第187話 雷神纏う女神

 もらったマニュアル片手にイザナミのコクピットで多様過ぎるミサイルの数々に頭を抱える。


「あ~もう、似た名前あり過ぎだよ! なんなの、この『カヅチ』って!」


 もはや型番で判別した方が早そうなぐらいだけど、ルシフェランザの付番スタイルがフォーリアンロザリオと違い過ぎてこれまた面倒臭そう。


「そういやこっちにもタケミカヅチってミサイルがあったな。なんなんだろな?」


「『カヅチ』は元々『イカヅチ』でして、雷を差す言葉です。末尾にこちらが含まれるのは、雷神の名から名付けられたからですね」


 不意にフィー君とは違う、女性の声がして驚く。辺りを見回すとコクピットに乗り込むため機首側面に寄せられたステップを上ってくるミントグリーンの作業着を着た女性がいた。


「お取込み中に失礼します。イザナミのパイロット、ティユルィックス・マグナード少佐ですね? それと向こうのイザナギにいるのが、フィリル・F・マグナード中佐…と」


 敬礼するその人は私と同い年ぐらいに見え…いや、それよりもまず驚いたのはその顔を見た瞬間、一瞬私たちの記憶の中にいる人物と重なって見えたからだ。


「…あ、うん。えっと、あなたは?」


 ボブカットの黒髪のせいだけでは無い。人懐っこそうな笑顔や声まで、よく似てる。


「おっと失礼しました。初めまして、イザナギとイザナミの機付長を任されましたチヒロ・クチナシ曹長です。機体についてご不明な点や今後操縦してみての違和感などがあればなんなりとお申し付けください!」


 機付長とは要するに整備担当者だ。パイロットからの要望をヒアリングし、パイロットにとってベストな状態を実現すべく機体に細かな調整を施していくためのコンシェルジュみたいな人。機体よりあなたについて訊きたいことがあるんだけど、まぁいいや。ひとまず今はこの機体についてもうちょっと理解を深めることが先だ。


「えっと、じゃあ御言葉に甘えて…この機体が色んなミサイルを積めるってことは説明受けたんだけど、なんか今ひとつ解ってなくて。曹長の言葉で説明を頼める?」


「了解しました。ちなみに説明すべき点は、主にイザナミのミサイルとその使用方法…という認識でよろしいでしょうか?」


 言葉は丁寧だけど、その声音は親しげで…仲のいい先輩後輩と話すような口調で話してくる。


「うん、これだけ種類があるとどうやって兵装選択すればいいのか…どれがなんだったか解んなくなりそうで」


「あまり難しく考えなくていいと思います。確かにイザナミは多種多様なミサイルを装備出来ますが、何も全種類を毎回装備するわけではありません。基本的に対空戦闘であれば対地ミサイル『ナルカヅチ』や対艦ミサイル『フセカヅチ』を搭載する必要はありませんし、慣れないうちは搭載するミサイルを2~3種類に絞ってみては如何でしょう? ロックオンした敵機がたとえ背後に回ろうとも高い機動性で追尾し続ける『ホノカヅチ』なんてオススメですよ。…一発の単価が高いのでそう何発も撃たれると困る人もいそうですがね」


 最後に付け足された一言に、思わず笑いが零れる。


「あはは、そんな高性能なミサイルだったらそりゃお値段もすごいんだろうね」


「そりゃもう、消耗品に三次元ベクターノズルなんて積んだもんですからね。ですが一番イザナミらしい武装と言えるミサイルでもあります。ツクヨミが艦隊防衛のために搭載している新型イージスシステム『ヤサカ』、その小型廉価版である『ヒラサカ』を搭載して対集団戦闘に特化したイザナミが、複数目標同時攻撃で火力を発揮するには相応の性能も必要になってきます。イザナミのHMDにはアイリンクシステムが搭載されてますから、射程内に入ってきた敵機に視線を向けるだけでロックオンしていきます。最大八つの目標をロックオンしてミサイルを放出し、一気に殲滅する…それこそ冥界の女神の名を冠するイザナミの真骨頂ですから」


 こんなのが第二次天地戦争中に現れなくて本当によかった。チヒロの説明を受けながら大量のミサイルを一斉発射し、その一発一発がクレイジーな追尾性能を発揮して敵機をバタバタ撃墜していく様子を思い描く。こんなのを三女神が使用していたら…生きて終戦は迎えられなかったかも知れない。


「兵装は操縦桿の横に取り付けられたダイヤルをスクロールさせることで切り替えられます。HMDのバイザーにも投影されますし、操作中は目の前のメインディスプレイにも簡単な説明が絵で表示されますので…」


 説明の途中で突然格納庫に警報が鳴り響く。チヒロも説明を中断し、後に続くだろうアナウンスに神経を尖らせているとヴィンスター艦長の声が聞こえてきた。


「…諸君、残念な知らせだ。フォーリアンロザリオ王国内において、戦闘が始まったとの連絡があった。これよりマホロバ全艦は地上との接続を解除、発進シークェンスに入る。長年に渡るこの穴倉生活を終える時だ。総員、これまで以上に気を引き締めてかかれ! イワヤド・ゲート解放。マスドライバー、射出準備開始!」


 フォーリアンロザリオ国内で戦闘? 敵は誰だろう、昨日のミカエルⅡと同じ? とにかく出撃らしい。


「お二人とも初陣で出撃予定でしたよね。大丈夫です、この子たちが信頼に足る機体であることは私が保証します。最初に搭載していくミサイル、考えておいてください。それでは、フィリル中佐にも機体についてお話させていただこうと思いますので失礼しますね」


 手早く敬礼するとステップを下りてフィー君のいるイザナギの方へ駆けていく彼女の後姿を見送り、手元のマニュアルに視線を落とす。中射程空対空高機動ミサイル「ホノカヅチ」、か。これは何本か使わせてもらおうかな。

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