第188話 蒼穹の艦隊

 火山の名残である斜面を刳り貫く形で開けられたメインゲート。アマテラスがくぐれるようにと高さ200m、幅2kmの隔壁がゆっくりと開け放たれていく。そしてその先に全長15kmも続き、先端に向かうにつれて空へと駆け上がるような斜面が形成されているリニア式マスドライバー。

 元々は宇宙へ物資を届けるためにロケット以外の方法を模索していた頃に考案された技術だが、マホロバを空へ浮かべるために使用することになった。元々着陸を想定していないこの空中艦隊は以後、基本的には衛星軌道上を周回し再突入能力と大気圏突破能力を有する航宙補給艦との接続で補給を行っていくことになる。


「艦内各セクション、すべて異常なし。原子炉1番から4番、臨界運転を継続中」


「複合エンジン1番から24番アイドリング中、すべて正常。出力安定しています」


「マスドライバーとの接続を確認。エネルギー流路、チェック完了」


 アマテラスのブリッジに報告が飛び交い、発進シークェンスも最終段階に入る。さっきヴィンスター艦長も言っていたが、ようやくこのマホロバが暗い格納庫を出て陽の当たる場所へと出る時が来たのだ。


「こちらスサノオ、システムオールグリーン。いつでも行けます」


「ツクヨミです、こちらも発進準備完了。ファリエル様、御下知を」


 随伴艦の二隻から報告が入り、すべての準備が完了する。艦長席の隣に設けられた提督席に座る私はヴィンスター艦長と操舵席に座るディーシェに視線を送り、椅子に取り付けられたマイクを手に取って口元に寄せる。


「アマテラス、ツクヨミ、スサノオ…マホロバの全クルーに告げます。ついにこの時が来ました。この私の呼び掛けに応え、今までついてきてくださった皆さんに今一度心より感謝を申し上げます。愛する同志諸君、本当に有難う。このタカマガハラを一度出たなら、おそらくもう二度と戻ってくることはありません。私たちは世界の国々から軍隊を無くし、唯一無二の軍事力として認知されるべく行動を起こします。しかしそれは武力をもって世界を平定しようとした、かつての暴君と同じ修羅の道なのかも知れません。でも私は信じたい、私の声に集ったあなた方の胸に宿るものは平和を願う真心であると。そしてあなた方の澄んだ瞳に映る私の胸に宿る願いも、狂気などでは無いのだと…。この旅路の果てに私たちは平和を願うすべての人の祈りを受け止める天使と成れるのか、それとも世界に戦禍の炎を降らす悪魔と成るか…今はまだ何も判りません。ですが皆さんが共に歩んでくれるのなら、もはや私は迷いません。私の平和への願いが、皆さんのその純粋な祈りが…偽物だなんて誰にも言わせません。過去を背負い未来を目指し、如何なる苦難が待ち受けていようと歩み続けると誓ったのですから!」


 この日のために用意させた、ドレスと甲冑を融合させたようなデザインの衣装。マイクを持ったまま椅子から立ち上がり、右手を前へ伸ばす。


「空中機動艦隊マホロバ、全艦発進! 作戦コード『カムイモシリ』、状況を開始せよ!」


 その言葉を皮切りに、再び慌ただしくブリッジに報告や連絡の声が木霊し始める。マスドライバーのレールの上をツクヨミ、スサノオ、アマテラスの順で滑るように移動していく。一隻ずつメインゲートを抜けたところで一旦停止し、主翼の中に埋め込まれる形で搭載されたエンジンを限界出力へと上げていく。

 やがて大気圏外まで飛んでいく大型ロケットの推進音のような咆哮を轟かせながらマスドライバーの上を滑り出したツクヨミが先端のジャンプ台から空へと舞い上がる。続いてスサノオも無事に離陸し、アマテラスがマスドライバーと台座と共にゲートをくぐる。


「リニアカタパルト、接続確認。全エンジン、最大出力へ!」


「増速ブースター点火、マスドライバー加速開始までカウント5!」


 アマテラスのBブロックと台座に取り付けられたロケットブースターがそれぞれ燃焼を始め、ゆっくりとレールの上を滑っていく。


「3…2……加速開始!」


 それまでのロケット推進にリニアカタパルトの相乗効果でアマテラスの巨体が徐々に、そして確実に加速させていく。マスドライバーが傾斜していく頃にはブリッジから見える景色は若干恐怖を覚えるような速度で流れていくのが見え、六枚の巨大な主翼が大気を捕まえて揚力を生み始める。加速のためのレールに機体を固定している台座との間で機体がガタガタと揺れるが、マスドライバーの終着点…スキージャンプ台のように反り返った先端に辿り着くと同時にその拘束が解き放たれる。アマテラスは先行したツクヨミやスサノオと同様、滑走時の増速用にと取り付けられたロケットブースターを切り離しても失速することなく順調に高度を上げていく。


「…さぁ、参りましょう」


 ギリギリまで秘匿しておく必要があったため、実際の飛行試験なんて出来ていなかった。それ故にちゃんと飛んでくれるのか、不安が無かったと言えば嘘になる。だがこうして三隻とも空を舞うことが出来ている。針路はフォーリアンロザリオ王国首都、フィンバラ。タカマガハラを飛び立った時の順番と同じく、ツクヨミを先頭にスサノオ、アマテラスの単縦陣で東へと向かう。

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