第177話 タカマガハラ

 フォーリアンロザリオ軍のトップガンであり、あの第二次天地戦争において運命の三女神隊のみならずディーシェさえも退けたパイロット。あの戦争の英雄として知られる彼らを仲間に加えられた意味は、おそらく彼ら自身が思うよりもずっと大きい。ヴァルキューレの名はこの連邦内においても有名であり、もはや世界で知らない人はいないと言っても過言ではない。そんな彼らが戦争を無くすために私と共に立ってくれる…これが世界に与える衝撃は決して小さくないはずだ。隔壁を開け、タカマガハラの中へと二人を案内する。


「な、なんだこれ…」


「おっき~ぃ…」


 二人の見上げる先には、グロキリア計画の中で生み出されたフォーリアンロザリオの技術とハッツティオールシューネ開発・改良の中で磨かれてきたルシフェランザの技術…二ヶ国の結晶たる翼。カルデラの底とソーラーパネルが乗せられた蓋との間に作られた広大な空間を利用して建造してきた、計画の要。


「あちらの二対の主翼を持つデザインの機はTFB‐03『スサノオ』、長距離打撃戦を担当します。続いて水平尾翼の翼端に垂直尾翼を持つあちらはTFD‐02『ツクヨミ』、近接防御と電子戦などを担当します」


 彼らが驚くのも無理は無い。空中機動艦隊という既存の航空機の概念には当てはまらないコンセプトで造られており、造り上げた三機すべてが「艦」の名に相応しい巨体を有している。一番小型のツクヨミでさえ全長は380mで全幅500m。スサノオも全長450mで全幅550m、ただしスサノオには可変後退翼が採用されているため、主翼を広げた状態では全幅600mにもなる。だがそんな充分規格外である二機を遥かに凌駕する巨体を持つ機体こそ、マホロバの要となる艦。


「そして三対の主翼を持つこちらが…三十機の航空機を搭載し、補給・整備能力を有するTFC‐01『アマテラス』です」


 全長630m、全幅に至っては1180mと他二機と比較しても二倍以上の巨大な翼を持つアマテラスは…まさに規格外の非常識と言えよう。この艦を建造するためにタカマガハラは造られたと言ってもいい。


「…ルー・ネレイスより遥かにデカいぞ」


「なんだか…巨人の国に迷い込んだか、自分が小人になった気分だね。スケール感がよく解んなくなるよ」


 フォーリアンロザリオ王国海軍を象徴する巨大戦艦、ルー・ネレイス。プラウディアの決戦において基地へ艦砲射撃を行った、現存する最後にして史上最大の戦艦。今はあの戦争を後世へ伝えるための記念艦として桟橋に固定されているそうだが、その巨大戦艦でさえ全長は300mに満たない。アマテラスの全長はルー・ネレイス級戦艦の二倍以上ということになる。おまけに全高150m…こちらをルー・ネレイス級戦艦の艦底から艦橋頭頂部までの約50mと比較しておよそ三倍。


「御二方には私と共にこのアマテラスに乗艦、艦載機部隊を率いていただこうと考えています」


 目の前のアマテラスを仰ぎ見る二人にそう告げると、揃って「はぁ…」と何やら呆けたような返事をしてからゆっくり私を見て…それから同時に「共に!?」と驚きの声を上げた。


「え、議長もこれに乗るのですか?」


「ええ、そのつもりですよ? これも先程申し上げたではありませんか、『私自ら先頭に立ち、志を同じくしてくれた方々と共に目指す未来への道を歩みたい』と」


「しかし、危険では!? こんな巨体、浮かべるだけでも大変そうなのに…これだって戦場を飛ぶのでしょう?」


 マグナード夫妻の言いたいことは解る。私のような者が戦場に立つな、ということだろう。しかしそれでは私の気が済まない。


「危険を誰かに背負わせて己の願いを他人任せにするのも嫌なら…あの戦争の時のように大切な人々が苦しむ姿をこの目で見ることさえ叶わないまま、失われていく命を書面の数字だけで片付けるのも御免なのです。私には戦闘機を操ることも、銃を扱うことさえ出来ません。しかし、ならばせめて…共に戦場に立ち、見届けさせて欲しい。皆さんが戦うその場にこの身を置き、私も共に居ると…言わせて欲しい。それにご安心ください、防御能力には力を注ぎました」


 彼らに見せたいものはまだある。アマテラスの物資搬入ゲートから二人を内部へと案内する。




 ファリエル議長の先導でアマテラス内部をブリッジ目指して歩いていく。左右計六枚の主翼を持つこの機体…いや、この艦は大きく分けて三層構造になっている。外から見た時もまるで全翼機が三機積み重なったような姿という印象だった。

 ブリッジなどの管制区画や対空兵装区画、幹部用居住区画が収められた最上部のAブロック。艦載機の発着艦設備や格納庫などの整備区画、一般居住区画を収めた真ん中のBブロック。原子炉区画と対地・対空兵装区画、連絡機格納デッキが収まる最下層Cブロック。各ブロックは六枚の主翼を繋ぎ、垂直尾翼として方向舵の役割も担う支柱の中や艦中央に設けられたエレベーターや階段を通って移動することが出来る。

 通路に窓が無いせいもあるだろうが、歩けど歩けど今どこを歩いてるんだか解らなくなるほど巨大な空間が広がっている。アレクトの艦内を初めて歩いた時も大きい艦だと思ったが、ここは本当に見取り図無しじゃ目的地に辿り着ける気がしない。作業着姿の整備兵が点検作業をしているその脇をすり抜けてエレベーターでAブロックまで一気に昇り、ブリッジに出る。


「艦長、新しいクルーですよ」


 アレクトのCDCと比べて二、三倍ぐらいありそうなブリッジに入るなり、議長がその中央に座る初老の男性に声を掛ける。…あれ、この人どっかで見た覚えがあるような?


「おや、君たちか。久し振りだな、ブリュンヒルデ」


 声を聞いた途端、記憶がフラッシュバックして目の前の人物の名前を思い出す。


「ヴィンスター艦長!?」


 戦時中ヴァルキューレ隊が母艦としていた空母アレクトの艦長、ホルンスト・ヴィンスター。今日は驚いてばかりだ。ミカエルⅡに追い回されたらラケシスに助けられ、ルシフェランザのお姫様に勧誘されて馬鹿デカい飛行機の群れを見せられて、昔の上官とこんな不思議の国で会うとか…終戦記念日を前に重なり過ぎだろ。

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