第180話 Es ist fünf vor zwölf

 深夜、首都郊外まで戻ってきたぼくは以前から契約していたトランクルームへと来ていた。ぼくがグリフィロスナイツとしての特務に使用する武器はここに保管してある。指先が鋭く尖った金属製のグローブと一体式になった手甲を左腕に装着する。これには内側に炸薬を用いたワイヤーアンカーが内蔵されていて、それほど射程があるわけでは無いが特殊金属繊維を幾重にも編み込まれた特製ワイヤーのおかげで拘束にも切断にも使用可能な代物だ。拳銃と予備マガジンを脇のホルスターに固定し、太腿に巻いたベルトには投擲にも刺突にも使える両刃ナイフを取り付ける。最後に元々は儀礼用の模造刀だったはずだが、特務仕様ということで真剣の刃に付け替えられたサーベルを腰に差して準備完了。


「…さて」


 懐中時計を取り出し、時間を確認すると二三五五。あと五分で日付が変わり、終戦記念日当日となる。おそらく明日ですべてに決着がつく。女王が長年願い続けた夢物語が成就するのか、それとも…。


「いずれにせよ、ひとつの時代が終わる…か」


 静寂に包まれたトランクルームを見回し、武器の一部を入れてあったコンテナボックスの上に腰掛ける。打てる手は打った。ひとまずメファリア准将も無事ルシフェランザへ飛び立てたようだし、海上まで出ればラケシスかアトロポスがエスコートに合流してくれるだろう。敵として何度も戦った彼女たちの実力は嫌というほど身に染みている。三女神のうち一人でも護衛についてくれてればそうそう危険に陥ることは無いと考えていい。それに女王が特務を与えられる人材はそう多くない。女王の名で汚れ仕事を請け負うには、それを遂行出来る能力と決して口外しない忠誠心が必要となる。…もっとも、マリオネイターシステムの端末として改造されてしまっているのならそうした不安も無いけど。


「……」


 マリオネイターシステムは決して女王の命令に逆らわない。自ら判断し思考する人工知能を開発するうえで、まず最初に組み込まれたプログラムがそれだからだ。やろうと思えば与えられた処理能力の限界まで端末を増やすことが出来、それらが収集した経験や技術を集約して自らをアップグレードすることが出来るマリオネイターシステムは、完成すれば国民全員の意思を容易に統一出来る仕組みとして運用することも考えられていた。また、誰かの知識や経験をデータベースに蓄え、それらを別の誰かへとインポートすることが出来るなら、人はそれぞれの独自性をいくらか犠牲にすることで、無限の知識を共有出来る存在へと進化する…なんていうことも考えられていた。

 ただしそれは、開発者側が管理出来てこそ実用化されるべき技術だった。爆発的に知識と技術と経験を蓄積し続け、進化し続けるシステムがスタンドアローンで制御不能となれば、開発者側がシステムの支配下に置かれかねないから。それはさすがにナンセンスと考えたのだろう。

 内容だけを見れば狂人じみたものであっても、女王陛下の進めてきたグロキリア計画の産物たちはどれもこの国の発展に大きく影響を与えてきた。ぼくの体もそう、この体を実験体とすることで医療技術は飛躍的に進歩した。エルダへの実験だって、確立出来るレベルに至ったならば政界に絶えず能力者を参画させる体制を構築出来るようになるはずだった。

 グロキリア開発を進めていくうえで兵器開発も進歩した。ミカエルやゼルエルだってあれを開発するための副産物と言っても過言では無い。高高度大型爆撃機エデンやそれに搭載されたグングニルもそうだ。グロキリア自体、本来なら第二次天地戦争の最中に完成させて戦争終結の切り札として投入されるはずだった。だが思わぬ形で副産物であったはずのゼルエルとヴァルキューレ隊が目覚ましい活躍を見せ、結果グロキリア完成を待たずに戦局はフォーリアンロザリオ優勢に傾いていった。慌ててグロキリアに搭載予定だった新型装備の運用データだけでも採取しようとG型装備などというオプションをゼルエルに搭載してみたものの、その運用データは本国の技術屋共の手元へ渡る前に木端微塵となった。

 それでも計画が進行しているということは、グロキリア…そしてそれと対を成すケイフュージュも飛べる状態までは完成してしまっていると見るべきだ。


「…そんなことをして、一体何になると言うのか」


 この国に古くから伝わる神話…この世界が生まれた時のシーンに登場するのが光を司る白龍グロキリアと闇を司る黒龍ケイフュージュ、そして時を司る女神ペルディーネ。それら三柱の神々が昼の世界と夜の世界、そしてそこに命を芽吹かせ見守る役目を負っている…というのが神話上の設定だ。

 そして神話の中で、天地創造の章のラストはグロキリアとケイフュージュの激しい戦いが描かれる。闇に包まれた世界こそ本来の姿だと主張し、世界を統べる神は自分だけでいいとするケイフュージュとそれを諫めようとするグロキリアの戦い…結局決着はつかないまま、互いに別々の土地で傷を癒しては戦い、傷付いてはまたお互いの根城で回復を待つといったことを繰り返しているとされている。

 それだけならなんてことは無い、どうだっていい御伽噺なのだけど…そのグロキリアが傷を癒しているとされる場所はこのフォーリアンロザリオ国内にある。ダアト地方にある自然保護区レギンレイヴ、そこにある巨大な湖でグロキリアが傷付いた体を休めるシーンが描かれている。ケイフュージュがどこを根城にしているかは明記が無く、海を渡った先にある火山の中だとされている。

 故にかつてフォーリアンロザリオは光の龍グロキリアの住まう神の国だと声高に唱えた政治家がいた。そんな選民思想は世界的な経済不安に陥っていた当時の人々に受け入れられてしまい、驕り高ぶった態度は周辺各国との摩擦を生んで、ついには各地で紛争が起きる事態になった。更にそれらが引き金となってルシフェランザ連邦との最初の戦争…第一次天地戦争へと発展した。

 女王の進めるグロキリア計画の結末は、神話の中に登場する龍を超大型戦闘機という形で再現し、それらを戦わせることで神話のワンシーンを現出させるというものだ。ならばエルダが立ち上がったところで復讐など果たせるはずも無い。彼女やその仲間にグロキリアをどうにか出来るとも思えないし、ディソールが彼女の傍にいる以上その行動はすべて女王に筒抜けなのだから勝機など微塵も無い。だがグロキリアはこの国の守護神でなくてはならない以上、ケイフュージュは敵として現れなくてはならない。ディソールがエルダ側にいるのはこのためだろう。あいつなら確かにケイフュージュの操縦も難無く出来るはずだ。つまりケイフュージュをエルダ側にわざと提供し、飛びかかってくるところをグロキリアで返り討ちにするのか撃退するのか…そのどちらかといったところだろう。

 だが既に女王の脚本にはズレが生じている。おそらくG型装備の運用データ損失を穴埋めするために、実際にあの装備を使用した二人を確保してグロキリアに乗せる算段だったのだろうが…彼らが女王の目の前に現れることも、グロキリアに乗ることももはや不可能だ。そうなればたとえグロキリアが形だけ完成していたとしても、あれに求められる絶対的な戦闘能力は完璧なものとは言えなくなるはず。

 それでも決行すると言うなら、そこまでして成したいこととは何かを直接問い質す以外に無い。グロキリアを創り、ケイフュージュを創り…神話の中の戦いを現実世界に引っ張り出して何になる。その答えがぼくを納得させるもので無いのなら…。腰のサーベルを抜き、垂直に立てた刃の腹に額を当てる。


「…ぼくが、この手で」


 月明かりに照らされて青白く輝く刃。もはや迷いは無い。世界が変わろうとしている。ファリエル議長も動き出すだろう。彼女の説く世界が本当に実現するのかは解らない。でも賭けてみたいとは思った。少なくともこの国の狂った有様よりは夢がある。サーベルを再び鞘へと納め、トランクルームを出る。もうここに戻ってくることは無いだろう。扉を閉める前に少しだけ中を眺め、今となっては忌まわしさすら感じる己の過去と訣別する覚悟と共に…扉を閉めた。

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