第174話 導きの先で
ラケシスに言われた通りに飛んで行ったら本当に空中給油機がいて、給油を受けた後は北へと進路を取った。ルシフェランザ領空内を北上していった先で、新たなエスコート機と合流。ハッツティオールシューネの反応にラケシスが追い付いたのかと思いきや、まさかのアトロポス登場に驚かされた。ここまで来るとクロートーまで出てくるんじゃなかろうかと警戒したが今回あいつは一緒じゃないらしい。
三機で時折迂回しながら、ひたすら北へ飛ぶ。それはまるで第二次天地戦争の軌跡を辿るようなコースだった。アトロポスとの合流前にはエンヴィオーネ上空を抜けたし、グラトーニア、ヴラトフ、ファウルハイト、グリーダース、そして…。
「プラウディア…」
眼下に広がる巨大な円形要塞…七年前の激戦がフラッシュバックする。第二次天地戦争最後の戦闘が行われ、あの戦争における戦闘行為の中で最も犠牲者の多かった大攻防戦。東に広がる海の底には空母フォルトゥナを含むあの戦いで沈められた艦の残骸が今も横たわっている。
「懐かしいわね、あれからもう七年か」
アトロポスは微笑み混じりに言うが、正直あまり思い出したくない記憶だ。あまりに多くの命がたった三十時間の中で失われたのだ。気持ちのいい話では無い。
「何故このルートを選んだんだ?」
「このルートが安全性と飛行時間の短縮を両立するルートだったからよ。連邦の関係各所にも今日このルートをフォーリアンロザリオ軍機と飛行する申請を通してあるしね」
確かにこれだけルシフェランザ軍の重要拠点を巡るルートならさっきみたいにミカエルⅡに襲われる、なんてことにはならないだろうが…。プラウディアを抜け、ケリオシアに入る。
「しかしラケシスもそうだったが、あんたもオレたちの知らないことを知ってそうだな?」
ゼルエルのセンサーを潰すほどのジャミングを予期していたかのように無誘導兵器で武装していたラケシス、何かからの襲撃を警戒するかのように完全武装したアトロポス、それに広域レーダーには東の洋上を二機編隊で飛行するルシフェランザ軍機の姿がいくつも確認出来る。海の向こうはフォーリアンロザリオしかないはずで、王国軍の襲撃を想定した警戒網であることは明らかだった。
「さて、どうかしらね。その話は目的地に着いてからゆっくりしましょ? どのみちこの遊覧飛行もあと少しだから」
間もなくルストレチャリィに差し掛かろうかとした時、アトロポスが徐々に高度を下げていく。見えてきたのは夕日に照らされた巨大な太陽電池群。ドデカい火山のカルデラを埋め尽くすその規模に圧倒される。
「ニザヴェリル…昔は結構活気があった鉱山都市だったんだけどね、今じゃご覧の通り死火山とメガソーラーの町よ。あそこに降りるわ」
「いやいやちょっと待て、ソーラーパネルの中に突っ込ませる気か?」
「そんなわけ無いでしょうに…。カルデラの麓、北側に一本幅の広い道路が見える? あそこに着陸するの」
言われてみれば確かにひとつ大きな道路が滑走路のように真っ直ぐ北へ伸びていて、一方はおそらくルストレチャリィ方面に、もう一方はカルデラの麓に開いたトンネルへと続いている。何か大型機材の搬入とかに使われているのだろうか? とりあえず先行するアトロポスに習い、ランディングギアを出して着陸態勢を整えて降下。陽に陰ってはいたが、アトロポスのガイドもあったおかげで思いの外すんなり降りることが出来た。
減速しながらも道路の上を火山へ向かってタキシングしていくアトロポス。ついにはトンネルの中へと入っていき、どうすればいいのかも解らないままとにかく彼女の後ろについていく。シェルターのようなトンネル内は橙色の照明がアーチ状の壁面に取り付けられ、中を明るく照らしていた。
「まるで格納庫だな…」
「それ正解よ? ここに限らず、ルシフェランザ国内の主要高速道路にあるトンネルは有事の時には戦闘機の臨時格納庫として使えるように設計されているの。まぁ、そうは言ってもここはちょっと特別ね」
最後尾のティクス機がトンネル内部へ侵入したのを見て、アトロポスがギアにブレーキをかける。約20m前後の間隔を空け、こちらも停止。
「さて、この奥に私やミレットにあなたたちをここへ連れてくるよう依頼した人がいるわ。機体から降りてついてきて」
アトロポスのキャノピーが開けられ、レイシャス・ウィンスレット大佐が地面に降りるのが見える。まぁここまで来てしまっては指示に従う他無い。補給した燃料も大分底が見えてきており、何も武装を積んでいない丸腰のゼルエルでは兵器としての役には立たない。キャノピーを開けてヘルメットを外し、機首側面を伝って地に足を付ける。
「…ここ、昔噴火した火山の中なんだよね? なんだか怖いなぁ」
ティクスが不安げに辺りを見回すが、さっきのアトロポスの話じゃ昔この周辺は鉱山都市だったらしい…てことは随分前から活動の無い火山だってことだ。死火山だとも言っていたんだし、いきなりドカンと来ることは無い…と、そこに関しては安心していいはずだ。どんどん奥へと進んでいくと、トンネルの端から端までを完全に分断する巨大な隔壁が見えてきた。そこに書かれた「高天原」の文字…なんて読むんだ、これ?
「戻りましたか、レイシャス」
隔壁に書かれた文字に気を取られていたら、どっかで聞いたような覚えのある声がする。物々しい隔壁の隣に設けられた扉から、この場に不釣り合いなぐらいに華やかな白いドレスを纏った女性が歩いてきていた。
「はっ、フィリル・フォーリア・マグナード中佐、ティユルィックス・マグナード少佐の両名をお連れし、レイシャス・ウィンスレット、唯今帰還致しました」
「ご苦労様でした。ミレットもこちらに向かっています、間もなく到着するでしょう」
レイシャス大佐が仰々しく右手を左胸に当てて頭を下げる。威圧感…とは違う、威厳と慈愛を兼ね揃えたような雰囲気を持つ女性。その雰囲気と顔を見て漠然と感じていた既視感に合点がいった。
「ファリエル・セレスティア…!?」
思わず声が出てしまい、ハッと我に返る。一国の元首を呼び捨てとはさすがに不味かった。
「ヴァルキューレぇぇぇええええぇえええっ!!!」
これまた聞き覚えのある怒声。銀髪で顔の左半分を隠した男が鬼の形相でこちらへ猛ダッシュしてくる。
「貴様、ファリエル様を呼び捨てとは無礼千万! 二度とそのような口利けなくして…!」
「ディーシェ!!!!」
ファリエル議長の声がトンネル内を反響し、聴覚に耳鳴りを残す。怒鳴るような人という印象が無かったせいで一瞬誰の声だか解らなかったが、その威力は腰のサーベルを引き抜いて斬りかかろうとしてきていたディーシェント・メルグの動きをピタリと止めるほどだった。…見た目はホントお姫様だが、この人も怒鳴ったりするんだな。
「控えていなさいと言ったはずです。このような場に私のような人間がいれば、事情を知らぬ御二方が驚くのも無理からぬことでしょう。フィリル殿の反応はむしろ当然のものです。解ったなら控えていなさい、私は御二方に大切な話があるのです」
コツコツと足音を響かせながら、レイシャス大佐の傍らからオレたちの前まで歩いてくる。その声色にはこのルシフェランザ連邦を統べる者としての威厳が感じられた。終戦祝賀パーティーで女王陛下を前にした時と同類のプレッシャーを感じる。
「し、しかし…!」
「控えろと言っている…!」
声量としてはそれほど大きくないが、聴覚というより心に突き刺さるような鋭い声と視線で言葉の続きを遮る。ディーシェントは一瞬蛇に睨まれた蛙のように怯えた眼をした後、「か、各艦の最終調整を監督して参ります」と頭を下げて立ち去っていくのをレイシャス大佐が「監督してきます」と追い掛ける。
「まったく、私を思ってのことだとは理解しているつもりですが…少しは自重や自制というものを学んで欲しいものです。…不快な思いをさせてしまいましたね。家臣の非礼は主君の責、どうかお許しを」
ディーシェントとレイシャス大佐の姿が扉の向こうに消えるまでジッと睨みつけていたかと思えば、ひとつ溜息を吐いて申し訳なさそうに目を伏せるお姫様。
「い、いえ…こちらこそ、軽はずみな発言をしてしまいました。ご容赦願います」
元はと言えば失言をしたのはこっちの方だ。そう思って頭を下げると、ファリエル議長はふっと表情を緩めて「さて、御二方には色々とお話をせねばなりませんね」と口を開いた。
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