第181話 決起の朝

 終戦記念日当日、まだ朝日は地平線の向こうにあって東の空が徐々に白み始めた頃。イクスリオテ公国領内、ゾーハル空軍基地では煌々と明かりが灯っていた。地上戦力の主力部隊は既に出発し、フォーリアンロザリオ王国首都フィンバラを目指し進軍中。戦車と歩兵部隊の一割は国境付近で待機中だ。今のところ、妨害に遭ったり感づかれた様子は報告されていない。ディソールからは当初奪取する計画だった一番機は未完成らしく、既に完成している二番機を奪うと連絡があった。こちらからの航空戦力が王国領空内へ侵攻し、空軍の迎撃機が出てくる頃に合流する段取りに変更した。

 そして今、駐機場には主翼を赤くペイントされたミカエルⅡとローレライが出撃の時を待ってエンジンを温めていた。総勢二十八名のパイロットたちは既にみんな耐Gスーツに身を包み、手には盃を持っている。


「まずはみんな、今日まで私についてきてくれて有難う御座います。おかげでついにこの日を迎えることが出来ました…国民を蔑ろにし、宮殿で安穏と暮らす女王に裁きの鉄槌を下す日を。私は人知れず国に心と体を弄ばれた挙句、骸となった声無き生贄たちの叫びを陽の当たる場所へと引き摺り出し、全世界に彼らが確かに存在したことを知らしめるために。みんなは戦後から続く不況に喘ぐ国民に人並みの生活を取り戻すためであったり、大切な誰かのためであったり…最終的な目的は違っても、辿る道を同じくしてくれたことに改めて感謝します。今日はあの戦争で亡くなったすべての魂に鎮魂の祈りを捧げる日…そんな日に決起するのは、英霊たちの眠りを妨げる行為かも知れません。だけど見て御覧なさい、今の王国の有様を。裏で続けられた非人道的な人体実験や用途不明の兵器開発、そのせいで後回しにされた国民への生活保障…多くの分裂国家を生んでもまだ女王は私たちの声を聞こうともしない。こんな国のために死んだのか、あの大戦に散った英霊たちは!? 平和な世を、愛する国に住む大切な人たちが安心して笑顔で暮らせる日々を取り戻すために戦ったのでは無かったか!? その礎になるのだと信じて死んでいったのでは無かったか!?」


 私の声に応えてくれた兵士たちは皆、あの戦争を生き延びた者たちだ。その胸裏には私が示して見せた王国の暗部と現状への不満が渦巻き、瞳に怒りが燃えている。


「決起した私たちが作戦を終えた時、それでも私たちは祖国に弓引いた逆賊として語られるかも知れない。でもそれはもはや汚名などでは無い。私たちはただ…取り戻したいだけ。祖国を、私たちが誇れる姿に…私たちが愛せる姿にしたいだけ! 私たちは祖国に反逆するのでは無い、唯一人…国民の信頼を裏切った女王へ反旗を翻す愛国者の群れ。己の心に翼を抱き、その翼に誇りを持つ戦士たちよ。王国の膿を出し切り、在るべき姿を取り戻そう! その時にこそ私たちは、鬼籍に入った英霊に胸を張って会いに逝ける。たとえ反逆者の謗りを受けようと、私たちの決起は必ずや国民の目を覚まさせる!」


 水が注がれた盃を目線より上に持ち上げる。


「フォーリアンロザリオ、万歳!」


 私の声に続いてその場の全員が復唱し、水を一口に飲み干すと空になった盃を地面へと叩きつけて割る。


「各員、状況開始。健闘を祈ります」


 一斉に散り散りになって各搭乗機へと駆けていくパイロットたち。夜明けを合図に戦車を擁する部隊がフォーリアンロザリオ王国のビナー地方へと侵攻を開始。その間に航空戦力が首都フィンバラを目指し一気に駆け抜ける。とにかく軍や政府中枢を混乱させるのが目的だ。そうすれば今日の終戦記念式典を続行するなどということにはならないだろう。女王は宮殿に張り付けになるはずだ。そこへ既に王国内部へ先行潜入させてある部隊が雪崩れ込む作戦。本命はこの地上部隊、他はすべて陽動だ。

 ディソールに奪取を命じたグロキリア及びケイフュージュは女王がこのタイミングで出してくるだろう切り札を先に封じるためでもあるが、迎撃に上がってくる空軍のミカエルⅡや陸軍の攻撃ヘリ、そして作戦を練るうえで出てきた、グロキリアとケイフュージュが両方とも完成していた場合も想定すべきとの意見への対応策でもある。ディソールはケイフュージュしか完成していないと報告してきたし、彼を疑うわけでは無いが…元々二機とも完成していた場合はいずれかとの空中戦は避けられないと考えられていた。

 これまであらゆる手を尽くし情報収集を試みたが、グロキリアについては戦時中に調べたというシルヴィの情報が精一杯、ケイフュージュに関してはまったく情報が無い。こちらも神話の龍を名乗るのだから、グロキリアと同等の性能を持っていると思われるが…その辺りに関してディソールからの報告は無い。


「まぁ、もはやそんなのどうでもいい…」


 私は基地の中へと足を進める。屋内にある会議室にカメラとネット放送環境を整えてある。エティカレコンクィスタのリーダーとして、声明発表ぐらいはすべきだろう。

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