第178話 呪うよりも、嘆くよりも

「このアマテラスの全体指揮は彼に任せています、事戦いに関して言えば私は素人ですからね」


「だが艦隊の総指揮権は議長にある。いや、もはや『議長』ではなく…例えば『提督』とでもお呼びすべきかな?」


 二人の会話の様子を見る限り、ヴィンスター艦長は昨日今日来た…という感じではない。


「終戦後、引退されたと聞いていましたが…」


「ああ、私も軍を抜けて静かに余生を送るつもりだったんだがな…。ある日イーグレット・ナハトクロイツ大尉が我が家を訪ねてきてね、説教されたよ」


 説教…というのは意外だったが、ヴィンスター艦長がその時の状況を語るとその時の情景が脳裏に浮かび、イーグレットの声が聞こえてくるようだった。


『あなたは若者が戦場に立たなくて済む世の礎となれ、とぼくたちに言った。若い命に戦いを強いる大人の愚かさと、そんな状況を招いた大人の無能を許すな…とも。若者たちの死に痛む胸があなたにあるのなら、どうか逃げないで欲しい。自らの愚かさを呪うよりも、無能を嘆くよりも…あなたには戦争を無くすための戦いを継続してもらいたい。現実に抗い続けて欲しい。あなたも若者たちに戦いを強いた世代の一人だと自覚するのなら、あなたこそが戦争を無くす努力をするべきだ。でなければ…あの戦争を生き抜いた若者たちは、何を道標に未来を歩けばいい? 戦争を始めた大人たちのすべてを否定してしまったら、若者たちは誰を信じて未来に夢を描けばいい? 若者たちの死に責任を感じるのなら、責任も果たさず逃げた先に平穏などあるはずが無い。あなたには…あなたが成すべきことが、まだあるはずだ』


「…戦時中に見た彼は、いつも何かを諦めているような眼が印象的だったが、自分が目指す未来と叶えたい夢を見付けたようだ。あのような眼でそんなことを言われては…立たずにいられなくなってな。それが四年ほど前だったか、以来ここで世話になっている」


「そうでしたか、イーグレットが…」


 いつも気配までおぼろげになるぐらい、あまり自己主張もしなければ積極的に他人と接点を持とうとはしないタイプだったように思う。そんなあいつが、なんだかアツい台詞を吐くようになったとは嬉しいニュースだ。思えば定期的にスプリガン基地へルシフェランザ軍の戦術研修目的で訪れるアトゥレイとメルル以外の元ヴァルキューレ隊メンバーとは会う機会がなかなか作れてなかった。今頃みんなどうしてるんだか…。


「彼らには例の機体を?」


「ええ、そのつもりです。これから格納庫へ向かおうかと…」


 例の機体…とは何か特別な機体が…とその時、オレたちが入ってきたのとは反対側のドアが開き…オレやティクスの履いてるような軍用ブーツともファリエル議長が履いてるパンプスとも違う足音が聞こえてきた。


「ファリエル様、こちらでしたか。各部の最終チェックはもう間もなく完了いた、し……ま?」


 紫色の髪を結い、どっかの民族衣装のような服を着た…これまたこの場に似つかわしくない女と視線が交差する。…なんだか、頭の中にミサイルアラートのような警報が鳴り響くのを感じた。口をパクパクと金魚のように二度三度開閉させ、頬は徐々に紅潮して目が潤んでいく。視界の隅でファリエル議長が素早く両耳を塞ぐ様子が見えた直後、空間を切り裂くような怪音波とも表現すべきけたたましい悲鳴がブリッジに響き渡った。




 突然の悲鳴に聴覚を貫かれ、甲高い耳鳴りに平衡感覚が麻痺して視界が歪む。


「フィリル様、いつこちらにいらしたのですか!? アマテラスの艦橋にいらっしゃるということはフィリル様もわたくしたちと共に歩んでいただけるということでしょうか!? そうですね、そうなのですね!? まぁなんということでしょう、このタカマガハラでフィリル様とお会い出来ようとは! 感激ですわ、感動ですわ!! かつて敵同士だったわたくしたちが時を経て互いに手を取り合える間柄となり、同じ未来を目指し歩む…なんという奇跡、なんという運命なのでしょう!!!」


 彼女の纏う民族衣装の実用性…は、あまり無さそうな大きく垂れた袖を振り回しながら踊るようにクルクルと回り出すミコト・タチバナ大尉。エンヴィオーネ戦でレイシャス・ウィンスレット大佐と一緒にフィー君と私を撃墜した張本人だ。


「ミコト…」


「互いに手を取り合い、同じ未来を…!? 嗚呼、そんな…いけませんわ! 貴方様には既に妻子もいらっしゃるのに! でもでも…貴方様に求められたなら、どうしてわたくしに拒むことが出来ましょう? わたくしは口ではいけませんなどと言いながら、それでも貴方様を慕う気持ちに抗えず体を許し、ついには身籠ってしまうのです。ですが貴方様の幸せを壊すことなど出来るはずもありません。そっと姿を消してわたくしは生まれた不義の子と二人、真実は墓まで持っていくという決意を胸に刻んで生きていくのです。いずれ父親のことを訊ねられてもただ立派な方でしたよと固く口を閉ざし、たった一夜だけでも貴方様の妻になれた悦びを支えに生きていくのですわ! きゃっふぅぅうう、悔い無し!!!」


「ミ! コ!! ト!!!」


「ひゃい!?」


 ファリエル議長の本日二度目の怒鳴り声に、妄想世界を旅行中だったミコト大尉も現実世界へなんとか帰還する。


「あなたも自制が効かないのですね、慎ましくしていれば美人なのに…玉に瑕とはまさにあなたのそれを言うのでしょうね」


 ミコトがフィー君への愛情をこじらせてるってミレットから聞いてはいたけど、ここまで強烈だとは…。もうどこから突っ込んでいいのやらさっぱり解らない。


「あ、あらあら…これはとんだ失礼を。お見苦しいところをお見せしてしまいました、申し訳御座いません」


 お腹の辺りで両手を重ねて頭を下げるその所作は先程までの狂人っぷりが嘘みたいに美しく、同時にファリエル議長が頭を抱えた意味が理解出来た。…確かに黙ってれば、美人なのに。


「ですがファリエル様もお人が悪いですわ、フィリル様がご到着されたのなら知らせていただければよろしかったのに…。わたくしにも心の準備というものが御座います」


「あなたの場合たとえ幾重に準備をしようとも、いざ目の当たりにしてしまえば自分を抑えられないだろうと察しての判断です。なんですか、先程の独り芝居は…」


「予期せぬフィリル様との邂逅に胸の内から迸る夢が溢れ出てしまっただけですわ!」


 そう断言した直後、ばつが悪そうな顔をしたミコトがこほん、とひとつ咳払いをするとフィー君と私に向き直って改めてお辞儀をする。


「改めまして…ようこそタカマガハラ、ようこそマホロバへ。ミコト・タチバナで御座います。ミレットお姉さまが日頃お世話になっております。フィリル様、そして奥方のティユルィックス様…こうしてお会い出来る時を一日千秋の思いでお待ちしておりました。戦時中、特にあのエンヴィオーネでの戦にて、多大な苦痛を与えましたこと…深く陳謝致します」


 そう言って深々と頭を下げるミコト。ミレットとは基地で毎日一緒に過ごしてたし、レイシャス大佐とも何度か会った覚えがあるけど、考えてみれば戦後七年が経つのに彼女とこうして面と向かって話すのは初めてだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る