんなとんでも兵器の艦長で、アマテラスの艦長にはヴィンスター艦長、艦隊の提督はファリエル様。軍事力を国の管理から連合の管理へ移すというファリエル様の構想にも関係あるんだろうけど、本当に第二次天地戦争のオールスターと言った感じだ。


「今更だけどあの時グリフィロスナイツへの誘い、蹴っといて正解だったのね。甘言に惑わされず正道を選ぶ目まで持って、さすが愛弟子!」


「調子のいいこと言って…あの時、大抜擢じゃんとか言ってたの誰でしたっけ?」


 私からの指摘にメファリア准将は「それは言わない約束よ」とおどけてみせる。


「しかし、オレたちにこんな機体が与えられてるのに三女神が戦闘機に乗ってないのはなんか…違和感あるな」


「もしあなたたちがマホロバに参加してくれなかった場合は私がイザナギに、イザナミはミレットが乗る予定だったのよ。ま、あなたたちなら来てくれると思ってたけどね」


 レイシャス大佐…アトロポスがイザナギでラケシスがイザナミに、か。確かにイメージ的には合ってるかも知れない。スサノオの脇を通り抜け、三隻のうち先頭を飛ぶツクヨミに迫る。


「よかったのか? そんな機体もらっちまって…」


「いいのよ。スサノオもそうだけど、マホロバの火力担当は極力フォーリアンロザリオに担ってもらわなければいけないの。純粋に信頼してるってのもあるけど、政治的な意味合いもあってね」


「あたしの愛機はラケシス以外にあり得ないし、ハッツティオールシューネをアマテラス仕様に合わせて改造しようにも時間が無かったしさ」


 ミレットはツクヨミの火器管制を担当することになり、愛機であるラケシスはタカマガハラに置いてきてある。ミコトもアマテラスの火器管制担当官として艦に残っているので、三女神はみんな戦闘機パイロットの道から外れたことになる。ちょっと寂しい気もするけど、逆にこれだけの人たちが後方でサポートしてくれると思うと心強い。


「…! フィンバラの南方で再び高熱源観測、二発目のロンギヌスね」


「早く行ってあげなさい、これ以上こんなバカなこと続けさせちゃいけないわ!」


 その言葉に背中を押されるように、フィー君と共にツクヨミも追い越し更に加速する。


「准将、カイラスに伝えとくことはありますか?」


「…いいえ、言うべきことは私から直接伝えるわ。あの子には悪いことしちゃったしね」


 なんとなくトーンダウンして元気の無い准将の声に笑いをこらえながら、艦隊を離れてロンギヌスの炸裂が観測された方角へと急ぐ。

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