第186話 同胞への邀撃

 ケセド、ネツァク、ケテル地方の各基地からスクランブル発進したミカエルⅡ。その中で最もフィンバラから近かったケテル地方クローネ基地から飛び立った二機のレーダーが首都へ向け北上してくる四つの反応を補足したのは既に太陽も地平線を離れ、空も青々としてきた頃だった。


「こちらメルシュ6、レーダーコンタクト。方位164、高度3万。IFF応答無し…ビンゴだな」


「こちらでも確認した、だがミカエルⅡにしては反応が小さい。ローレライか?」


 少し待ってみると、搭載コンピュータがレーダーの反応からライブラリを照合し、僚機の予想が的中したことを教えてくれた。基地を空爆したのはミカエルⅡだと聞いていたが、ローレライまで手に入れてたのか。イクスリオテのゾーハル基地は空軍の物だし、ローレライが置いてあったとは考えづらい。どうやら連中のスポンサーは顔が広いらしい。


「なんにせよ、首都には絶対に近づけさせるなってお達しだ。数は向こうのが上だが、ネツァクのヴァリアンテからケルベロスも駆けつけてきてくれているらしい。数分耐えて足止めすればいいだけだ、やるぞ!」


「了解!」


 基地を空爆した連中に敵対意志の有無など確認するまでも無いと、基地から離陸した時点で発砲許可は既に下りていた。最高速度でローレライの部隊へ真っ直ぐ突き進む。数分後、視認出来る距離にまで迫ろうかとした時、四機が散開してこちらを取り囲むような機動を始めた。


「メルシュ6、ボギー・インサイト! エンゲージ!」


「メルシュ7、エンゲージ!」


 FCSを起動して全兵装の安全装置を解除するとほぼ同時に、まだ朝と呼べる澄んだ空に白い飛行機雲で弧を描く主翼の赤いローレライの姿を視界に捕らえた。その中でまず目に留まった一機を目標に定め、機体を捻り込むように回転させながら急旋回させる。後方に回り込めるかと思ったが、まぁそう簡単にはいかない。相手もこちらの意図を察知して旋回し、後ろを取らせまいと複雑な螺旋を描いて逃げ回る。


「逃がすかよ!」


 必死に考えないようにしても、追い掛けている「敵機」はローレライ…フォーリアンロザリオの機体だ。トリガーを引こうとする指に一瞬の躊躇いが、どうしても生まれてしまった。


「…くそ、何故だ。何故こんなバカな真似をした!?」


 ロックオンした敵機に問い質す。もうすぐケルベロス隊からの増援も到着し、そうすればこちらは数的優位も確保出来る。ならばこれを聞くチャンスは今しかないと思った。


「貴様らとて王国に忠誠を誓った軍人だろう、ロイヤルフォースの誇りはどこに行った!?」


「…その王国が、陰で思いもよらぬ闇を抱えていたことを知った。今のこの国は忠誠に値する姿では無い、だから変えるのだ! 我々が忠誠を尽くすに値する国に、あの戦争で散った英霊たちが安心して眠れる国に!」


 突然のロックオンアラート。反射的に攻撃を諦めて右へと旋回させると、別の敵機が後方に迫ってきていた。


「お前たちだって見てきただろう、この七年間を! 戦争が終わって何が変わった? 日々の生活に苦しむ国民に国は何をしてきた? 何が出来た!?」


「だからって…軍人が国から与えられた武力を使ってクーデターなど、起こしていい道理があるか!」


「ここで立たねば、鬼籍に入った先達に報いることがいつ出来ようか。彼らはこんな国を託すために死んでいったのでは無い! これは彼らが夢見た未来を勝ち取るための戦いだ、邪魔をするなぁああッ!!」


 こいつら、機動が鋭くて速い。軽戦闘機であるローレライの機体特性でもあるだろうが、旋回半径が小さく同じ速度と同じタイミングで旋回を始めても少しずつ引き離される。しかもさっきから四機の動きを見ていて、一機だけ別格に素早い奴がいた。おそらくエンジン回りも特別な調整が施されているんだろうが、それだけでは説明がつかないと直感でそう感じる。


「! メルシュ7、上だ!」


 僚機に注意を促した直後、ほとんど回避機動も出来ないまま二機の機動が交差した。僚機の左右両方のエンジンから煙が吐き出す。今すれ違った一瞬で、バルカンでエンジンを二基とも撃ち抜いたのか!?


「ば、馬鹿な!? メルシュ7、エンジンアウト! 駄目だ、パルスクートに緊急着陸を試みる!」


 僚機が推進力を失って降下し始めるのを後目に、そいつは次の獲物をこちらに定めて突っ込んできた。他の三機と同じローレライであるはずなのに、まるでハッツティオールシューネでも相手にしているかのような威圧感に気圧される。正面から迫る敵機の姿をすれ違い様に目で追うと、その垂直尾翼に描かれたエンブレムを見て驚愕する。


「なっ、ヴァルキューレ!?」


 羽飾りがあしらわれた兜を装着した女性のエンブレム。思わず視線がそのローレライに釘付けになって動きを止めてしまった。直後に響いたミサイルアラート…反応が遅れ、左主翼を吹き飛ばされた。


「くそ! メーデーメーデーメーデー、メルシュ6被弾! コントロール不能、脱出する!」


 脱出レバーを引くとキャノピーが炸薬で砕け散り、イジェクションシートと共に体が機外へ放り出される。


「ラーズグリーズより各機、方位310より新たな機影。油断せず行きましょう」


 四機のローレライが再び集結して北北西へ飛んでいく。本当にヴァルキューレなのか? いや、もしそうであるならあの鋭い機動も納得出来る。だが…相手にヴァルキューレがいるとすると、スクランブルで上がった程度の戦力ではとてもじゃないが太刀打ち出来ないだろう。ケルベロス隊にいる元ヘルムヴィーケは今日の式典で飛ぶ予定だったからスクランブルの用意はしてないはずだ。後に残る飛行機雲を見ながら、背筋が凍るのを感じた。

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