第176話 マホロバ
ファリエル議長の表情に、一層の険しさが刻まれる。
「ここにお招きした理由が二つあると言いましたね。ひとつは御二方のご友人である、イーグレット・ナハトクロイツ殿から『その時』が来た際の保護をお願いされていたからです。最初に伺った時には俄かに信じ難いお話でしたが、フォーリアンロザリオ軍機による襲撃…彼の予測は正しかったようですね」
イーグレットが? そっか、グリフィロスナイツだもんね。でもファリエル議長の「彼の予測」という言葉…てことは、イーグレットも事前にすべてを知ってたわけでは無かったのか。
「王国の裏側に御二方を巻き込みたくない、彼はそう仰っていました。そして二つ目の理由、それは…是非とも御二方の力をこの私に貸していただきたい。その請願を…直接お伝えしたかったからです」
「力を貸す? 王国軍機の襲撃から救っていただいたことには感謝致しますが、だからって小官等にルシフェランザ軍へ鞍替えしろと?」
フィー君の質問に、ファリエル議長は首を振る。
「言いましたよ? 御二方の力を借りたいのは、『私』であると。私は今、多くの同志と一緒にこの世界の在り方を大きく変えるための計画を進めています。膨大な時間をかけて、ようやく行動に移せそうなところまで辿り着きました。これは連邦とは無関係に、私が独自に起こす行動です」
「…議長の、計画って?」
恐る恐る訊いてみる。さっきまで壮大なスケールの話を聞かされていると、これまたとんでもないことに巻き込まれるんじゃないかと思えてしまう。
「…世界各国が個々に保有する全軍の武装解除、そして世界に唯一無二の軍事力としての国際武装警察機構の樹立です」
やっぱりとんでもないことだった! え? 全世界の武装解除って、そんなこと言ったら戦争になるんじゃ…それに国際武装警察機構?
「無理だ、出来っこない! 世界にいくつ国があって、いくつの軍隊が存在していると…」
「困難な道であることは承知しています。反発も避けられないでしょう、しかし世界から国家間の戦争を無くすためにはやらねばならないのです。それぞれの国にそれぞれ主義主張があり、様々な要因で発生し得る摩擦に振り回されてしまうような軍事力ではまた戦禍の火種が生まれてしまう。ならばそれを逆手に取り、国際的な連合組織による軍事力の管理を徹底し、多様な国家間の思惑という鎖で縛り付ける。しかしそれを実現するうえで国力の差が発言力の差になってしまっては意味が無い。仮にそうなってしまったとしても、ストッパーとなる国が必要になる。その点に関しても当てはあります」
ファリエル議長の唱える全世界の武装解除と、唯一無二としての武装警察機構…つまり世界の軍を一本化して、アルガード連合みたいな国際機関がその管理を担うってこと?
「…それで、戦争は無くなるとお考えなんですか?」
「解りません。ですが世界が軍縮に向かっている今こそ、世界の在り方を変えるべき時であると考えます」
そうなのかも知れないけど…次の言葉が見つからず頭を悩ませていたらフィー君が一歩、ファリエル議長に歩み寄る。
「小官等は政治家ではありません。世界の正しい在り方など判りませんし、論じるべき立場にないと判断致します。ただ議長、ひとつお聞かせいただきたい。議長はその計画をルシフェランザとは無関係に起こす行動だと仰った。何故そこまでされるのか」
「後世に禍根を残さないためにも、どこか一国が主導して行われる行動であってはならなかった…それが主な理由ですが」
それまで張り詰めた険しい表情をしていたファリエル議長が、ふっと自嘲気味な笑みを口元に浮かべる。
「何より、今お話しした内容はすべて…ルシフェランザ連邦評議会にも内密に進めてきた計画です。要するに我侭なんですよ、私の…。ならば私が痛みを伴わないわけにはいきません。私自ら先頭に立ち、志を同じくしてくれた方々と共に目指す未来への道を歩みたい。そう思ったからです」
その言葉を聞いた時、私の中で少し…高揚感のようなものが芽生えたのを感じた。それでも、聞くべきは聞いておこうと口を開く。
「もしここで、議長のお誘いを断れば?」
「そうですね、その場合は…ここまで北上していただいたのに申し訳ないのですが、陸路にて南下してウェルティコーヴェンへ向かっていただこうと思います。フォーリアンロザリオ本国やスプリガン基地へ帰すのはイーグレット殿の意に反するかと思いますし、万一に備えてバージルとクロエに御子息と御息女を保護させておりますので」
ウェルフィーとフリッツも…。なんだかここまで来ると、もはや選択肢は無いように思えた。
「今一度お聞きかせ願いたい。戦争は…無くせるとお考えか?」
さっき私がした質問を、少し言葉を変えてフィー君が改めて訊く。
「無くしてみせます。ファリエル・セレスティアの名に懸け、これまで私を信じて道を同じくしてくれた方々のためにも…。私は文字通り身命を賭して、その御恩に報いる所存です」
議長の言葉を聞き、その目を見つめていたフィー君が…ふぅ、とひとつ息を吐いた。
「…すまん、ティクス。オレは議長の話、乗ってみようと思う」
なんとなく予想はしてた言葉。ついさっきミカエルⅡに攻撃されたんだし、しばらく国には帰れない。それに助けてもらった恩もあるわけで、ちょっと発想がぶっ飛んでる気がしなくはないけど…戦争を無くしたいって強い気持ちは充分伝わった。フィー君が引き受けたくなった気持ちも理解出来るし…。
「うん、まぁそうだね。戦争を無くす…出来るか解らないけど、そのために何かお手伝いが出来るなら」
「……有難う御座います。フィリル・フォーリア・マグナード様、ティユルィックス・マグナード様…御二方に心よりの感謝を。そして心より歓迎致します。ようこそ、マホロバへ」
本当に嬉しそうに微笑むファリエル議長の姿は、まさになんというか…女神様のようだ。背後に眩い光と白い羽でも現れそうな…ルシフェランザの人たちが憧れるのも解る気がするなぁ。
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