第179話 こじらせた想い
「え、えっと…ミレットとも戦争中のことはお互い話題に出さないし、敵同士だった時のことなんだからそれはお互い忘れようよ。今更掘り返されても楽しい話じゃないし、ね?」
フィー君をちらりと見るけど、特にこれに関して異論も無さそうだ。ミコトが顔を上げ、私の顔を見て目を潤ませる。
「な、なんと寛大な御言葉…さすがはフィリル様、そしてフィリル様に認められその寵愛を受ける御方!」
…あれ、なんか地雷踏んじゃったみたいな不安感。
「あの! わたくし、お二人に是非とも聞いていただきたいお願いがあるのです!」
「お、お願い?」
もはや嫌な予感しかしない。彼女の見開かれた両目にはさっき見たばかりの狂気に彩られた輝きが見える。
「是非ともわたくしにも、フィリル様の御子を孕むお役目を…!」
「却下!!!」
反射的に声の限り拒絶を叫ぶ。いきなり何を言い出すんだこの人は。
「そ、そんな…! 何故ですの、ティユルィックス様!?」
「何故も何も無いよ! 何を血迷ったこと言ってるの!? フィー君は私の旦那様なんだから、フィー君の子供は私が産むの!! 奥さんに面と向かって子供を孕みたいとか言うなんて、頭おかしいの!?」
「おかしいことなんてありませんわ。女なら誰しも優秀な男性に惹かれるもの、そして優秀な男性の子孫は多く後世に残されるべきですわ。それが自然の摂理ですもの、人間とて自然に生きる動物なのですから人間にだけ当てはまらないなどという道理は無いはずですわ」
「もっともらしいこと並べ立てたって無駄だよ! そんなの認められるわけが無いし、フィー君の奥さんは私だけなの!」
一瞬、ミコトはきょとんとしてからくすくすと微笑する。
「わたくしはマグナードの名が欲しいのではありませんわ、フィリル様の寵愛はティユルィックス様だけのものですもの。わたくしはフィリル様の子の苗床となれれば充分幸せなのです。あ、ではこう致しませんか? これからもお二人は御子を成すのでしょう? 人間の妊娠期間はおよそ十月十日と申します。その間だけ、フィリル様の夜伽をわたくしに…」
「コ・ト・ワ・ル!!!」
な~にが「こう致しませんか?」だ! 夜伽って要するに夜の相手ってことでしょ? いくらなんでも子の苗床になれればとか…同じ女性として彼女の言葉にはこれっぽっちも共感出来ない。言いようのない嫌悪感が心を満たしていく。ヤバイ、やっぱこの人とはどうにも相容れない。
「人は物事の真価を相対的にしか見ることの出来ない哀しい生き物…。フィリル様とティユルィックス様の愛が真実なものであることを証明するためにも、是非わたくしを卑しい噛ませ犬に!」
今まで必死に抑え込んできた何かが、堰を切って膨張し増幅され溢れ出てくるのを感じた瞬間…私の体は無意識に渾身の力を右手に込め、音速の壁さえ突破しそうな勢いで拳を彼女の左頬へと打ち込んでいた。
「私のフィー君への愛は絶対的なもんだぁああぁああぁああああっ!!!!」
ぜぇぜぇと肩を揺らして呼吸を整えるティクスと、綺麗な刺繍が施された民族衣装が無残に着崩れたまま床に突っ伏して動かないミコトを交互に見る。どっかで見た光景だと思えば、カイラスとアトゥレイの痴話喧嘩のラストが大体こんなだったな…と過去の記憶へ現実逃避するのは決して悪いことでは無いはずだ、うん。
「不快な思いをさせてしまい、重ね重ね…申し訳御座いません」
左手を額に当てて渋い顔のファリエル議長。ディーシェントとミコトは暴走スイッチがあり、それにミレットは戦闘狂…。今でこそ独立国家となった地域を切り離して多少縮小したとはいえ、広大な領土を持つルシフェランザ連邦を統べるこの人のストレスの一因にこいつらは確実になっていると思う。まともなのはレイシャス大佐だけか、プラウディアでも停戦命令後の戦闘を止めようとしてたしな。
「いや、オレはティク…妻が盛大に怒ってくれたおかげか、『あ、こいつは相変わらずなんだな』程度にしか思ってないのでいいんですが…」
ティクスを見るとミコトに鉄拳を見舞った右手をさすってるが、呼吸は大分落ち着いてきていた。…しかしその横顔にはまだ怒りが見える。
「…少しはスッキリしたか?」
半ば返ってくる言葉には予想がつきながらも訊いてみると、案の定「全ッ然!」と即答された。
「ミコトには後程よく言い聞かせておきます。彼女には格納庫にて艦載機の説明を頼みたかったのですが…これでは難しいですね、今日のところはここまでとしましょう。部屋を用意させますので、ゆっくりお休みください」
ファリエル議長がミコトの頬をぺちぺちと叩いてみるが起きる気配は無く、諦めてブリッジの出入り口へと歩き出す。確かに今日は随分長いこと飛んだ。スプリガン基地を離陸してから東の海域で空中戦をやり、内陸まで逃げてから空中給油を経てここまで一気に北上してきた。今の今までなんだかんだ色々あり過ぎたせいで気を張ってられたんだろうが、気付いた瞬間体に疲労が重くのしかかってくる。
もうちょっとヴィンスター艦長とも話をしたかったが…見ればティクスもさっきのやり取りで消耗したのか、大分足がふらついている。
「では、御言葉に甘えさせていただきます。ヴィンスター艦長、積もる話はまたの機会にでも」
ヴィンスター艦長に敬礼すると、アレクトにいた頃と変わらないキレの良さで敬礼を返してくれた。ティクスの肩に手を回して支えてやりながら、ブリッジを出るファリエル議長の背中を追う。
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