第173話 波乱の足音

 パルスクート基地で突如発生した女性士官斬殺。その発生と同時に姿を消したのはメファリア准将とイーグレットに加えてキャペルスウェイト隊の面々…キャペルスウェイト隊は四機のミカエルⅡが離陸していったという報告は管制室のオペレーターから聞いた。しかも機体背面にブースターまで背負った状態での発進…キャペルスウェイト隊は明日の式典には参加しない予定だし、今日は滑走路を空けておくって話だったはずだ。なのに事前の通達も無しに完全装備での離陸なんて絶対に普通じゃない。嫌な予感がして仕方がないってのに…。


「あ~、もう! 准将はどこに行ったのよ!?」


 基地中探し回ったが見つからない。准将の部屋からは血まみれの上着が見つかってるし、何かしら事情は知っていると見て間違いなさそうだ。キャペルスウェイト隊の一人だったイザベラ少尉の切断された右手には拳銃が握られ、彼女のホルスターから抜かれたものだった。実弾が装填されて撃鉄も起きており、安全装置も解除されて撃てる状態にあったのも気になる。


「あ、少佐!」


 声を掛けてきたのは背中にアサルトライフルを背負った基地警備隊の隊員。手に何やら紙切れを二つ持っていて、私の不機嫌な顔を見て恐る恐るそれを渡してくる。


「き、きっちり一時間経つまでは口外するなと…厳命されておりまして」


 紙切れを受け取ると、気を付けの姿勢で固まる隊員を横目に紙切れを確認。ひとつは指令書っぽい、もうひとつはメモ書き? とりあえず指令書を開くと…詳細は省くが、要するに准将に与えられていた指揮権のすべてを私に委譲するという内容だった。末尾にはそれがグリフィロスナイツであるイーグレット・ナハトクロイツの命令であることや拒否権が無いことなどがご丁寧に明記され、意識が遠のきそうになりながら何か補足説明でもあるのかと縋るような思いで折りたたまれたメモ書きを開く。そこには見覚えのある字で短くこう書かれていた。


『ごめんね、後は頼んだ! メファリア・スウェイド』


 メッセージの隣には変テコな顔文字/(>w<)テヘペロが添えられていて、それを見つめているとそれまで思考の大部分を占めていた困惑がどんどん怒りへ変換されていくのを感じる。


「で、では確かにお渡ししましたので…。失礼します!」


 わなつく拳に気付いてか、慌てた様子で敬礼したと思えば一目散に退散していく警備兵。その判断は正しい。拳に込めた怒りと力は発散の場を探している。


「な、なにが…」


 一体何が起きたのかも解らなければ、突然全指揮権の委譲とか…理解が追い付かないというか理解出来てたまるかこんなの! この内容からして既にこの基地の中にはおるまい。あの兵士に一時間経ってから私に渡せと命じた理由もそれだ。イーグレットのサインもある指令書、これが有効なものであることはおそらく事実だろう。


「なにがテヘペロだ四十路前ぇぇぇええええぇぇええええええっ!!!」


 堪え切れず隣の壁に拳を打ちつけながら絶叫する。あの人も今年で三十七になるはずで、基地ひとつ任される立場にある人で…あ~もう! この場にアトゥレイがいればお空に輝く星にしてスッキリ出来ただろうに。ひとしきり叫んで胸の内に溜まった毒のいくらかでも吐き出すと、呼吸を整え思考を切り替える。解らないことは、ひとまず置いておく。外部にこのことが漏れないように厳命して、とりあえず解決は先送りだ。当事者が誰一人いないんじゃ何も解らん。私はぐしゃぐしゃになった指令書を握りしめて管制室へと足を向ける。




 平服に着替えて基地から抜け出し、街中を歩きながら何度か服を取り換えて簡単に変装する。明日の終戦記念式典を前に俄かに活気づく街を歩き、電車を乗り継いである場所を目指す。終戦を機に退役し、今は本国の家で過ごしているらしいという話は隊長から以前に聞いていた。今も変わらず過ごしているといいのだけど…。


「…ここ、か」


 目的地に到着した時には既に陽が傾いてしまっていたけど、家には人がいるようだった。時計を確認すると一七三○、少し遅めだけどまぁ大丈夫だろう…。ケテル地方ヴェネフィクスタウン。昔から最低限のインフラ整備はされてきたけれど、大規模な近代化とはあえて無縁を貫いてきた閑静なベッドタウン。不思議と懐かしさを覚える風景が続く自然豊かな地域だ。なんだか時間もゆっくり流れているような、穏やかな気分になれる雰囲気が漂っている。

 呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、玄関の戸が開けられて初老の女性が現れた。子供たちは既に独り立ちしているため、ここには夫婦しか住んでいないことは調べがついていた。


「どちら様ですか?」


「突然の訪問、失礼いたします。戦時中、ご主人に大変お世話になったイーグレット・ナハトクロイツと申します。ご主人はご在宅でしょうか?」


「あら、軍人さん? お若いのに大変ですね」


 頬に皺を作りながら柔和に微笑むと、「ちょっと待っててくださいね」と屋内へ戻っていった。若い…か。もはや自分自身の実年齢なんて忘れたが、そんな風に言われるとつい思い起こそうと考えてしまう。彼女が屋内へ戻ってから数十秒、今回訪ねたかった人物が玄関に現れた。彼の下にいた頃から八年が経つが変わらず健勝そうな様子に安心しながら頭を下げる。


「ご無沙汰しております、エルネスト・ノヴァ司令」

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